日本全国各地に、多様な人材の交流が生まれるように──
副業・兼業が広がりつつある現代において、受入企業側も人材側も、今まで以上に柔軟な考え方を求められていると思います。それは都市だけではなく地方も同様です。
オンライン化が進み、地域への移住や二拠点・多拠点生活などの動きも生まれ、人々の働き方や暮らし方が変化している中、組織と人材との関わり方も変わっていくのではないでしょうか。
本記事では、実際に受入企業と外部人材とを繋いだ「地域コーディネーター」と、人材を受け入れた地域企業の「代表」を取材。なぜ外部人材をコーディネートしようと思ったのか、実際に受け入れてみてどうだったのかなどのお話を伺いました。
地域イノベーター留学2020オンライン
全国の地域や地方企業の経営課題に対して真剣に取り組むことができる、約3か月半の社会人向けオンライン実践型プログラム。運営はNPO法人ETIC.(エティック)。
2020年11月~2021年2月末に実施。外部人材は副業・兼業などとは異なる形の交流を通じて、地域企業の経営課題にコミットしました。
今回取材したお二人も、このプログラムを活用して外部人材をコーディネート・受け入れたという背景があります。
社会人のインターンシップや副業・兼業の導入などの仕組みづくりのために──
はじめにお話をお伺いしたのは、地域コーディネーターの豊留(とよどめ)さん。
「地域イノベーター留学2020オンライン」(以下、地域イノベーター留学)を通じて、ご自身の活動拠点である秋田県湯沢市の企業2社をコーディネート(*)。そのうちの1社である伝統産業「川連漆器(かわつらしっき)」の製造・販売を手掛ける株式会社佐藤商事に焦点を当て、今回お話をお伺いしました。
(*) ここでいうコーディネートとは、地域イノベーター留学を通じて外部人材を受け入れる「受入企業(地域企業)」と、受入企業のプロジェクトに挑戦する「参加者(外部人材)」の両者を繋ぐことを意味しています。
豊留 侑莉佳さん / 湯沢市地域おこし協力隊(取材時) ※令和2年度で任期終了
東京都出身。小学生時に「動物と人間の関係と暮らし」に疑問を持ち始める。学生時代をバレーボールと共に過ごし、高校卒業後、アメリカへ留学。帰国後は、地縁のある秋田県南地域での創業を志し、より地域を創世させるための業務に携わろうと2015年にETIC.へ参画し、2018年より秋田県湯沢市に移住。自分たちらしく生きる暮らしの中にこそ、動物や他者との共生が生まれるという仮説のもと、事業成長・創業支援に取り組んでいる。
◆
──今回、地域イノベーター留学で外部人材をコーディネートをしようと思ったきっかけや理由についてお聞かせください。
豊留 : 秋田県湯沢市の地域おこし協力隊として活動しています。創業支援や市内事業者の新規事業創出、実践型インターンシップ導入など、新しい挑戦をしたい方々の後押しをしています。
事業者のフェーズによって、求められている人材や支援策は変わってくるのではないかと考えています。インターンシップを通じて大学生が必要なフェーズもあれば、副業・兼業を通じて社会人が必要なフェーズもあります。
新型コロナウイルスによる影響で、都市部社会人の働き方が多様化している中、学生のインターンシップだけでなく、社会人インターンシップや副業・兼業の導入などの仕組みづくりをつくっておく必要があると思っていました。それが、任期中の活動に留まらず、市の新しい支援の形に繋がってもらえたらという意図もありました。
そんなタイミングで、前職のNPO法人エティックの元上司から、地域イノベーター留学が復活すること(*)を聞き、「社会人インターンシップや副業・兼業の仕組みづくりに活用できるのでは」と思い、コーディネーターとして、プログラムに参加することを決めました。
(*) 2010年からスタートした地域イノベーター留学。2017〜2019年はプログラム休止。今回全編オンラインで復活したという経緯がある。
──コーディネートをしようと決めてから、受入先として株式会社佐藤商事を選んだ経緯もお聞かせください。
豊留 : 湯沢市は、特色ある地場の産業に支えらえている地域です。その中でも、木工業の歴史は深く、たとえば「材木町」「大工町」など、木にまつわる名前の町がいくつも存在します。木にまつわるエリアだからこそ、木工業は湯沢にとっては外せないテーマだと考えています。
そんな中、「どういった企業さんと一緒にやるか」と考えた時に、真っ先に慶太さんの顔が思い浮かびました。慶太さんが代表を務める佐藤商事は、秋田県湯沢市の川連地域で800年に渡り生産されてきた伝統産業「川連漆器」の製造・販売を手掛ける企業です。
川連漆器は実は800年前から製造工程も変えずに、天然素材──つまり土に還る素材だけでずっと変わらず作られています。新型コロナウイルスの影響もあって、「地球に優しく」「自分の隣の誰かに優しく」という意識を持つ人が増え、そういうことがますます求められるのではないかとも感じていました。
そういった事業を展開していらっしゃるお一人として、慶太さんのことを認識していて、今回お声かけさせていただきました。
──外部人材を募集する上で、どのようにプロジェクトを設計されましたか。
豊留 : 慶太さんとお話する中で、こんなことをよくおっしゃっていました──
「通常、産地の中で消費されることが多い中、川連漆器はなぜだか、隣の岩手県やもっと離れた地域で使われている」
「なぜかというと、歴史を遡ってみると、川連漆器は他の漆器と比べると、値段がお手頃で、手に入りやすく、使いやすかったという理由がある」
「当時は、行商(ぎょうしょう)と呼ばれる人々がいて、川連漆器を担いで他県に運び、販売していた」
「漆器って高くて、自分たちには届かないものだと思っていた人々のところに、行商の人々がその良さを伝えに行って、川連漆器がどんどん広がっていった」
そうした背景もあって、慶太さんからは「現代版の行商をつくる」という大きな構想を持っていることも教えていただきました。
私自身も「今の時代だからこそ、オンラインを上手く活用し、上手く噛み合ったら、“現代版の行商”を作れるんじゃないか」とイメージが湧き、そういうプロジェクトを作ることを決めました。
──実際に募集してみて、手応えはいかがでしたか。
豊留 : 結論から先にお伝えすると、とてもよかったです。
元々の想定では、「伝統産業が好き」「メーカーに元々勤めていて、ものづくりを勉強していきたい」といった方々にエントリーいただきたいと考えていました。しかし蓋を開けてみると、「漆器が大好き」というドンピシャな方にエントリーいただき、嬉しい想定外でした。
最終的に3人の方に参画いただくことになりました。キャラクターも興味・関心分野もそれぞれ違っていて、バランスがよかったです。自分のこだわりとしても「チームは3人が一番まとまりがいい」と考えていて、まさにピッタリでした。
豊留さんがコーディネートした佐藤商事のプロジェクトについて
木を主語にしてつくる究極のエコ食器「川連漆器」を、子育て世代を中心とした若者たちのライフスタイルに馴染ませていくための販売戦略を組み立てるプロジェクト。
“新型コロナウイルスの影響で、私たちの暮らしに対する価値観も変化してきています。天然素材でつくられ、自然に還ることができる日本の食器『漆器』は、これからの新しい当り前に豊かさや温もりを添えてくれると感じています。そのための切り口として、子育て世代を中心とした若者層に向けて、「器ではなく、新しいライフスタイルを届けていく」販売戦略を練っていきたいと考えています。”
「しっかり仮説を立てておけば、しっかり結果はついてきます」
──3人の外部人材をコーディネートしながら、プロジェクトを終えてみて、どんなことを感じていますか。
豊留 : 冒頭でもお伝えした「事業者のフェーズによって、必要な人材は異なるのではないか」という当初の仮説について、「やはり、そうなんだ」とあらためて腹落ちしました。
最終報告会では、今回のプロジェクトで設定されたお題に対して、3人がそれぞれ提案してくれました。どのプレゼンも社会人だからこそできた提案内容だったと思います。
今回3人からいただいた提案内容をもとに、「現代版の行商をどうやって作っていくのか?」ということの仮説をさらに磨き、今度は実働部隊として「学生のインターンシップをコーディネートする流れ」もありなのではないかということも見えてきました。
──今後の展開について、もし何か考えていることがあればお聞かせください。
豊留 : 3人に提案してもらったアイデアの中で、年内に1つは実現させたいですね。
3人のバトンをしっかり受け取って、アイデアをカタチにするための次なる「繋ぎ役」になれたら嬉しいです。そういうことを自分には求められているとも感じています。
「これからもお手伝いしたい」と提案書の中に3人とも書いてくれました。今回のプロジェクトは約3か月半という限られた期間でしたが、今後も定期的に連絡も取り合いながら、関係性を築いていけたらと思います。
──最後に、地域イノベーター留学を活用して、今後コーディネートしていきたいと考えているコーディネーターの方々へメッセージをお願いします。
豊留 : 地域イノベーター留学というプログラムを活用して「何をしたいのか」という目的を明確にしておく必要があると思います。
「事業者のフェーズによって、必要な人材は異なるのではないか」「社会人のインターンシップや副業・兼業の導入などの仕組みづくりを仕込んでおきたい」という仮説のもと、私はこのプログラムを活用しましたが、そういった仮説を緻密に考えておく必要もあるかと思います。
しっかり仮説を立てておけば、しっかり結果はついてきます──
プログラム期間中に実施したこと 《3人の外部人材が作成した提案プレゼン資料より》
3人の提案内容の全体感 《3人の外部人材が作成した提案プレゼン資料より》
プロジェクト期間中に実施したヒアリングの結果 《3人の外部人材が作成した提案プレゼン資料より》
プロジェクトが終わっても、関わりたいという声も 《3人の外部人材が作成した提案プレゼン資料より》
外からの目線や意見をどうやって入れていくのか──
続いて、豊留さんがコーディネートした佐藤商事の代表取締役社長・佐藤さんにもお話をお伺いしました。
地域イノベーター留学というプログラムを通じて、副業・兼業などとは異なる形で外部人材を受け入れた佐藤さんは一体どんなことを感じていらっしゃるのでしょうか──
佐藤 慶太さん / 株式会社佐藤商事 代表取締役社長
秋田県湯沢市川連生まれ。大学卒業後、東京のIT企業で営業職に従事。平成24年に、家業である佐藤商事を継ぐことを決意し、代表取締役社長に就任。
伝統的な手法を守り抜きながら、次世代に川連漆器を繋いでいくことを目指し、これまでになかった地域内の伝統産業同士の連携や、デザイン性を重視した新しい商品開発を手掛け、川連漆器の普及啓発に貢献。近年は、天然素材のみを使用した川連漆器のこだわりが受け入れやすいことから、海外での販路も広げている。
◆
──今回、豊留さんから提案があった「地域イノベーター留学の受け入れ」について、どのようにお考えでしたか。
佐藤 : 佐藤商事を継ぐ前は、東京でまったく別の仕事をしていました。つまり、私自身が、今の会社や地域にとっての「外部人材」(*)的な立ち位置でした。
(*) ここでいう外部人材というのは、「他所からの視点を持って、企業に相対することができる人材」といったニュアンスです。
継ぐことを決意し、代表取締役社長に就任以来、自分が持っている「外部からの視点」というものを忘れず、大切にしながら仕事をしてきました。
そんな中、豊留さんが以前実施していた「湯沢市外の学生による実践型インターンシップ報告会」に参加した時の出来事です。
そこで様々な発表を聞いて思ったのは、「自分は外の視点や姿勢を忘れていないと思っていたけれど、時間の経過とともに意外とそのことを忘れてしまっている」ということでした。「外部の視点を一回入れないと、自分自身のリセットにもならない」ということも同時に感じたことを覚えています。
そんなこともあり、「外からの目線や意見をどうやって入れていくのか」を考えている時にちょうど、豊留さんから「地域イノベーター留学の受け入れ」の提案をいただいたという、そんな背景です。
──プロジェクトに参画した3人の外部人材の方々と、初めてお会いした時はどのような感じでしたか。
佐藤 : 初めての顔合わせでは、全員オンラインで繋いで、一緒にご飯を食べました。お椀をプレゼントとして事前にお送りし、そのお椀を使って食事をしながら、お話しました。
みなさんに対しての最初の印象は、「純粋」「素朴」といった感じでした。みなさん純粋に「伝統工芸品を知りたい」という理由で今回参画してくださり、「私はこういう風に考えています」とご自身の考えも率直に話していただきました。
固定概念に捉われずに様々なデザインを施した川連漆器で、海外での販路も広げている。
川連地域では数少ない、製造と販売の両方を手掛けられる会社の強みを活かし、受注生産も行っている。
「地方の方々にとって、都市部の人々と繋がっていくこと自体もとても大切です」
──3人の外部人材を受け入れてみて、いかがでしたか。
佐藤 : 先ほどお話した「外部からの声を入れたらいいのでは」という仮説は正しかったと感じました。というのも、プロジェクトを通じて3人から提出していただいた企画書に目を通すと、「いいな!」と思う反面、「できないかも」と考えている自分がいることにも気がつきました(笑)
つまり、元々は自分自身も「外部からの視点」を大事にして、そのスタンスは変わっていないと思っていましたが、「やっぱり、時間の経過とともに、自分もこちら側に染まってしまったな」と。
また今回は何より、人に恵まれました。本当に素晴らしい方々に集まっていただきました。
──今後の展開について、もし何か考えていることがあればお聞かせください。
佐藤 : 3人から色々な提案をいただきました。
元々提案前の時点で、「佐藤商事にとって、これだけはやった方がいい」というものに絞って提案して欲しいとお伝えしており、「すべての企画を、実際に取り組んでもいい」と思えるほどしっかりしたものを作ってくださいました。
いただいた提案を取り組みたいとも考えていますが、もし実際に取り組むことになった時は、できれば新型コロナウイルスも落ち着いて、みなさんと一緒に集まりながら実現できたらいいですね。
──最後に、地域イノベーター留学を活用して、外部人材を受け入れていきたいと考えている経営者の方々へメッセージをお願いします。
佐藤 : 地方の方が、受け入れが必要だと思います。特に小さい会社で、家族経営でやっている会社であれば、なおさらだと思います。やはりどうしてもアイデアがあるようでなかったりするものです。
そういう時に、「外部の視点」「外部の声」を会社に取り入れる意味で、新規の人を採用する費用はないけれど、「たとえばこのプロジェクトは、外部人材と一緒に取り組みたい」というものがあれば、地域イノベーター留学はフィットするのではないでしょうか。
地方の方々にとって、都市部の人々(外部人材)と繋がっていくこと自体もとても大切です。
地域イノベーター留学のプロジェクトは「提案」という形で終了しました。しかし、ただ意見を聞くだけでは、実は意味がないんじゃないかと感じています。受け入れる際はぜひ、「提案内容を実現させることまで」イメージしながら考えていくことをおすすめします。その方が精度も高まってきますし、楽しいと思います。
【案内】外部人材側の声もお届けします──
豊留さん、佐藤さんのお話はいかがでしたか。
豊留さんの「事業者のフェーズによって、求められている人材や支援策は変わってくる」というお話は印象的で、この視点をお持ちだったからこそ今回のコーディネートが実現したのではないでしょうか。
佐藤さんの「外からの目線や意見をどうやって入れていくのか」という視点も大切だと思いました。「自分は外の視点や姿勢を忘れていないと思っていたけれど、時間の経過とともに意外とそのことを忘れてしまっている」というお話もありましたが、外部の視点を入れるプロセス自体にも価値があると感じました。
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地域イノベーター留学を活用した外部人材の受け入れにご関心のある企業様または地域コーディネーターの皆様は、WEBよりお問い合わせください。【地域イノベーター留学事務局より】
◆
今回は地域コーディネーターと受入企業の声をお伝えしましたが、外部人材側の声もお届けしたいと考え、地域イノベーター留学に参加した外部人材の方にもお話を伺いました。こちらもぜひお楽しみください。
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◆
最後までお読みくださりありがとうございました。
※本記事の掲載情報は、2021年7月現在のものです。
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