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何者でもない人の人生が、こんなに何でもある。台所研究家・中村優さん(後編)

2017.03.29 

仕事を“つくる”女性のライフストーリーを届ける連載、「彼女の仕事のつくり方」。3人目は、台所研究家・中村優さんです。

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世界中をめぐり「ばばハント(中村さん命名)」をし、名もなきおばあちゃんの日常から生まれたレシピ、そのロックな生きざまを集めた中村さん。先日、初の著書である『ばあちゃんの幸せレシピ』を出版されました。

今回のインタビューにあたり、中村さんに想い出の1品を作っていただけることに。 台所で料理をする中村さんのそばで、家族と会話するようにお話を伺った今回のインタビュー。鼻をくすぐるおいしい香りも、台所を囲む安心感や楽しさも、一緒に届けられたら何よりです。

>>前編はこちら

「何者かにならないといけない」という焦り

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桐田 学びたいという気持ちは、何歳ごろまで強くありましたか?

中村 うーん…、その弟子入り期間はずっとあったし、大学時代も、焦っていましたね。 海外に行って、大人と接することが多かったので、周囲からはどこの大学の誰々って見られるわけでもないし、中村優として何がやりたいの? ってずっと聞かれ続けて、何するためにここに来たの? って問われ続けたんですね。

当時は、何だか見てみたいから、くらいの気持ちだったし、言語を学びたいっていう気持ちしかなくて、何がしたいんだろうとか、どういう人間になりたいのかとか、自分に本当に何もないなっていうのをすごく感じていて。だから、大学時代は「何者かにならなきゃいけないんじゃないか」って、焦っていたんだと思います。

美しいばあちゃんの、執着心のない諦め

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桐田 今は違うようですね。どうして、そう思うようになったんですか?

中村 ばあちゃんのことをやり始めて、それからなのかな。何者でもない人の人生が、こんなに何でもあるんだな、っていうことを知りましたから。

おばあちゃんって自分がすごいなんて言わないし、わたしが面白がって聞いていても、話すほどのことなんてないけどねって感じで、普通に聞けばほとんどの話は出てきません。そういった経験も経て、本質的なものって、どうやってアピールしているかとか、言葉で表されてるものだけじゃないし、もしかしたらあまり周囲には分からないものなのかもしれないなと思いはじめて。

誰しも何者かになれるし、誰もそこまでではない、とでも表現すればいいのかな。もちろんすごい人はいるけれど、だからって取るに足りない人がいるという話でもない。何かになりたいと思いはじめると苦しくなるけれど、そんなの自分以外の誰かが決めた枠組みなんだって知って、そんな評価ならば気にしなくてもいいんじゃないかっていうところに落ち着きました。

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桐田 しわフェチの中村さんから見ても美しいしわを持っているおばあちゃんって、共通してこんな哲学を持っていると感じることはありますか?

中村 なんだろう、ある種の諦めと、何に対しても受け入れる感じでしょうか。意思が強い人もいたし、お父さんの言う通りみたいなおばあちゃんもいたし、それぞれに面白かったんですけど、誰しもやっぱり諦めは持っていましたね。諦めっていうのは、悪い意味ではなくて、「いろいろやってきたけれど、こんなものか」みたいな、執着心があんまりない感じです。わたし自身も本当に執着がないので、すごく気が合ったんですよね。

桐田 留学で焦りはしたけれど、そもそも執着心がなかった。

中村 うん、ないですね。物欲もないですし。そんな自分だから、何かになったほうがいいんじゃないかと思ってたんですよね。それに折り合いがついたという感じです。

何をするかよりも、どうあるか

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桐田 折り合いがついて、執着がなくなった状態で、どんな日々を送っていますか?

中村 やりたいことは、最近は待っていれば出てきて。タイミングなんだなっていうのは思います。 今ならこういうことができるのかもしれないとか、自分がやったほうがいいなと感じることと出会うとか。今までは、そこまで力もなかったですし。経験を積んで、やっと今ならばこのぐらいのことができそうだし、こういう視点では、たぶん他にやってる人がいないから、やったほうがいいかな、そうしたらもうちょっとよくなるかなとか、そういう感覚。

桐田 積まれてきた経験というのは、具体的にはどういったことですか?

中村 うーん、でも、編集でも料理でも、ふたりの師匠は実際的なものを教えてくれるという感じはなかったんですよね。そんなふうに言うと、ふたりに怒られるかな(笑)。

桐田 あはは(笑)。視点、ということでしょうか?

中村 そうそう。働き方とか、接し方とか、社会においてのあり方みたいなことを教わった気がします。だからなのか、もちろん基本は教えてもらっているけど、結局編集者でも料理人でもない感じになってしまいましたね。でも、実際社会で生きていくにはそっちの方が重要な学びだったなと思っています。

ひと手間が、言葉を超えて伝わるもの

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中村 はいー、できました!

桐田 わあ、すごい!! そういえば、パプリカの皮をむくのは何でですか?

中村 食感ですね。あとは、本当はもっと時間をかけて置いておくと、自分自身の熱でシュワシュワって縮むんですよ。それでおいしくなるんだけど。

桐田 ひと手間が知恵ですね。

中村 こういう時間のかけ方って、すごく家庭料理っぽいなって思います。レストランだったらそこまでやらないですよね、オーブンで一気に焼いてしまったほうが早いですし。けれどこうやって炙って、何時間か待って。これは、仕事だったらできないですから。

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桐田 できない。手間暇かけての中に、すごい自主性と積極性がありますよね。積極的に自分を楽しませる姿があるのかなって。 料理を通して笑顔にという話には、手間暇って入ってくるんですか?

中村 やっぱり伝わりますからね。おいしさと、その人がどのぐらい相手のことを思っているのかとか。そういうことはとても、めちゃめちゃ、ちゃんと伝わる。 だから、そういったことは重要だなと思います。それこそ言語を超える、といいますか。

「自分が100%ちゃんと伝えたいこと、100%以上にして伝えられますか」

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中村 さて、いただきますか!

桐田 おいしいー、感動……。野菜の旨みがしっかり出ていて、ほっとする味ですね。

中村 それはよかったです。しみじみ系ですよね。だからあまり、立食パーティとかには出さないですね。立って食べて、おいしいと思える味ではないから。

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桐田 中村さんは欲がないとおっしゃっていましたけど、本当に肩に力がはいっていなくて、とっても自然体ですね。中村さんのまま働いている、といった印象です。

中村 仕事だと思ったら絶対できないことしかやっていないかもしれません。頼まれて行ってたら、YOU BOXなんて絶対できないですしね。仕事だったら、「こんなに時間かけて行ったらいくらかかるの」って感じですよ(笑)。

桐田 そうやって働きたい人って多いと思うんです。中村さんは自然体でそれができる人だと思いますが、あえて絞り出すとしたら、どうしたらそんな感じに働けると思いますか?

中村 そうですねえ……。でも、今の自分は、自分のまま働くということの先に挑戦していることがあって。実は、昔は好きな人、気が合う人と働くことがモットーでしたけど、最近は、違う視点を持っている人とどうやって言葉を理解しながら働くのかということに挑戦しているんです。 「自分が100%ちゃんと伝えたいこと、100%以上のインパクトにして伝えられますか」というチャレンジですね。

自分に近しい感覚を持った人にだったらもちろん100%伝えられるんですけど、それではインパクトが少ないのではと思ってきて。たとえば大きな企業と働いていて、たとえ伝えたいことが5%くらいの人にしか伝わらなくても、企業の中での5%の意識の変化は、世の中全体の変化にもっと関係しているのかもと思ったんです。

結局、いろんな国に行って会う人も、すごく良い人たちと会えるけれど、本当にひと握りの人たちと会っているだけで、何か社会を巻き込むことをしたいときに何も変えられないんですね。社会を変えたいというよりは、自分が多くの人に良さを伝えたいと思った大事なことがあったときなんですが、例えば食におけるオーガニックやサスティナブルの話をしだしたときに、ひと握りの人たちだけに伝えていては変わらないことが多すぎた。そう感じてから、自分とは違う価値観を持った人たちと働くことを、この2~3年やってきました。やっぱり、価値観が違う人とコミュニケーションをしていくことは、とても力のいる作業ですけれど。

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実は書籍も作るつもりはなかったんです。ただ書籍って、何千部も刷って出版しますよね。これまで作ってきたYOU BOXだったら、100人。100人ぐらいなら完全に伝えられる自信はあったんですけど、何千人も自分と同じ考えの人が日本にいるのかな? と感じたとき、自分が伝えに行かなくても本が勝手に読者の手元に届いて読まれる状況って、自分にとってはとっても新しく思えて。

桐田 なるほど。とても素敵な修行ですね。

中村 昔だったら、そんな面倒くさいことやりたくないと思っていたし、どうせ変わらないと思っていたと思うんです。これからも、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれないけれど、今は意見の違い自体が面白いなと思ってます。日本語のほうが、英語で話すよりも伝わらないって状況もしょっちゅうですから(笑)。なぜそういう思考回路になるんだろうという疑問に日々直面しているから、国内だって異文化交流ですよ。

おばあちゃんを見ていたら、結婚することを受け入れられた

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桐田 ところで中村さん、結婚生活はいかがですか? わたし、本に書かれていた「選ぶことのほうが重要なのかと思っていたら、おばあちゃんと話していくうちに、結婚後にどんなふたりを作るかというほうが大事だなと思った」という気づきがとても素敵だなと思っていて。

中村 そうなんです。結婚なんて全くするつもりもなかったんですけど、そう考えてみたら、大事なところをおさえていれば誰と結婚しても一緒かもと思って、腑に落ちたんですよね。

桐田 おばあちゃんたちは、お見合い結婚されている方が多いですからね。

中村 そんなおばあちゃんたちを見ていると、恋愛結婚した人と、お見合いで初めて会った人と結婚した人と、幸せ度は別に変わらないかもなあと感じて。その人自身の問題なのかもしれませんね。

桐田 おばあちゃんのように、結婚のコツは見つけましたか?(笑)

中村 まだ1年しか経ってないですからね(笑)。 でもやっぱり、ひとりでは見えない景色が見える。なんでしょう、もう、ひとりで行きたいところもないけれど、ふたりだったら行きたいところがあったりしますね。

どこでもたくましく生きる訓練

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桐田 ひとり旅が大好きだったのに。

中村 たぶん、ひとりでやりたいことを、やりつくしちゃったんだと思います。

桐田 「どんなに遠くに行っても、自分の関心だけに従っていたら、同じ景色しか見えない」って本にも書かれていましたもんね。

中村 そうそう。同じものしか見えないということは、すごく思っています。

桐田 最初はひとりで生きていく方法を知りたくて東京でふたりのお師匠さんのもとで学ばれていたのに、不思議ですね。

中村 もう、ひとりで生きていけると思ったのかもしれません。けれどなにか、それには限界があるし、それ以上に楽しくならないなということもわかったんだと思います。 夫とは事業もこれから一緒にやることになったので、もっと一緒にいるんだろうなとは思う。

桐田 バンコクで、食の事業ですね。

中村 はい。相手も食に携わってきた人なので。ゆくゆくは住む場所も3拠点にしようかなと思い、ヨーロッパのどこかで考えています。日本だけの拠点って、少し不安なので。

桐田 不安なんですか?

中村 日本にしか住む場所がないって、なんとなく不安ですね。このまま日常が続くとは、わたしには思えないから。なぜか、このまま進むのかな? それはないのかもなって、いつも思っているところがあります。こんなにいろんなことがある世の中で、たぶん今のままっていうのはないだろうなと思うので。どこでもたくましく生きる訓練です。

人の目を通して世界を見る楽しさ

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桐田 ひとりから結婚してふたりになって、自分の関心から他者の関心へいきましたね。これまでは拒否してきたような関心へも目線がいって、どんどん人として広く大きくなっていく中村さんを感じました。 「自分の目で世界を見る」から、「人の目を通して世界を見る」ということに、シフトしているのでしょうか。

中村 そうかもしれないですね。

桐田 それも楽しいですか?

中村 うん、楽しい楽しい。ほんとに目が節穴なので、わたし(笑)。たとえば誰かと同じ場所に行っても、わたしには見えてないことが多くて。人も覚えていないし。基本的に、これだって思ったものしか見えていないから。

たとえば建築系の友人と街を歩いたとき、いろんな建物の話をしてくれて、そのときに他の人が見ているものを自分は見ていなかったなあと感じて。いろいろ知った気になっていたけど、いろいろ知らなかったなあと。

最近の大発見は、民藝の本をたまたま読んでいて、柳宗悦さんが確立した民藝の機能性とか、美しさとか、そういう基準が家庭料理と一緒だなと思ったことですし。地方に受け継がれる料理とすごく似ていて。そして民藝運動の話を読んだときには、「これはわたしがやりたかったことじゃないか」と驚いた。しかも、わたしが生まれる前にもう終わっていたけど、ムーブメントにするというアプローチをとったあたり、自分には無い発想だから感慨深かった。それなのに現代に生きるわたしが、こいうことが失われそうになっていてなんとかならないかと、同じようなことを言っていたわけです。歴史から学べって昔言われたけど、こういうことかと思いました(笑)。

「どこでも生きられる力が人にはすごくあって、しかもそれは全く難しいことではない」

桐田 最後に、読者へ向けておばあちゃんからの学びをたくさん受け取った中村さんから伝えられる、生き方のヒントがあれば教えてください。

中村 そうですねえ……。それこそわたしは、どこで住むかとか、誰と結婚するかとか、誰と働くかとか、そういうことをすごく気にしていたけれど、どこでも生きられる力が人にはすごくあって、しかもそれは全く難しいことではない、ということでしょうか。

例えば、このスパニッシュオムレツの切り方を変えて、ちょっと時間を長く焼いてみたら、すーごくおいしかったみたいな、そんな些細なことなんだと思うんです。でもそれが積み重なることによって、日常がちょっとずつ楽しくなりますしね。そういった些細なことを、どれだけ大事だと思って積み重ねられるか、みたいなところなんだなと今では思っています。ばあちゃんたちは皆、結構じいちゃんの愚痴とか言ってますけど、なんか楽しそうだし、それでいいのかなって。そんなことを思うようになりました。

桐田 ありがとうございました!

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桐田理恵

1986年生まれ。学術書出版社にて企画・編集職の経験を経てから、2015年よりDRIVE編集部の担当としてNPO法人ETIC.に参画。2018年よりフリーランス、また「ローカルベンチャーラボ」プログラム広報。