近年、SDGsの達成に向けて、本来捨てられるはずだったものを有効活用する取り組みに注目が集まっています。この記事で登場する菱(ひし)もそのひとつ。忍者のマキビシの元になったとも言われている、水草に実る硬い実です。福島県の猪苗代湖(いなわしろこ)では増えすぎたこの菱が水質汚濁の原因になっています。
長友海夢(ながとも・ひろむ)さんは、地域おこし協力隊として猪苗代に赴任してから、この菱を有効活用するための試行錯誤を続けてきました。
結果、長友さんの事業は、U-35世代を対象とした地域社会における課題解決の可能性、収益性に優れた事業を表彰する「Futuremakersアワード」で最優秀賞を受賞、さらに福島県が主催する「ふくしまベンチャーアワード2022」でも優秀賞を受賞します。
今回は長友さんに、猪苗代湖の厄介者である水草・菱を観光資源に変える「株式会社いなびし」の取り組みについてお話を伺いました。
長友海夢(ながとも・ひろむ)さん
株式会社いなびし 代表取締役/ローカルベンチャーラボ 6期生
1995年栃木県生まれ。日本大学山形高等学校、日本大学文理学部体育学科卒業。2020年4月~猪苗代町地域おこし協力隊に就任。2022年株式会社いなびしを設立。
やりたいことが全部できるのが猪苗代町だった。協力隊の仕事を通じて事業の“種”を発見
「小学生の頃から競技スキーをやっていて、練習拠点が福島県猪苗代町でした。小学5~6年生の時にはスキーのために猪苗代町内の小学校に通っていたこともあって、自分としては出身地よりも詳しいと思っている町です」
大学卒業後は2年程会社員をしていた長友さんですが、社会人として経験を重ねる中で、改めて自分が本当にやりたいことは何なのか、真剣に考えるようになりました。
「自分だからこそできる仕事がしたい、理想のライフスタイルを実現したい、とやりたいことを突き詰めて考えた結果、『猪苗代だったら全部できるんじゃないか?』と思い当たりました」
冬にはスキー、夏はSUP(Stand Up Paddleboard;スタンドアップパドルボード。ボードの上に立ち、パドルを漕いで進むウォータースポーツの一種)という趣味をもつ長友さんにとって、幼少期からの思い入れもあり、猪苗代湖を擁する猪苗代町はぴったりの場所でした。地域づくりに関心があったため、地域おこし協力隊のFacebookページを見つけると、すぐにメッセージを送って現地へ赴いたそうです。
冬にはスキー、夏はSUPを楽しめる猪苗代町
先輩協力隊や、行政職員の方、地域の事業者さん……と、現地で一通りヒアリングを行い、地域おこし協力隊への応募を決めた長友さん。2020年4月に着任し、地域活性化支援に取り組むこととなります。そして、協力隊の仕事の一環として派遣されたのが、水草回収ボランティアの現場でした。
「そのボランティア活動で回収されていた水草が菱だったんです。子どもの頃から猪苗代湖で遊んでいた僕にとって、トゲトゲで固い菱の実は馴染みのある植物。形がかっこよくて気に入っていましたし、よく拾って遊んでいたので、まさか水質汚濁の原因になっているものだとは思ってもみませんでした」
近年猪苗代湖の北側の湖畔沿いでは、泳げなくなってしまうほど菱が増殖しています。増えすぎた菱は、秋になると腐敗して水質汚濁や悪臭の原因となる上、湖の景観も損ねていたのです。猪苗代湖では、実に毎年100トンもの菱の回収が必要とされています。
「労力もかかる経費もかなりのものですし、『毎年こんなことを繰り返すなんて、どうにかできないの?』と感じました。そんなとき、地元ボランティアの方から菱の実が食べられるいう衝撃の事実を聞いたんです」
菱回収ボランティアの様子。毎年100トンもの回収が必要とされています
収穫したばかりの菱の実
菱の実が食べられる⁉ 試行錯誤の末たどり着いた、いなびし茶の販売
どうせ処分されるのなら、何らかの形で利活用して猪苗代湖の水環境保全活動に貢献できないかと考えた長友さんは、菱の実を活用した商品開発への挑戦を始めます。
ポケットマネーを元手として1年目に商品化したのが、菱の実の殻をむいて乾燥させたものを真空パックに詰めたおつまみでした。道の駅で試験的に販売したものの、マキビシの元になったと言われているほど堅い菱の殻をむく手間は想像以上で、事業継続は断念せざるを得ませんでした。
「商品開発の仕事をしていたわけでも、勉強したことがあるわけでもなかったので、全てが手探りでした。例えば商品に貼るバーコードのことも何もわからないし、インターネットで調べたり、保健所に電話したり、全部一から調べてやっていました。
おつまみは今にして思うと失敗作でしたが、その反省を踏まえて2年目は殻ごと使う方向で検討したんです。調べてみると、菱の殻は栄養価が高いことがわかったので『これだ!』と。
西九州大学の安田みどり教授が栄養面から菱を研究されていたので、早速大学に電話したところ、親身になってアドバイスをくださり、事業のサポートをしていただけるまでになりました。菱の栄養素に関する専門的な知識を教えていただくことができ、非常にありがたかったです」
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専門家の協力も得て、協力隊2年目にたどり着いたのがお茶でした。夏に菱の実を収穫し、洗って乾燥させ、粉砕・焙煎・袋詰めといった工程を経て完成したのが、『猪苗代湖産ひし茶 いなびし』です。
こおりやま広域圏のスモールスタート支援事業等を活用して資金を集め、2022年3月下旬から販売を開始します。道の駅での売れ行きは好調で、宿泊施設や飲食店等の施設でもドリンクメニューとして導入してもらえるなど、事業としての手応えを感じられる結果となりました。
他地域の情報を知ることが大きな学びに。ブランディングの方向性に気付いたラボでの対話
長友さんは、いなびし茶の販売開始とほぼ同時期にNPO法人ETIC.(エティック)が運営するローカルベンチャーラボに参加しています。これは、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラムです。ラボではどのような学びがあったのでしょうか?
「これまでは偶然も重なってうまくやってこられましたが、地域商社的な事業を続けていくためにはビジネスの基礎が抜けているので、そういった面を学べればと応募しました。
起業家マインドの話は自分の感覚と通じるところもあって刺激になりましたし、地域で事業をやっていく『覚悟』により磨きがかかったと感じています。
ゼミで定期的に集まって、各地域の情報を知れたことも大きな収穫ですね。他の地域での事例が自分の地域で役立つ場合もありますし、他地域の協力隊員の様子を聞けたことは勉強になりました。
特に起業型の地域おこし協力隊の活動は、小規模でも次々に事業が起こることで、地域が大いに盛り上がっていくのではないかと感じました。猪苗代町でも活かしていきたいです」
また、いなびし茶のブランディングの面でも、ラボのメンバーと議論する中で発見があったようです。
「猪苗代湖はアウトドア系のお客さんが多いので、当初はアウトドア用品とセットで販売していくようなイメージを持っていました。
自分ではあまり意識していなかったんですが、事業計画等について話す中で『それってSDGsだよね』と言われることが多かったので、そういう文脈で発信していくといいのかなという気付きがありました。
ただそれだけではなくて、これからの時代は環境にいいことが当たり前になっていく分、商品の本質的な部分が大事になってくるはずというメンターからの視点もいただき、健康茶としてブランディングしつつ、背景を見ると水環境の保全にもつながっている……という方向性を固めることができました」
菱の実収穫体験ツアーも開催中
猪苗代湖の美しい夕暮れ
いなびし茶の製造販売以外にも、菱の実の収穫や殻むき体験といったイベントを試験的に開催している他、最近では教育旅行のコンテンツとして菱の回収体験等も需要があるそうです。Futuremakersアワードでは、「商品開発や教育・交流コンテンツとの掛け合わせなどの展開に可能性を感じる」といった点が評価され、受賞につながりました。
「いなびし」の活動を成功事例に!地域に若手が活躍できる土壌を作りたい
この3月で協力隊の任期満了を迎える長友さんですが、卒業後はどのような活動を考えているのでしょうか。
「株式会社いなびしの事業規模拡大をメインにやっていきたいと思っています。菱の回収や販売の範囲は、郡山広域圏や会津地方へも広げていきたいですね。
それからこれはお茶の製造を始めてから知ったことなんですが、日本の健康茶は海外で人気があるので海外進出を考えています。猪苗代町はドバイと台湾に販売ルートがあるので、まずはそのあたりからテストマーケティングをやってみて、3年後を目途に国を決めて本格的に販売していきたいです。
そこまで事業規模が拡大すれば、事業を通じて菱の増殖を抑制するというアイデアも現実的になりますし、最終的には菱以外のお茶製造の依頼等も受けられるような工場を町につくることが目標です。
学生と猪苗代湖を訪ねることも
こういった活動をしている関係上、高校生の探究学習の場に招かれたり、大学生と交流する機会が多いんですが、今の若い世代は本当に優秀だなと感じます。地方にとって若手が挑戦する機会を生み出せないのは大きな損失なので、自分がゼロから成功事例を作って、次世代が挑戦しやすい土壌を作っていきたいですね」
卒業後は若手議員を増やすべく、自ら町議会議員への出馬も視野に入れているという長友さん。実現すれば、若手が活躍できるまちづくりがより一層加速しそうですね。
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