6月25日、「イノベーションと社会ネットワークとの関係を考える」と題したセミナーがオンライン開催された。主催は「みちのく復興事業パートナーズ」(事務局:NPO法人ETIC.(エティック))。
東日本大震災から10年、東北の被災地では新たなチャレンジが続々と生まれている。昨年度、それら現場における「人のつながり方」を調べるため、岩手・宮城・福島の4地域で「東北リーダーの社会ネットワーク調査」が実施された。本セミナーではその結果を踏まえ、イノベーションが生まれ続けるメカニズムを経営学の視点からも考察を試みた。
本稿前編では、議論の前提となる「東北リーダーの社会ネットワーク調査」の概要と、セミナーで特に注目した宮城県気仙沼市の概況を紹介した。後編では、多彩な登壇者が示唆に富む議論を展開したセミナーの内容を抄録する。
「イノベーションと社会ネットワークとの関係を考えるセミナー~『東北リーダー社会ネットワーク調査』分析結果から」 登壇者(プロフィールはこちらを参照。以下、文中敬称略)
▪ 早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授/入山章栄氏
▪ 大阪市立大学大学院文学研究科 准教授/菅野拓氏
▪ 一社)NoMAラボ代表理事、一社)東の食の会専務理事・福島県浜通り地域代表/高橋大就氏
▪ 気仙沼市産業部産業戦略課/中居慶子氏
※モデレーター:NPO法人ETIC.山内幸治
気仙沼における社会ネットワークの特徴と「経営未来塾」
菅野 : 調査の結果判明した気仙沼市の社会ネットワーク図(人のつながり方やその強さを可視化したもの)は下図の通りです。丸のひとつひとつが人を表わし、その大きさが指名を集めた数(=お世話になった、信頼しているとして名前を挙げられた数)を、色は所属するセクターを表わします。これを見ると、気仙沼では数人のキーパーソンが多くの指名を集め、ハブとして大きな存在感を示しています。彼らを中心にいろいろなセクターがつながり、育ちあいながら、うまく周囲にさらなるハブが作り出しされていく構造になっているようです。
菅野 : もうひとつ調査でわかったことは、地域課題を解決しようという動機よりも先に、まずセクターを超えて個人同士がつながり、その中で地域のことを考える機運が生まれてきたということです。気仙沼まち大学構想(前編参照)をはじめ、人材育成・ネットワークづくりに市として10年間投資しつづけた結果が、よく表れていると感じました。
中居 : その意味で現在の気仙沼のベースになっているのは、地元の企業経営者を対象に2013年から5年間実施した「経営未来塾」だったと思います。これは大震災直後、産学界の錚々たるメンバーが発起人となって始まった「東北未来創造イニシアティブ」という復興支援活動の一環です。外部からの直接的な経済支援よりも、地域の人材育成への投資こそ被災地の将来の持続可能性を高める、という理念に基づいて設計されました。
▲経営未来塾の第2期に参加した菅原工業の菅原氏(インタビュー記事はこちら)
中居 : 未来塾参加者は半年間にわたり、一流の講師陣からメンタリングを受けながら「自分は何者か」を徹底的に考え抜きます。自社の売上をどう伸ばすかだけではなく、自分の会社は地域の復興のために何ができるのかを突き詰めるプログラムでした。
言語化が腹落ちを生み、知の探索を可能にする
入山 : 都市部にある大企業の経営者の多くは、「自分が何者か」を語れません。これがいま最大の課題です。だから、気仙沼の経営未来塾で経営者が「自分は何者か」を突き詰め、それを言語化できたことに大きな意義があります。言語化が「腹落ち」につながるからです。ハブになるためには「知の探索」という行為が必要ですが、探索の結果が出るまでには時間がかかる。それでも継続するにはパッションが不可欠で、それを支えるのが未来に対する「腹落ち」なのです。
【知の探索とは】
イノベーションの根本原理は、「知と知の新しい組み合わせ」である。人間の認知には限界があり、どうしても目の前のものだけを組み合わせがちだが、ずっと同じ業界で同じ人に囲まれていると、目の前のものの組み合わせはすぐに尽きてしまう。それを突破するため、なるべく遠くにある知を幅広く見ようとするのが「知の探索」である。離れた知と知の組み合わせの中から、利益につながる種を見出し、次はそれを深掘りして磨き込むのが「知の深化」だ。この探索と深化のバランス(両利きの経営)が重要である。(ローカルベンチャーサミット2020における入山氏の講義より)
入山 : (ナレッジ・マネジメントの権威である経営学者)野中郁次郎先生の「知識創造理論」では、暗黙知と形式知を往復する人や組織がイノベーションを生み出せると言っています。人間は暗黙知(感情・感覚・もやもや)のほうが圧倒的に豊かで、言葉になっているのはほんの一部。でも、暗黙知を形式化・言語化しないかぎり腹落ちできないし、他人も説得もできません。経営未来塾の参加者は、「自分は何者か」を言語化することで自分の未来に腹落ちし、知の探索⇒知見の広がり⇒さらなる言語化というサイクルにつながったのではないでしょうか。
中居 : 経営未来塾では、受講した経営者全員が最後に7分間スピーチを行い、自分のビジョンを発表しました。特に家業を継いで3代目4代目という経営者は、自分がやりたいというより「やらねばならない」という意識のほうが強かったりしますが、経営未来塾であらためて自社の価値に気づき、最後はやりたいことを言葉にできていたのが印象的でした。発表を聞いた100人以上の市民にも、その熱意が伝わったと思います。
ハブはセクター間の文化翻訳ができる人
菅野 : 気仙沼には頭抜けたハブ人材だけではなく、目立たなくてもハブ的に機能している人がたくさんいます。場を作り、調整し、つなげていくコーディネーター的な人たちの存在が、気仙沼の社会ネットワークを紡いでいるように思います。また、ハブにはNPOセクターと行政セクター、市場セクターとの兼業者が多いですが、それは複数セクターの“言語”が話せて「文化の翻訳」ができるから。彼らは双方の課題をすりあわせて資源を動員でき、自分一人ではできないことも達成できるのです。
入山 : 経営学のストラクチャル・ホール理論では、ハブのことを「バウンダリースパナ―」といいます。境界(バウンダリー)を乗り越えてクラスター同士をつなぐ役割を果たしますが、それぞれ考え方・言語が違うのでうまくいかないこともある。必要とされるのは、まさに両方の言語を意訳するスキルなのです。その際、現場の言葉ではなく一段抽象化することで共通項を見出していくのがポイントとなります。
【ストラクチャル・ホール理論とは】
図の一つ一つの点は人、それらをつなぐ線は人脈を表わす。この理論によると、この中でいちばん得をする人は真ん中にいる人。一見つながりが少ないように見えるが、逆に上下に隙間(ストラクチャル・ホール)があり、2つのクラスターのハブ=つなぐ役目を担うことができている。結果的にこの人にいちばん多くの知が入ってきて、知と知の離れた組み合わせ(知の探索)が可能になる。(ローカルベンチャーサミット2020における入山氏の講義より)
山内 : ストラクチャル・ホール理論では、ビジネスの世界で知の探索ができるハブになると、利益の種を見出し売上や収入アップにもつながるということが言われていますが、ソーシャルセクターではハブ機能を価値化・経済化するのがまだ難しいと感じています。
入山 : ハブになって給料が上がった人は、最初から給料を上げることを目標にしていません。自分が面白いと思うことをやり続け、気づいたら上がっているということです。企業経営でも、最初に売上や利益率を目標に置いている会社はうまくいきません。ソーシャルセクターでは、経済的な結果につなげるのはもっと難しく、時間がかかると思いますが、大事なのは自分が面白いと思うことをやり続けること。長い目で見ればそこにビジネスセクターがついてきて、結果として収入にもつながっていくでしょう。
高橋 : 私はセクターというよりも、「マーケットメカニズムに乗るイシューか、乗らないイシューか」という分類で考えています。難しい社会課題はマーケットメカニズムに乗らないからこそ課題として残っているわけで、それをいかにマーケットメカニズムに載せるか?このチャレンジが面白くないわけがない。たとえば、福島には原発事故による風評被害というマイナスが残ります。これをゼロに戻すのではなく思い切りプラスにして乗り越えていく。そんな挑戦はめちゃくちゃ面白くてワクワクしますよね。それで私は(福島県の浜通り地方に)移住してしまったんですから。
福島県浜通り地方でいま起きていること
山内 : その福島でも「東北リーダーの社会ネットワーク調査」を実施しています。対象は南相馬市の小高区という旧避難指示区域でした。福島県浜通り地方は同じ被災地でも原発事故という特殊要因のため、復興の時間軸が異なりますね。
菅野 : まず、つながりの形成時期に大きな違いがあります。調査対象の4地域を比べると、気仙沼や石巻は大震災直後に大量の人が入ってきて、そこで形成されたネットワークが今に続いていますが、小高区だけはそうはならず、数年たってから徐々に盛り上がってきたという状況です。
▲4地域における、つながりの形成時期
菅野 : 小高区のネットワーク図を見ると、他の地域では多い赤い丸、つまりサードセクターが少ない。震災直後から避難区域となってNPOが入ってこられなかったためでしょう。代わりにビジネスセクターの人がNPO的な役割を兼業して活躍し、それを行政が支援するような構図になっています。
▲福島県南相馬市小高区のネットワーク図
高橋 : 小高区の避難指示が解除されたのは2016年7月で、そこからやっと地域に人が入り始めました。気仙沼や石巻など三陸地方と比べてタイムラグがあるのは当然ですが、実は避難指示を経験した福島の12市町村の間にも(復興の進み方に)タイムラグがあります。中でも先行している小高はいま、日本有数のイノベーションが生まれている最高に面白い場所です。そして、それぞれの市町村で必死にがんばってきたハブたちがいま、このタイミングでみな自地域を超えてつながろうとしている。ちょうど震災直後の三陸を見ているような状況です。
パブリックセクターのイノベーションこそ求められている
中居 : 4地域の社会ネットワーク調査の結果を見ていると、全体的に行政がハブになるケースが少ないと感じますね。でも行政は予算を持っているし、職員は異動を通じて様々な現場がわかっているはず。そういう行政職員こそ、パッションを持ったハブになれるといいですよね。私自身もそれを目指し、大事なところに予算を配分できるよう努力したいと思います。
高橋 : まさに、これからのイノベーションはパブリックセクターだと思います。役所のベンチャー化です。腹をくくった役人ほど強いものはありませんから。いまの日本は、形式と本質、ルールと人間、どちらが大事か、本末転倒になっていることが多すぎるのが問題です。形式ばかりにこだわって全体が沈んでいく社会はもう変えないといけない。役所、特に基礎自治体が形式よりも本質を重んじる方向に舵を切ったら、本当のイノベーションが起きますよ。
次の10年、さらに意図的に外へ開く
山内 : 今日の議論を通じて、気仙沼では「自分は何者か」を深堀りした人たちが、湧き上がる情熱や自分が面白いと思うことに対しての知の探索を繰り返し、それが結果的に地域の内外をつなぐ多様なハブを形成したこと、そして、彼らを結節点にした重層的な社会ネットワークのあり方が持続的なイノベーションの原動力になっていることがわかりました。
中居 : 気仙沼でそうやってイノベーションが生まれてきたのは確かですが、一方で市の人口はあいかわらず年間1千人くらいずつ減っています。正直これでいいのか、目標はどこに置くべきなのかと悩んでいました。でも今日のみなさんの話を聞いて、「面白いことをやり続ければいいんだ」と前向きな気持ちになれました。ただ、震災から10年経ち、直後に外から入ってきて現在の社会ネットワークを形成した人たちの集積が少しずつ薄れてきているので、これからはもう少し意図的に地域外の人を巻き込んでいく仕組みを作っていきたいと思います。
山内 : 東日本大震災直後、東北はあれだけのダメージを受けたからこそ、そこに多くのリソースが集まり、多くの取り組みが生まれました。10年経って、これからはその取り組みをもっと意図的に外へ開き、共感する仲間を増やしていく必要があります。そのためにはどうしたらいいか。「東北リーダーのネットワーク調査」は、それを明らかにするための一助として実施したものでした。油断をするとイノベーションの原動力となるパッションは停滞し、つながりへの投資も止まってしまいます。東北のイノベーションは、むしろここから先が大事です。今日はありがとうございました。
前編はこちら
>> 市を挙げて人材育成に取り組む気仙沼市にみる、イノベーションが持続するメカニズムとは?〜イノベーションと社会ネットワークとの関係を考えるセミナーレポート(前編)
※東北リーダー社会ネットワーク調査は、みちのく復興事業パートナーズ (事務局NPO法人ETIC.)が、2020年6月から2021年1月、岩手県釜石市・宮城県気仙沼市・同石巻市・福島県南相馬市小高区の4地域で実施した、「地域ごとの人のつながり」を定量的に可視化する社会ネットワーク調査です。
調査の詳細はこちらをご覧ください。
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