「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす。」をパーパスに掲げ、さまざまな社会貢献活動を行うサントリーグループ。2023年10月には、「すべての子どもたちが意欲や希望、夢を持ってチャレンジできる社会の実現をめざし、困難な状況下にある子どもたちへの支援の取り組みを強化する」と発表しました(*1)。
このたび始まった「君は未知数」(*2)と名づけられた取り組みでは、同じ課題意識を持つNPO法人等(以下、NPO等)への資金的支援や人的支援、また課題解決の仕組みづくりをめざしたNPO等との協働事業のために、今後3年間で総額10億円を拠出するとされています。NPO法人ETIC.(エティック)は、この事業の事務局をつとめます。
すでに複数の取り組みが動き始めた次世代エンパワメント活動の立ち上げの背景やその意義について、サントリーホールディングスのCSR推進部長である一木典子さんと、同部の課長の村田佳幸さん、部長代理の小林章浩さんに伺いました。
*1 サントリーグループニュースリリース 「困難に直面する子ども支援の取り組み 次世代エンパワメント活動を強化」
https://www.suntory.co.jp/news/article/14484.html
*2 サントリー「君は未知数」Webサイト
https://www.suntory.co.jp/company/csr/kimi_wa_michisu/
「人間の生命の輝き」をめざして。支援の現場から見える子どもにまつわる課題
——まず、なぜサントリーグループが次世代の支援に取り組むのか、その背景を教えてください。
一木: サントリーグループには、創業者から受け継がれてきた価値観として「利益三分主義」があります。これは事業活動で得たものを社会に還元するという精神です。CSR部門ではこれまでその時々の社会課題に向き合い、さまざまな取り組みを行ってきました。この20年間くらいの社会は、デジタル化や女性の社会進出が進んだ一方で、貧困、不登校といった子どもにまつわるニュースもよく耳にするようになりました。
社会の変化によって子どもたちにしわ寄せがいってしまっているのではないかと感じます。そんな時代背景の中で、私たちのような企業のCSR部門ができることを考え、困難に直面する子どもへの支援に力を入れて取り組むことになりました。
サントリーのパーパスに「人間の生命の輝き」という言葉がありますが、人は元来、誰しもが大きな可能性を持っています。その可能性をなんらかの理由で発揮できないのであれば、原因となる状況を変え、誰もの生命が輝けるようにしていくことが、私たちのCSR活動のひとつの軸だと思っています。
サントリーホールディングス CSR推進部長 一木典子さん
——次世代エンパワメント活動ではどのような取り組みを進めていくのでしょうか。
一木: 子ども支援の分野は、当事者である子ども自身の声が社会に届きづらいという現状がまずあります。そんな状況の中でも、今日まで先駆的で継続的な活動を続けてこられたNPO等が多くあります。私たちはそれらの団体に、自身が持つ課題や子どもたちの現状をヒアリングし、3つの視点でのアクションが必要だと考えました。
第1に、子ども支援の分野で極めて重要な担い手となっているNPO等の発展と成長に貢献するとともに、担い手を増やしていくためのアクションです。
2つ目は、企業だからこそできるアクションにするという視点です。2023年にこども家庭庁が発足したことで、子どもへの支援の幅は広がっています。そして「人間の生命が輝く」には、食や学習の支援に加え、心の栄養も必要です。私たちは企業として、目覚ましい成果は見えにくいとしても、心の栄養となる多様な体験や他者とのつながり等、未知と出会う機会を届けることにも取り組んでいきたいです。
さらに3つ目は、子どもたちを応援する大人を増やすということ。子どもの困難は、子どもを取り巻く社会全体で解決していくべきことです。子どもを主体として関わる大人の輪を広げていきたいと考えています。
足元の課題の根底にあるテーマを見据えて長く取り組む
——みなさんがサントリーグループの中で次世代エンパワメント活動に携わるようになったきっかけや経緯をお聞かせください。
村田: 私は1998年にサントリーに入社し、25年間お酒の営業をしてきましたが、50歳近くになってこれからの自分のキャリアについて考えるようになりました。この先の働き方や生き方について突き詰めるうちに、社会課題の解決につながる仕事がしたいという思いが生まれたのです。
そんな中、昨年の秋にCSR推進部に異動したことが大きなきっかけとなり、次世代エンパワメント活動に携わることになりました。我々はメーカーですので、商品の売上から得られた利益を社会貢献活動に使うという構図になります。会社全体としての思いをしっかり背負って取り組んでいきたいと思っています。
サントリーホールディングス CSR推進部 課長 村田佳幸さん
一木: 私も40代になってから、自分のライフデザインを考えるようになりました。私の場合は変化の経験値を増やして、まだ先の長い人生のレジリエンスを高めたいという思いと、これまで仕事やプライベートで夢中になった地域の活性化や子どもの情操を育む分野に関わり続けたいとの思いから、サントリーのCSR活動にご縁があり飛び込みました。
サントリーの東北復興支援や地域文化賞の取り組みを知っていたので、サントリーなら大事なことに本質的かつ長期的に取り組めるのではと感じていました。社内の議論が進むなかで子どもを取り巻く社会課題にフォーカスが当たり、立ち上げに携わることになりました。
小林: 私はCSR活動を担当して5年以上が経ちますが、たくさんある社会課題の中でも喫緊のテーマは何なのかということを常に模索してきました。サントリーグループの社会貢献は、設立から100年以上が経つ邦寿会という社会福祉法人に始まっています。
その時々の社会課題を捉え、課題を突き詰めて長く取り組むというモットーに従い、さまざまな活動を続けてきました。時代の大きな変化の中で、その根底にある課題について考えてきましたが、いずれも「次世代」というテーマが常に通底していました。
今改めて「次世代」にフォーカスしてみると、これからの日本の将来を担っていく子どもや若者が、非常に困難な状況を強いられているということがわかってきました。一木さんをプロジェクトチームに迎え入れたことでさまざまなNPO等との関わりも増え、次世代エンパワメント活動として具体的な活動に落とし込んでいくことになりました。
支援の現場を担うNPO等から学ぶ、子どもとの関わりと大人たちへの影響
——プロジェクトの立ち上げに至るプロセスを振り返り、印象に残っていることはありますか?
村田: 困難な状況にある子どもたちの課題解決をするという方向性が決まったものの、子どもたちとの直接的な接点がありませんでした。対象となる子どもたちとの深い接点を持っているのはNPO等です。実際にどのような支援をしているのか、現場をいくつも訪れ勉強しました。
印象的だったのは、子どもたちの学習支援活動からスタートした認定NPO法人Learning for All(以下、LFA)の居場所づくりです。
LFAでは比較的困難の度合いが高い子どもを支援していますが、子どもたちとの向き合い方が非常に心に残りました。学習支援でも一人ひとりの進行具合や意欲、そしてなにより子どもの特徴に合わせてカリキュラムを組み、気持ちを受け止めながら丁寧に会話し進めていく。職員の方が信念を持って取り組んでいて、それが仕組みとしてもできあがっていました。子ども支援の本質はこうした子どもとの関わりにあるのではないかと感じました。
また、子ども食堂という形で居場所づくりをしている別の団体も印象に残っています。子ども食堂は、困難な状況にある子どもに限らず、地域のコミュニティとして全国的に増えています。この団体のつくる子ども食堂は、関わっている大人たちの笑顔があふれるとても豊かな場所でした。普段は忙しく仕事をしている人が、週末はボランティアとして楽しそうにイベントを手伝っている。
子ども支援の活動が、関わる大人たちにとっても良い影響を及ぼしていることを実感しました。一人ひとりの子どもの個性に寄り添うことと、関わる大人たちもエネルギーを得ていること。プロジェクトの立ち上げ準備の中でそうした現場に触れ、大きな可能性を感じました。
小林: 私も実際にさまざまな現場に伺いましたが、そのひとつとして、子どもたちの「好き」や「やってみたいこと」を引き出すプログラムに参加しました。私自身は普段は子どもと話す機会があまりないのですが、実際に話をしてみると、子どもの支援は、我々が一方的になにかを与えることではないことに気づきました。さらに、子どもたちから我々自身が気づきやエネルギーをもらうこともたくさんありました。
子ども支援というと、ともすると「子どものために」という上から目線の活動と捉えられてしまいますが、その姿勢が正しいわけではないということを現場で痛感しました。まさしく「エンパワメント」という言葉の通り、私たちもこの活動をしながら学ぶことがすごく多いですし、活動で得られる関係性や学びが、活動を進めるにつれ大きな財産となっています。ほかのCSR活動にも同じような面はもちろんありますが、ことのほかそれを強く感じたのが、この活動の大きなポイントかなと思います。
サントリーホールディングス CSR推進部 部長代理 小林章浩さん
サントリーらしい取り組みで理解者を増やし、より良い社会づくりをめざす
——実際に支援の現場に触れ、準備を経てスタートした次世代エンパワメント活動ですが、このプロジェクトを通じて叶えたいことはどんなことでしょうか。
村田: 子どもたちそれぞれの個性に寄り添い、取り巻く環境をより良くしていきたいということはもちろん、取り組む以上はひとりでも多くの子どもに良い変化を起こせるようにしたいです。そのためには仕組みづくりがポイントになると思っています。
また、「これはサントリーがやるべきことなのか」ということは、絶えず自問自答するようにしています。なぜ私たちが取り組むのか。まだ明確な答えは出せていませんが、サントリーらしさを数年である程度形にしたいと考えています。当社の社員も「サントリーらしさ」を感じるような取り組みを、社内を巻き込んで進めていきたいです。
小林: 次世代の課題は本当に多様で複雑で、大きな問題も多く残っています。できることが限られていたとしても、我々が取り組むことで、理解者や共感者を増やしていくことも大事なことだと思っています。私自身もこの活動に携わりながら理解を深めていっていますが、まだ社会的に知られていない部分も多いと感じます。長く取り組んでいくことで認知を広め、世の中全体でこの課題解決に取り組む社会をつくりたいです。
一木: 私がとても好きなサントリーの広告コピーで、「『人間』らしく やりたいナ」というものがあります。合理的であることや、経済的に満たされるだけではない、人間とはなにかという問いが見えてきます。
今回の取り組みのアドバイザーである総合地球環境学研究所 所長の山極壽一先生は「離乳後数年と10代の思春期は他の生物には見られない人間特有の時期であり、人間はその時期の生命を守るために、共感力を伸ばし、共に食べ、共に育てる社会を作ってきました。しかし今、地域の力が弱り、貧困、不登校など、困難に直面する子どもが増えています」とおっしゃっています。
社会の根本的な課題が子どもたちの直面する困難として現れることで、社会にアラートを出しているのではないでしょうか。だからこそ目の前に顕在化した課題を解決しようとするとともに、なぜその課題が現れているのかを常に考えていきたいです。
人間とはなにか、なにが幸せなのかを今一度考えることから、今の時代に合うかたちで、地域や関係性を共創していくことにつながるのではないか、そして、子どもを取り巻く環境もより良くなっていくのではないかと感じています。
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