「コロナ禍が深刻化する中で、『何かできることがあるかも』と考え始めたのは臨時休校要請が出される前くらいからですね。2月下旬頃の割と早い段階でした。
SNSではみんなが正解のない議論を始めている。東日本大震災と同じような感覚になって、そのうち何かしないといけないだろうなと思っていました。最初に形になったのが、東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトですね」
今回「あたまのなか」をのぞかせていただくのは、一般社団法人Code for Japan(以下CFJ)代表理事の関治之さんです。CFJは「ともに考え、ともにつくる社会」をビジョンとして掲げ、IT技術を活用して社会をアップデートすべく様々な活動を行っています。
中でも注目を集めたのが、先述の東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトの開設です。構築期間はわずか1週間。全国一斉の臨時休校が始まった翌日の2020年3月3日に開設という、行政らしからぬスピーディーさでした。
関 治之(せき・はるゆき)/一般社団法人Code for Japan 代表理事
「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに、会社の枠を超えて様々なコミュニティで積極的に活動する。住民参加型のテクノロジー活用「シビックテック」を日本で推進している他、合同会社 Georepublic Japan CEO及び株式会社HackCampの代表取締役社長も務める。また、神戸市のチーフ・イノベーション・オフィサー(非常勤)や東京都のフェロー、総務省地域情報化アドバイザー、内閣官房オープンデータ伝道師等を務める。
IT化×オープン化で急速に広がった、「ともにつくる社会」
――東京都のコロナ対策サイト開設は、スピーディーさのみならず、同サイトのソースコードが公開されていることでも話題になりました。
関さん(以下、関):東京都の宮坂学副知事が情報発信の主担当となり、とにかく早めにサイトをつくり、事実を素早く発信したいということでお声かけいただいた団体の1つがCFJでした。オープンソースでやりたいというのは東京都の意向です。新型コロナの感染拡大に自治体の境目はありません。せっかくやるなら日本全国で参考にしてもらえるやり方がいいということで、ソースコードは「GitHub」という開発者向けのプラットフォームで共有して、誰でも自由に使える形で設計しました。
自治体が公的に制作したもの、有志が自主的に公開したもの、様々なパターンがありますが、最終的には全都道府県で採用されました。海外も含め、約80ヶ所で使用されています。
東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイト。視覚的に情報をつかみやすいデザイン
――コロナ禍の影響で、様々な領域におけるデジタルシフトが加速しています。CFJへの相談も増えているのではないでしょうか?
関:そうですね。デジタル化が遅れていると言われる行政でも、コロナショックでIT活用は後回しにできない喫緊の課題となりました。とは言え突然オンラインで会議をしよう、AIで自動化しようと言っても、ツールを持ってくるだけでは使えません。行政の普段の業務フローを知っていて、ITサポートができる人材の出番が増えています。元々つながりのあった自治体から、コロナ禍を踏まえて改めて業務の電子化をサポートしてほしいという依頼もありました。
CFJに関わる人も増えて、新しいプロジェクトが次々に生まれています。新しいメディアを作りたいという相談など、行政以外のプロジェクトも増えていますし、相談事以外に「もっとこんなこともできるんじゃない?」という提案型のプロジェクトも多くあります。
コロナ禍でコミュニティメンバーが急増。課題解決プロジェクトが次々と形に
――CFJのプロジェクトにはどのような人達が関わっているのでしょうか?また、現在動いているプロジェクトの数はどのくらいですか?
関:プロジェクト数は正直私にもわかりません(笑)。数字的なところで言うと、CFJは誰でも参加できるSlackでコミュニティ運営をしているんですが、3月には500人だったメンバーが8月末時点で3,500人に増えています。全員がアクティブというわけではありませんが、1ヶ月あたり600人くらいは動いているのではないでしょうか。日本に限らず、各国のCode forも非常に忙しくなってきているようです。例えば台湾ではもともとSlackに1,000人程登録していたのが1万人になったと聞いています。
CFJはエンジニアの集団のようなイメージをもたれがちですが、それ以外にもたくさんの方が参加してくれています。基本的にはプロジェクトベースで動いていて、仕事として関わる人からボランティアまで様々です。例えば行政の政策立案であれば、コンサルタント的なスキルをもつ人が関わっていますし、「おうちで時間割」という家庭学習をサポートするサービスでは、当事者である学校の先生の他、オンライン教育の知見がある方、プログラマー、学生、CFJのスタッフといったメンバーが、それぞれの立場から各々のスキルを活かして参画しています。
――コロナショック後に派生したプロジェクトにはどのようなものがあるのでしょうか?
関:これまでアイディアベースではたくさんあったのが、手を動かしてくれる人が増えた分、稼働までもっていけるものが増えたという印象ですね。課題を持ち寄ってサービスを開発する「ソーシャルハックデー」というイベントも、今までは隔月開催だったのが3月以降は毎月開催しています。ずっとやっていると経験値も上がってくるので、PDCAサイクルを早く回せるようになるなど、やり方がこなれてきたという面もあるかもしれません。
プロジェクトの具体例を上げると、学生による学生のための開発コンテスト「Civictech Challenge Cup U-22」(以下、CCC )などがあります。CCCの発起人は、北海道に住む高専生の吉沢太佑(よしざわ・たいゆう)さんです。外出自粛で暇を持て余していたときにTwitterでCFJの活動を知り、今年の3月中旬頃から関わってくれるようになりました。吉沢さんも、本来インターンを経験できるはずだったのにコロナ禍で叶わなくなってしまった学生の1人。同じような境遇の学生のために、インターンに代わる成長機会を提供したいと企画されたのがCCCです。吉沢さんを含め、4月以降に入ってきたCFJの学生インターン6名にスタッフ2名という体制で回しています。CFJのスタッフも4月以降に3人増えて組織としての基礎体力が上がったため、吉沢さんの企画を受け入れる余裕もできました。いろいろな意味で、コロナ禍を経験した今だからこそ生まれたプロジェクトだと思います。
「何かをやりたい」という思いの高まりは、東日本大震災とも類似
――Slackコミュニティも含めて、関わる人が急増した背景には何があるのでしょうか?
関:CFJのメディア露出が増えた、外出自粛で時間ができたといった理由もあると思いますが、「何かやりたい」という人が増えたように感じます。東日本大震災のときもそうでしたが、トップダウンで解決できない問題が増えたんです。このまま頼りきりじゃ全然だめだよね、という感覚がみんなに共有された。
何かやらなきゃと思う人が増えたときに、やれることの選択肢の1つがシビックテック(Civic Tech:市民がテクノロジーを活用して社会課題の解決に取り組むこと)だったと思うんです。震災のときはボランティアに行くというわかりやすいやり方がありましたが、コロナ禍だとそれもできない。シビックテックは、そんな中でも手が動かせる場所だったんだと思います。
――確かにシビックテックはコロナ禍と相性がよさそうです。関さん自身は、コロナショックで考え方が変わったということはありますか?
関:大きく変わったことはないですね。東日本大震災の時の感覚で今もやり続けていますが、どちらかというと社会が私達の言うことを聞いてくれるようになったというか、話が通じるシーンが増えた気がします。
価値観の変容という意味では、私にとってはやはり東日本大震災が大きかったですね。それまでは自分のスキルだけで生きている気になっていたんですが、生活基盤が壊れてしまうような危機に直面して初めて、自分の才能が有効に使えているのは、それを支えている行政や様々なインフラがあってこそだと痛感しました。
コミュニティに生かされていたと気付いて当時作ったのが、「sinsai.info」というサービスです。これは被災地のどこで何が起こっているのかをマッピングしていく、オープンソースのWebサイトなんですが、ある程度役に立ったし、スキルを活かすこともできたと思いました。
東日本大震災発生後に立ち上げた情報収集サイトsinsai.info
ただ、実際に被災地で情報ボランティア活動をしてみると、沿岸部の被害の大きい地域では何の役にも立てていないように思えてしまって……落ち込んでいたときに、内陸を拠点に人を派遣している大きなボランティアセンターで、「ある程度規模があると、受付の最適化や情報発信、寄付集めのプラットフォーム……ITでできることはいっぱいありますよ」と言ってもらった。それで救われた気持ちになったんです。役割があることは幸せだなと。
そこから、何か課題を解決しようとするときは、現場があって、テクノロジーに詳しい人がいて、その間を取りもって「こうやったらできるんじゃない?」と提案してくれるような、通訳となる人が必要なんだと気付くことができました。技術だけ知っているんじゃだめだよね、とわかったのが一番の収穫でしたね。
――今回のコロナ禍では、行政とITを橋渡しする「通訳」が必要だったということですね。
関:まさに今回はその役割を果たせていると思っています。組織としてもここ2~3年で土台が整ってきて、期待に応えられるだけの体制やコミュニティができつつあります。行政の人とのつながりもあったので、コミュニケーションもスムーズでしたね。
「DIY都市」で「自らつくるひと」を増やせ
――コロナ禍を経験したことで、組織としてこれまで以上に勢いに乗っているように思いますが、これから仕掛けていきたいことはありますか?
関:CFJは草の根コミュニティなので、私が思ったことをやる組織ではありませんが、個人的には「DIY都市」という新しい概念を打ち出しています。いわゆるスマートシティへのアンチテーゼみたいなものでもあります。ITは「暮らしを便利にしてくれるもの」という文脈でよく語られていますけど、私は便利になることよりも、「まちに関わっている」という感覚をもつ人が増える方が幸せに暮らせると思っているんです。
例えば、行政関係者だけでなく多くの人が都市計画に関われるとか、自分たちがサービスを作る側にどんどん回れるようなまちづくりをやる地域を増やしていきたいと思っています。ガバナンスを開く仕組作りを、自治体と組んでやっていきたいですね。
――東日本大震災にも共通しますが、「人任せにしない」という感覚が根底にあるんですね。
関:自動販売機みたいにお金を入れるだけで出てくるんじゃなくて、自分が飲み物を提供する役割を背負っているようなイメージですね。noteにDIY都市の記事を書いたところ、参加型まちづくりをやりたいという人からさっそく問合せをいただいています。尖った自治体が反応してくれていますね。
行政以外にも、コロナショック後はNPOからの相談も増えました。先ほども紹介した「ソーシャルハックデー」は課題持ち込みOKのイベントなので、気軽に相談しに来てください。やる気はあふれています(笑)。全てを解決できるわけではありませんが、少なくとも一緒に考えさせていただきたいと思っています。
――関さん、ありがとうございました!
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