首都圏を中心に、年齢の異なる子ども達が一緒に、自然体験や文化芸術活動、スポーツ・レクリエーションなどの様々な体験ができる場を提供している認定NPO法人夢職人。3月の一斉休校が決まった時、理事長の岩切 準さんの脳裏に真っ先に浮かんだのは、学びや遊びの場が制限されてしまった子どもたち、学生や若手社会人のボランティアスタッフのことでした。
そして、子どもや若者たちの居場所づくり、特に自然体験などの事業を展開している地方のNPOや企業・団体のことも気がかりだったと話します。
外出自粛や3密回避などで子どもたちの様々な体験が難しくなったコロナ禍で、岩切さんたち夢職人はどう動いたのか、これからについてどう考えているのか、語っていただきました。すると、そこには予見できない時代を生きていくノウハウ、新しい価値を創るビジョンが詰まっていました。
岩切準(いわきり じゅん)/認定NPO法人夢職人 理事長(2007年度NEC社会起業塾生)
1982年東京都生まれ。東京の下町・江東区育ち。東洋大学大学院社会学研究科社会心理学専攻修了。専門は、社会心理学、社会教育、ユースワークなど。大学在学中の2004年に「夢職人」を立ち上げ、NPO法人ETIC.が行う「NEC社会起業塾」を経て2008年にNPO法人となり、理事長に就任。首都圏を中心に地域社会で子どもや若者の成長を支える教育事業に取り組んでいる。これまでに複数の教育系NPO法人の役員を務め、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの社外理事も務める。東日本大震災時には、特別な支援を必要とする被災者と専門性の高いNPOをつなぐ「被災者とNPOをつないで支える合同プロジェクト」(つなプロ)、原発事故の影響から子ども達を守る「ふくしまキッズ」に参画。
自然体験は予測できないことの連続。コロナ禍でもダメージを最小限に抑えるために素早く意思決定し、2か月間の事業を撤退させた
――岩切さんはコロナショックが起きている間、どんなことを考え、スタッフとどう動いていましたか?
夢職人では、小中学生を対象にした日帰りや宿泊の体験型教育プログラムをはじめ、未就学児や小学生が親子や友達で一緒に遊ぶプレーパークなどを運営しています。活動当日に子どもたちと関わるのは、選考を経て研修等を受けた高校生や大学生、若手社会人たちボランティアスタッフが中心です。それは、体験を通して子どもと若者がつながり、学び合い、成長していくコミュニティづくりを大切にしているからです。
今回、新型コロナウイルスで、特に子ども達は一斉休校になった時点で生活が激変しました。保護者の環境も学校の状況も急変しました。2004年に活動を始めてからこれまで、リーマンショックや自然災害など何度か大きな節目は経験してきましたが、他のケースと違い、コロナウイルスの影響は急速に全国へ広がりました。影響の規模が大きく変化のスピードが速すぎて、僕たちはリサーチをして、準備をしているうちに状況が二歩、三歩進むという状況でした。考えていたことがすぐに陳腐化し、目の前の課題すら解決できない不完全燃焼感が強かったですね。
状況の悪化が明確になってきた3月下旬には、4月、5月に予定していた事業を撤退させる決断と手続きを進めました。代わりに、今後どう事業をつくっていくのか再計画をしました。5月の事業再開のタイミングも見えた頃、新しい生活様式に基づいた業界のガイドラインが出されたので、夢職人でも感染予防のガイドラインを作り、6月8日にリリースしました。それに基づいてこれからの事業計画をオンラインでスタッフに共有し、意見交換をし、大枠が決まったので今週(※1)から役割を決めて動いています。
(※1)インタビューは6月15日の週に行われました。
――3月は怒涛な状況にありながらも迅速に判断をして、一気に物事を進められたんですね。
体験活動に携わる指導者は、常にトレーニングされているんです。イレギュラーがレギュラー。自然や子どもは予測通りになることはなく、計画通りに進まないことを念頭において常に活動に臨んでいます。急激な変化に対してもネガティブな考えはありません。
――予見できないことをされているんですね。
すべてを予見できると思っていません。自然や子どもに関わる活動をしていると予想と異なることはよくあります。たとえば、キャンプの途中で、当初は予報されていなかった台風がやってくることもあります。そういった時もすぐにダメージを最小限に抑え、どのようにリカバリーしていくか判断をします。
できる限り正しい情報をつかんで、迅速に判断をして、撤退するときは撤退する。職員もこのタイミングはつかんでいます。今回、春休み中にキャンプを予定していたのですが、当日の2日前に中止にしました。当然、子どもや保護者にとっては突然のことになります。すると、子どもの預け先に困るご家庭が出てくると予想されたので、初日の金曜日だけ感染予防対策を徹底させてスタッフが預かりました。撤退させながら次のことに目を向けて動けたと思っています。
――瞬時に判断しながら次に向けて動く。それは夢職人の文化なのでしょうか。
僕たちの事業は、人の命にかかわることをしています。野外での活動では、天候や環境は刻々と変化しており、判断に迷っていると致命傷になることがあります。リスクを判断する時に妨げとなる正常性バイアスや集団同調性バイアスに流されず、その場では批判を受けてでも勇気ある撤退ができないと絶対にダメです。
3日間で400人の親子が参加したオンラインの場に可能性を感じた。同時に、コロナ禍の親子のストレスを知った
――4、5月は野外活動をすべて休止させて、代わりに何かされたのでしょうか。
5月のゴールデンウィーク中に3日間、職員やボランティアからの発案で子どもたちと「オンライン・プレイパーク」をしました。夢職人には、レクリエーションや工作が上手なスタッフ、パティシエなどいろんな技術や知識を持ったスタッフがいるんですよ。彼らが講師となって子どもたちに教えて、他のスタッフが裏方となって支えて、とチームを組むような形で活動しました。一般公開をしたらあっという間に親子で400人くらい集まってくれて、オンラインの場でも子どもたちが喜んでくれる要素が多いことに気づけました。小さな工夫で場の雰囲気が変わるんです。兄弟姉妹が多い家庭や遠方の方たちともつながることもできて、やるたびに改善点も見つかり、とてもいい機会になりました。
――オンラインでのコミュニティづくりは続ける予定ですか?
完全にオンラインへ切り替えることはしません。オンラインは補助的な位置づけで考えています。7月からはまた対面形式の体験活動を感染予防のガイドラインに沿って少しずつ稼働させていきます。
「オンライン・プレイパーク」でアンケートを取ったのですが、保護者から悲痛な声が上がっていたんです。学校が再開するなかで授業時間を増やしたり、長期休暇を短縮させたり、なかなかハードなスケジュールになっていると思います。そういった状況から、学校外で子どもたちがリフレッシュできる場が必要だという声が多いです。
教育的な観点だけでなく、メンタルヘルスの観点からも子どもたちがストレスをしっかりと発散できる場を設けることも僕たちの使命です。子どもの中には上手く適応しているように見える子もいますが、頑張りすぎて疲れてしまっている子どももたくさんいます。同じ状況だったら大人も疲れますよね。
これからも子どもと保護者の声に耳を傾けながら事業を進めていきたいです。
オンラインが進化する一方で、これからは体験活動の価値もさらに高まる。一歩前進させた事業を
――学習面ではオンライン化が進んでいますが、岩切さんはこのことについてどうお考えですか?
勉強や学習は、オンラインの場が増えたことで、今後、これまでにない大きな変化が加速すると思います。単に動画を配信したり、コミュニケーションするだけでなく、ビッグデータやAIを活用することで学びが個別最適化され、子どもたちがもっと効率的に学習できるようになっていくと思います。ただ同時に、リアルに関わり合える場の価値も高まるのではないでしょうか。オンラインは万能薬ではないことも理解しなくてはなりません。特に未就学児や小学校低学年の子どもはいわゆる非認知的な能力を高めていくことが重要視される中、五感を使った体験的な学びを得ていくことが難しくなります。
体験活動のようにリアルに関わり合う場は、より安全な環境をつくっていくことが必須ですが、同時に、これまでよりも一歩二歩進んだ形を生み出す必要があると思っています。新型コロナに関わらず100%完璧に安全な場を作ることはできません。ずっと家の中でじっとしていれば怪我をする可能性は低いですが、それだけで良いと思っている人はいないと思います。
広い意味で子どももリスクマネジメントを学ばないといけないと思っています。リスクについて親子で一緒に考えていく必要があります。コロナウイルスは特別なケースではありますが、自然体験を行ううえでのリスクに対応することと本質的にはあまり違いはないのかもしれません。普段の校庭や公園での遊びにもリスクはあります。大人からの一方的な指示や注意だけの伝え方では、その能力が培われないまま大きくなってしまいます。
――これまでのリスクマネジメントはリスクを回避するための考え方でしたが、これからはリスクが起きた時にどうするか、ということでしょうか。
どのようなリスクが潜んでいるか予測して回避することだけなく、万が一が生じた時の備えが必要です。リスクは常に点在しています。それにどう向き合うかが大事だと思うんです。見て見ぬ振りするのではなく、繰り返し向き合ってきた経験がリスクマネジメント能力を培ってくれます。
これからの体験活動は少規模多品種化に。子ども達の声に応えた地域体験を
――今後、夢職人で何か新しく仕掛けていきたいことはありますか?
マイクロツーリズム(※2)に興味があります。夢職人でも全国の団体や企業に協力してもらって、「ネイチャーキッズ」という取り組みをしています。全国各地の地域には、たくさんの教育資源が眠っています。そういったところが子どものためにひと肌脱ごうと協力してくれれば子どもたちを集めて、教育面や安全面など運営をサポートできます。子どもは各地に親近感が持てるふるさとが増えたと思ってくれるし、海や山でも北と南では全然違うことも体験的に学べます。
(※2)株式会社星野リゾート代表の星野佳路氏が提唱。新型コロナウイルスで海外旅行が難しくなったなか、日本国内で気軽に行ける近場の魅力を見直そうという考え方。
これから体験活動は少規模多品種化すると思うんです。小規模の活動だと体験の幅も広がります。これからは大勢が一斉に同じことをするのではなく、少人数でいろいろな体験ができることが求められると思います。
今回、東日本大震災後に参画した「ふくしまキッズ」のことを思い出したんです。子ども達を預かってもらった地方では、子ども達がのびのびと遊べたのはもちろんよかったのですが、地域のお祭りが復活するなど町に活気が生まれました。大人たちが子どもたちを喜ばせようと一つになって物事に取り組んだり、普段は当たり前に感じていたことが当たり前ではないという気づきを得たり、大人にとっても大きな学びがあったんですね。
クラスター対策という観点からも、団体での行動を伴うこれまでの修学旅行や体験学習を今後は見直す必要があると思います。全員が同じところに行って、同じことを学ぶという時代でもありません。
実は僕と同じようなことを考えているNPOや地域の方がいるんじゃないかなと思っています。インバウンドが期待できず何か次の新たなチャレンジをしたいと考えている地域の方、自分たちの魅力をうまく外に発信できないと思っている地域の方、子どもたちが喜んでくれる体験を通じた学びの機会はいくらでも作ることができます。
新しい可能性を模索している方、子どもたちの未来を本気で考えている方々と、今こそ子どもたちの体験や学びを社会全体で支える仕組みづくりを進めていきたいと思います。
そのほか、認定NPO法人夢職人の記事はこちら
>> 「地域とつながる原体験を子どもたちに」NPO法人夢職人 代表理事・岩切 準さん
>> 「スタートアップに無駄なこと、大切なこと」社会起業家5名による、創業期についての本音トークより(1)
>> 「スタートアップに無駄なこと、大切なこと」社会起業家5名による、創業期についての本音トークより(2)
この特集の他の記事はこちら
>> 経営者のあたまのなか。先の見通せないコロナ禍で、考え、動く経営者たちにインタビュー!
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