2025年2月、ローカルベンチャー協議会によるレポート「北海道厚真町(あつまちょう)における環境保全林を活用した100年後の“ありたい姿”に向けたロードマップと実現のために必要な人材」が公開されました。厚真町は、2016年のローカルベンチャー協議会発足時から幹事自治体として参画しています。
厚真町は、同協議会の代表幹事である岡山県⻄粟倉村の取組を参考に、2016年から「厚真町ローカルベンチャースクール」を開催して起業型地域おこし協力隊を呼び込むなど、地域資源を活用した起業家の育成・誘致に力を入れてきました。様々な起業があった一方で、特に森林に関わる事業が創出され、2024年までに新規の森林関連事業者は10社誕生。その経済効果は年間で5,400万円に上ります。
今回公開されたレポートは、厚真町が今後の重要施策と位置付ける森林資源の活用を通じて、どんな未来を創り出したいのか、具体的にどのようなステップで実現させるかを整理したものです。中心的に本レポートの策定に携わった、厚真町役場の宮久史さんにお話を伺いました。
宮 久史(みや ひさし)さん
厚真町役場 産業経済課 林業・森林再生推進グループ
岩手県出身。大学院修了後、札幌のNPO法人に就職。研究を続けてきた林業への関わりを増やすため、2011年に厚真町の林務職に転職。研究成果を現場に活かすことを目標に、林業振興施策や町有林管理、野生鳥獣対策に従事。地域の持続可能性を高めるため、起業家人材や再生可能エネルギーなど林業以外の事業にも幅広くかかわっている。
林業を通じて持続可能な世界を実現したい
宮さんが森林に関心を持つようになったのは高校生の頃。その根底にある思いは、家庭でのなにげない会話から生まれました。
「中学生の時にふと母親と『人って何のために生きてるんだろう』という話になったんです。そのとき母は軽く流したりせずに、『私は人の役に立つために生まれてきたと思うわ』とまじめに返してくれました。それを僕なりに解釈して、『人類が長く生きていくためには何をしたらいいんだろう』と考えるようになりました」
そんな中、高校の図書館で出会った本が宮さんと林業を結び付けます。
「その本には、林業とは環境保全と資源の活用を両立できる可能性のある産業だと書いてあったんです。工業だと資源を一方的に使うようなイメージがありますが、林業は木の切り方や植え方などを工夫することで、環境と共存しながら営める産業だと思いました。そんな産業から生み出される製品が、社会の中に増えることが人類の持続可能性を高めるのでは? という思いが湧き、林業に興味を持ち始めました。
何のために働くのか、生きるのかを考えたときに、大好きな人達が地球上で幸せに長生きしてほしいという思いがあったので、それを実現する手段として自分なら林業なのかな、と大学で林業の研究を始めました」
宮さんが関わった、牧柵を立てるワークショップの様子
大学院修了後は札幌のNPO法人に就職し、環境保全や野生動物に関する調査や研究に従事していた宮さんですが、なぜ厚真町で公務員として働くことになったのでしょうか。
「NPOでの仕事は、調査でなければ入れないような場所に行くこともできましたし、生態系管理や生き物との調和を考えることができて充実していたのですが、最終的な成果物は報告書として提出することが多かったんです。仕事を続ける中で、この報告書が本当に社会に役立っているのか、研究だけで社会を変えられるんだろうかという思いが強くなっていきました。
小さくても1つのモデルケースをつくることで社会は変わっていくのではと考えたときに浮かんだのが、市町村レベルの自治体の現場です。
厚真町だったのはたまたまですが、小規模自治体であるにも関わらず林務職(森林に関わる業務)で職員を募集していたので林業に力を入れていることが伺えました。また、前任の林務担当職員の方が入庁以来ずっと林業関連の仕事をされているというお話を伺うこともでき、長く林業に関われそうと感じ、厚真町の職員募集に応募しました」
9年間で10社が誕生。森林活用を担う新旧多様なプレイヤー
厚真町が森林活用に重点を置くようになった背景には、地域おこし協力隊の枠組みを使って起業や新規事業の立ち上げを支援する、厚真町ローカルベンチャースクール(以下LVS)の存在があります。立ち上げからLVSに関わり続けている宮さんに、事業への思いを伺いました。
「厚真町でLVSを始めたのは、地域の持続可能性を高めていきたいという思いがあったからです。地域の持続可能性を高めるためには林業だけ活発になっていてもだめで、総合的に盛り上げていかなければなりません。
盛り上がるというのは抽象的な表現ですが、まずは地域の中に『未来を楽しく、明るくしたい』という想いがある人を増やして、それぞれが自分の未来を開いていくことが1つの方法ではないかと思ったんです。
林業をやっている僕がLVSを担当していたので、自然と森林関連の起業者が相次いだという面もあるかもしれません」
厚真町では、2016年のLVS発足以降に誕生した10社の森林関連事業者を「森林ローカルベンチャー」と呼び、町内にある環境保全林の活用による経済活性化や、人と森との豊かな関係性を実現する上で、中核的な存在として位置付けています。合わせて造林や伐採、製材などを担う町内の既存の森林関連事業者とも連携し、新旧の林業関係者の信頼関係を築きながら、森林活用による地域への効果を最大限に引き出そうと奮闘中です。
ATSUMANOKI 96で制作している雪板
その象徴的な存在と言えるのが、「一般社団法人ATSUMANOKI 96」です。ATSUMANOKI 96は、2018年の北海道胆振(いぶり)東部地震で被災した木々に、デザインの力で新たな命を吹き込むべくスタートした「ATSUMA96% PROJECT」が進展する中で生まれました。森林ローカルベンチャーだけでなく、厚真町内に元からある民間の林業会社やデザイナー、木工作家などがチームとなり、今までの林業にはない価値を生み出していくべく活動しています。
「96という数字には、『100%作り込まれたものではなく、4%くらいは使い手の思いが乗せられるような、余白をデザインすることで、使い手にとって本当に大事にしたくなる物を作りたい』という意味を込めています。
それに合わせて、このプロジェクトがはじまったきっかけが北海道胆振東部地震でもあるし、あの地震のことをあまり重くせずに忘れないようにしたかったので、地震が発生した9月6日の数字を名前に入れ込んでいるところもあります」
森は眺めるだけじゃない。森の豊かさを享受できるアクティビティを増やす
ATSUMANOKI 96では、「スノーサーフィンツアー」と題して、自分で雪板を作って遊んだり、馬が木材を運ぶ馬搬(ばはん)の現場を見学したりすることで林業に親しむツアーの企画・運営などに取り組んでいます。雪板は、スノーボードのように足が固定されておらず、スケボーのように靴のまま乗って滑れるところが特徴です。ただ木材を生産する場としてだけではなく、これまでとは違った観点から森林に関わる人を増やそうという発想は、どのように生まれたのでしょうか。
スノーサーフィンの様子
「厚真町だけでなく、日本全体も国土の約7割が森林です。特に厚真町は、町民の多くが物理的には森林のそばで生活してはいるのですが、森の豊かさを生活の中で享受できる機会が多くはありません。多くの方々は『眺める』くらいでしか森を活用できていないように思います。
近いところに住んでいるのに、使い手であるこちら側の知識や工夫の少なさで、森からの価値を木材でしか取り出せていないという状態はもったいないなと前々から思っていました。
森に入って楽しい時間を過ごせたり、素敵なものが取り出せたりしたら、森の近くに暮らしていてよかったと実感できる機会が増えて、地域の幸せやこの場所に住む理由の増加にもつながるんじゃないでしょうか。そのためには、受け取り手自身が多様になっていく必要があると思っています。
効率的に大量の木材を製材するための製材機は針葉樹しか扱えませんが、ゆっくりだけれど太い木も切断できる製材機を木の種社の中川貴之さんが導入したことで、広葉樹も木材として活用することができるようになりました。森林には多様な樹木が育っています。中川さんのような人と機械が地域にあることで、地域の森から取り出せる木材の幅が広がります。
また、燻製工房Thmey(とまい)を営む山下裕由さんがいるから、カエデやシラカバなど今まで使っていなかったような木をスモークチップとして活用できます。更にタコなどの海産物を燻製にすることで、海ともつながれます。雪板も、サーファーの方が厚真町に来て、森ともつながってくれたことで生まれたアイデアです。森に関わる人が多様になり、それぞれがつながり合ってきたからこそ、いろいろなアイデアが生まれ、実行されやすい環境になってきていると感じます」
森林ローカルベンチャーが起こした厚真町の変化
森林ローカルベンチャーを起点とする厚真町内の変化はそれだけではありません。宮さんが感じている、2つの変化について語っていただきました。
「1つ目は、町内に魅力あるプレイヤーが増えたことです。LVSでは、こちらが想定していなかったような仕事も、やってみたいという人がいれば町として応援してきました。それによってこれまで町内になかった仕事が生まれて、その人を魅力的だと思って尋ねてくる人も増えてきています。
2つ目は、まだ端緒的な動きではありますが、役場の雰囲気や職員のマインドの変化です。挑戦する人を応援する姿勢や、対話を重ねながら施策をつくっていくというやり方が少しずつ広がって、役場全体の文化へと育っていく兆しを感じています。
まだ一部の部署かもしれませんが、誰かを気にして発言しないのではなくて、思ったことを言える人も増えてきました。それは、LVSで森林ローカルベンチャーを応援してきたことで、安心してアイデアを出せる雰囲気ができてきたからではないでしょうか。
LVSについては、厚真町では9年続けてきて、来年が10年目です。少しずつではありますが、人が人を呼ぶ流れが生まれ始めている気がします。役場においても、LVSをこれからはこうしたいという想いを、職員それぞれが乗せられるような流れが生まれればいいなと思います。
起業家の情熱、地域住民や中間支援者のあたたかさ、役場職員の想い、それぞれが合致して成立する事業だし、関わることでこちらも幸せをもらえる事業だと思っています」
LVSでのメンタリングの様子
ロードマップは、創り出したい未来のための羅針盤
冒頭でご紹介した「北海道厚真町における環境保全林を活用した100年後の“ありたい姿”に向けたロードマップと実現のために必要な人材」は、LVSを始めとする厚真町のこれまでの取組を踏まえて、地域として目指す未来と実現のためのステップを可視化したものです。10年後の中期アウトカムとして、「環境保全林の活用によって、持続可能な10億、20億の経済規模が環境保全林のなかで生まれる」という経済面の目標と、「住民と森林との豊かな関係性を喜ぶ文化が生まれている」という文化面の目標が掲げられています。
「ロードマップを作成したことで、厚真町として目指したいものをいろいろな人と共有しやすくなりました。来年度が厚真町の総合計画を策定する年なので、さっそく今回作成したインパクトモデルを参照しながら、林業分野でどのような施策を行っていくか検討していきたいと考えています。
行政だけではなく、民間の林業関係者にもぜひ見てもらいたいです。行政とはまた違った視点をもっているので、このロードマップをたたき台として、こういう取組が必要なんじゃないかとか、ここはこんな風に書き換えた方がいいんじゃないかとか、いろいろ意見してもらいながらマップ自体を進化・変化させていきたいです。
こうして整理してみると、やることがたくさんあるなと思いますし、活動として足りていないものや抜けていることもまだまだありますね。ロードマップは字が多くてとっつきにくいかもしれませんが、自分だったらこの活動に関われるんじゃないかとか、関わりしろを探しながら、いろいろな人に見てほしいと思っています」
ちょうどいい“疎”に向けて。宮さんの描く10年後の厚真町
ロードマップについてお話を伺ってきましたが、宮さん自身は10年後の厚真町について、どのような姿を思い描いているのでしょうか。
「厚真町が所有している環境保全林が、僕達が目指している未来の象徴的な場所になるといいなと思います。環境保全林は、中心市街地から2㎞ほどの距離にある、東京ドーム約60個分もの広大な森林です。
人工林となっている部分もありますが、天然林が多く残っています。樹木の生長量が高く、稚樹や幼樹も豊富に育ち、生物多様性も高い環境保全林はとても貴重な森林だと思います。
この森が『一緒に遊びに行こう』と案内したくなるような、町中外から人が集まる場所になるよう、リソースを投入して関わっていこうとしています。
山菜やきのこ、ジビエなど、木材以外の森の恵みを多くの人が享受することで、森自体の魅力がさらに増していくと思います。そんな風に人と森との『共存』をベースとして、人々の幸せが生み出され続けるような町を目指したいです。
北海道の中でも新千歳空港や札幌から近いですし、ササが少なくて平坦な地形なので人が入りやすいというのも、この環境保全林の特徴です。森を楽しむのにぴったりな場所だからこそ、この場所から始めるのがいいと思っています。
かつては工業地帯である苫小牧東部地域のベッドタウンとして検討されていた場所でもあるので、森林ではあるのですが、用途としては宅地や商業利用ができるエリアでもあるんです。おとぎ話みたいに、本当に森に囲まれた家があっても素敵ですよね」
森林でできる様々なアクティビティ
宮さんの描く将来には、中学生の頃から抱いていた大切な人達が長く幸せに暮らせるというコンセプトが感じられます。
「身近な人の幸せをつくるということに全力投入したいんです。人口減少は避けられないですし、問題視されがちですが、大切なのはどんな機能があって何が守られていれば、幸せなまま“疎”になっていけるのかを考えることだと思います。例えば大事な人たちだけで週末にゆったり森林で楽しい時間を過ごせるというのは、とても贅沢な空間の使い方ではないでしょうか。
ちょうどいい“疎”な暮らしを意図をもって創り出していけるよう、町民と合意しながら進めていきたいです。その結果、厚真町って楽しいよと住んでいる皆さんが言えている。厚真町に住む一人一人が希望をもって暮らせている状態を作っていくのが、町が目指す姿だと思います。
幸せな暮らしができる場所だから、結果として厚真町があり続ける。役場の役目は、今とこれからの幸せが増える可能性を高めるための事業を、どれだけ精一杯できるのかだと思いつつ、これからも事業に取り組んでいくつもりです」
「北海道厚真町における環境保全林を活用した100年後の“ありたい姿”に向けたロードマップと実現のために必要な人材」の全文は、こちらからご覧いただけます。厚真町が描く森林活用には、驚くほど多様な人材が求められています。関心のある方や事業者の方は、ぜひご一読ください。
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