2024年5月10日、東京の日本郵政グループ本社にてカンファレンスイベント「Social Co-Creation Summit Liquid 2024」が開催されました。
日本郵政グループは、気候変動や人口減少などの社会・地域課題を解決するために、グループ社員を地方の企業・団体に派遣し、全国各地に約2万4000ある郵便局のリソースを活用して新規ビジネスを創出するプロジェクト「ローカル共創イニシアティブ(以下、LCI)」を2022年4月より開始しました。NPO法人ETIC.(エティック)は、LCIの運営事務局・アドバイザーを務めています。
本稿では、「『空き家』『空き家を社会課題から地域におけるポジティブな資産への転換~最新の事例から見えるシステムとしての可能性~』」について要約・編集してお届けします。このセッションでは、空き家に関する課題解決に留まらず、社会的インパクトを創出する空き家の活用、地域の活性化について議論されました。
<登壇者>
渡邊 享子さん 株式会社巻組 代表取締役
古市 奏文さん 一般財団法人社会変革推進財団(SIIF) インパクト・エコノミ―・ラボ インパクト・カタリスト
木下 翔太郎さん 日本郵便株式会社 地方創生推進部 主任
立川 尚人さん 日本郵便株式会社 和倉温泉郵便局 局長
<モデレーター>
多田 進也さん 日本郵政株式会社 事業共創部 マネジャー
※記事中敬称略。プロフィール詳細は記事最下部に記載。
空き家がコミュニティの拠点やサードプレイスになる
渡邊享子さん(株式会社巻組 代表取締役)
多田 : 本セッションでは、空き家の活用について考えます。ご登壇の皆さんに現在の取り組みを共有いただき、それぞれの活動の共通項や今後の展開について議論していきます。
渡邊 : 株式会社巻組の渡邊と申します。弊社は宮城県石巻市で空き家を活かした賃貸経営を行っています。今、全国に空き家は900万戸あります。その多くは、古くなった家屋が放置されていたり、所有者さんの高齢化が進んだりした状況にあります。私たちは問題を解決しながら住まいのあり方を再構築するという視座で活動しています。
事業のひとつに空き家を活用した施設運営があります。利用者による共創型で運営しているのが特徴です。通常空き家の賃貸経営は所有者さんがあらゆる管理を行う場合が多いのですが、例えば弊社が運営するシェアハウスでは、入居者さんも参加してアイデアを出しながら一緒にルールを作っています。コミュニティを作って施設を運営するこの仕組みは、日本郵便さんから出向してくださった社員さんと一緒に作りました。
今後は空き家活用によって地域の資源循環を促す仕組み作りを視野に入れています。例えば古い空き家の耐震性強化に地域の山で出た間伐材を使ったり、そこに関係人口を創出して林業や一次産業の担い手育成を行ったり、空き家活用の担い手育成を行ったりと、地域循環型の仕組みを考えているところです。
多田 : 石巻という地方部でのリノベーション物件を活用したビジネスの市場は、どういう状況なのでしょうか。
渡邊 : 人口が減っていきますから、従来の1住戸1世帯という定住型で考えると、リノベーション物件の事業には限界があります。でも今、流動性のある暮らし方をする人が増えてきているように思います。都心で安定した仕事を持ち、家を持って家族と過ごすだけではない、多様なライフスタイルが生まれてきています。
例えば、毎月都心から石巻に来て、空き家の井戸の再生作業をしてくださっている会社員の方がいます。とても楽しそうに、熱心に通ってくださいます。この方のように、会社員以外に何か別の役割を持ったり、全国のいろいろな場所にサードプレイスを持つようなライフスタイルが広がってきているようです。空き家運用も柔軟性を上げれば新しい需要にアプローチできるという手応えを感じています。
多田 : 空き家の仕入れはどのようにされていますか。空き家を持っているけれど、誰がどのように使うか分からず、貸すことに躊躇する所有者さんが多いという話もあるようです。
渡邊 : 弊社から所有者さんに働きかけることはほとんどなく、毎日のようにお問い合わせの電話をいただいています。空き家を持っているのでなんとか使ってくれないかというご相談です。具体的な活用策の他にも、今後の管理体制や相続など、空き家にまつわる漠然とした不安についてのお話も多いです。相談の受付や終活サービスとの連携も検討したことがあります。
不動産 x 社会的インパクト。新しい指標で見る事業価値
古市奏文さん(一般財団法人社会変革推進財団(SIIF) インパクト・エコノミ―・ラボ インパクト・カタリスト)
多田 : 空き家に限らず、社会課題への取り組みを広げる手法として、インパクト投資という考え方があるそうです。そのご紹介と、空き家活用との関連について、古市さんよりお話しいただきます。
古市 : 古市と申します。一般財団法人社会変革推進財団でインパクト投資の普及啓蒙に携わっています。インパクト投資は投資の考え方のひとつです。投資活動は通常、リターンを生み出し、リスクを減らして投資をするものです。インパクト投資はそこに「インパクト」という軸を加えて、リスク、リターン、インパクトの三つの尺度でバランスを取りながら投資をする方法です。あくまでも経済的なリターンを狙いながら、インパクト、つまり社会的価値の向上を追求します。
我々が支援している、空き家を活用してコリビングサービスを提供している企業さんの事例をご紹介します。空き家の活用を軸にしながら、例えば地域で関係人口を生み出すとか、個人が家族以外のコミュニティをもって支え合う仕組みを作るとか、関連する様々な取り組みを行っている企業さんです。我々は彼らの事業がどのようにインパクト創造につながるのかを可視化します。それによって企業はその事業価値を社会的インパクトの観点から語れるようになります。地域の事業者と連携したり、自治体の協力を仰いだり、人材を獲得するにあたって、役に立つ指標です。
今、様々な事業者が社会的インパクトの拡大を念頭に置いた不動産活用を考え始めているように思います。今後インパクト投資と不動産を掛け合わせた領域が非常に活性化するのではないかと思っています。
多田 : インパクト投資では、どのような点が評価されるのでしょうか。
古市 : 事業を行う上で企業が何を大事にするか、その事業にどんな意図があるのかは重要視する項目のひとつです。先ほどの企業の例で言えば、関係人口の創出を目指している点がポイントになりました。
渡邊 : 空き家活用によってサードプレイスをもち、その場を舞台に自己実現につなげている方を、これまでに数多く見ています。先ほどの井戸の修復をする方もそうですし、介護に疲れた方が空き家を使って自分の場と時間を作り、そこで水彩画を描くようになった例もあります。その方は絵を描き始めて2年で作品が都立美術館で展示されるようになりました。空き家活用にはウェルビーイングの側面も期待できます。私たちはそれを、空き家活用のポジティブなインパクトとして大事にしたいです。
空き家も人もみまもる郵便局は、地域に根差す町の管理人
木下翔太郎さん(日本郵便株式会社 地方創生推進部 主任)
木下 : 日本郵便の木下です。現在試行中の空き家のみまもりサービスを担当しています。これは、郵便局の社員が月に一度空き家を訪問し、その状況を確認して所有者さんにご報告するサービスです。建物の外観、施錠の状況、庭の雑草の様子などをご報告して、空き家の維持管理のお手伝いをしています。
ありがたいことに、非常に良い評価をいただいています。所有者さんからは、毎月の報告書で少しずつ家が傷んでいく様子を目にして、空き家の対策にようやく重い腰が上がったといったお声もいただきます。
立川 : 石川県の和倉温泉郵便局の立川と申します。能登では1月に震災があり、僕がみまもりしている地域で、地震によって玄関のドアが開いてしまった空き家がありました。空き巣の心配もあるので、遠方にお住まいの所有者さんに連絡し、警察の立ち会いの下で家の中を確認させていただきました。大きな揺れでドアや窓が開いてしまった家は他にも多くありました。遠方にお住まいの方は震災後の家屋の状況を心配されていると思うので、そういう面でもみまもりサービスは価値を提供できていると思っています。
多田 : みまもりサービスは他の企業も提供しています。あえて郵便局が行うのはなぜでしょうか。
木下 : 郵便局は日本全国どの地域にもあります。そこには必ず社員がいて、住人の皆さんの様子や地域の状況をよく把握しているのです。それが他社さんとの大きな違いで、日本郵便の強みではないかと考えています。郵便局では、この強みを活かして高齢者を対象にしたみまもり訪問サービスを実施しています。地域にお住まいの高齢の方を訪問して健康状態や日々の様子をうかがい、遠方にお住まいのご家族に報告するサービスです。ここで得た知見を活かしてさらに町に貢献すべく、空き家のみまもりサービスの試行に至りました。
立川 : 郵便局の社員は地域の皆さんと頻繁に顔を合わせているので、皆さんが心を開いて話をできる関係が作れていることが多いです。高齢者のみまもりが喜ばれているように、空き家のみまもりでも、町の管理人のような役割を果たしていかれるのではと思っています。
渡邊 : 私がいる石巻でも震災がありました。能登の様子をうかがって、日本郵便さんが、災害時に建物の状況を確認できる体制を構築されているのは防災上とても重要だと感じました。防災の視点でも郵便局の存在は重要ですね。
弊社では、空き家を使って遠隔管理での民泊運営を検討されている所有者さんからご相談をいただくことがあります。何かあったときに必ずしも自分がその場所にいなくても問題ない、きめ細やかな駆けつけ体制を期待される所有者さんは多いです。そのような場合に郵便局のインフラやリソースは非常に重要な役割を果たしますし、今後その強みを活かせるビジネスチャンスは多くあるように思います。
木下 : みまもりサービスには、私たちも非常に手ごたえを感じています。一方で、空き家を空き家としてみまもり続けているだけでは、根本的な社会課題の解決にはつながりません。他の企業の協力を仰ぎながら、一緒に課題の解決に取り組んでいきたいと思っています。
地域特有のニーズと文化に目を向けたまちづくり
立川尚人さん(日本郵便株式会社 和倉温泉郵便局 局長)
多田 : 最後に、それぞれ印象に残ったことを共有していただけますか。
古市 : 空き家の活用を軸に関係人口が創出されれば、もともとは関係なかった人たちが地域に関わるようになり、例えばその地域で自分の事業を始めたり、そこに住み続けたりと、定住人口が増えることも考えられます。地域で新しく物事を始める人が増えれば、短期的な空き家の活用に留まらず、本質的に地域が活性化されると思います。そのためには空き家だけに注目するのではなく、その地域ならではの産業や魅力、そこにいる人たちの動きに敏感になることが重要です。そこで、まさに郵便局の皆さんの気付きが重要な役割を果たすように思います。地域との関わり合いを通して様々な事業を複合的に展開している日本郵便さんには特異性があります。とあるサービスから得た気付きを別のサービスに活用するなどしてインパクトを拡大していく、その大きな可能性を感じました。
木下 : サードプレイス、町の管理人、そして町の変化に敏感になるという皆さんのお話に非常に共感しました。それぞれの地域にとっての理想形を郵便局が吸い上げて、町の管理のお手伝いができれば、良い町ができるのではないかと思います。
渡邊 : 郵便局の存在や、郵政グループさんの人と生活に寄り添うサービスはとても貴重だと思いました。皆さんのお話に、町の管理人としての誇りや温かさを感じます。人がみまもり合う、気持ちの良い幸せな町の維持活動に、今後一緒に取り組む機会があれば嬉しく思います。
立川 : 石川県では震災からの復旧作業が続いています。田舎の方に行くにはアクセスが悪く、往復の移動に時間がかかってしまうため、現地に長時間滞在できず、作業が進まないのが問題になっています。そうであれば、空き家をその作業拠点として活用できそうだと、お話を聞いていて思いました。防災や復興の拠点としての活用方法もありそうだと、可能性を感じます。いろいろな方の話を聞くことが次のアイデアにつながります。アイデアを得て形にしていくことが大事なのだと思いました。
モデレーター 多田進也さん(日本郵政株式会社 事業共創部 マネジャー)
<登壇者プロフィール詳細>
渡邊 享子さん
株式会社巻組 代表取締役
2011年に起きた東日本大震災を機に宮城県石巻市へ移住。若者向けの賃貸住宅を作るため、空き家の改修、企画運営等の活動を始め、2015年合同会社巻組を設立。地方都市で資産価値の低い空き家を活用してクリエイティブな人材が育つ環境を模索しながら様々な事業を展開する。2019年、日本政策投資銀行主催の「第7回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」にて「女性起業大賞」など受賞多数。
古市 奏文さん
一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト
大学卒業後、メーカーやコンサルティング会社での経験を経て、 株式会社ミクシィCVCや独立系のScrumVenturesでベンチャー投資の仕事に従事。 2018年にSIIFに参画し、日本初の機関投資家を 引き入れたインパクト投資ファンドの立ち上げや、地域アクセラレータープログラムの運営責任者として活動。2022年度より現職にてインパクト投資の先行事例創出・研究などをリードしている。
木下 翔太郎さん
日本郵便株式会社 地方創生推進部 主任
2017年に日本郵便株式会社へ入社。杉並郵便局、関東支社での勤務を経て本社勤務となり2019年より現職。郵便局と自治体の連携に関する施策に携わり、自治体との協定の締結やマイナンバーカードの申請支援事務などの行政事務受託を促進。2023年2月に開始した空き家のみまもりサービスの試行に携わり、現在は同サービスの事業化を目指して検討を進める。
立川 尚人さん
日本郵便株式会社 和倉温泉郵便局 局長
石川県七尾市にある和倉温泉の生まれ。関東の薬品メーカーで営業職を務めたのち、2006年に七尾市和倉温泉にUターン。1899年の開局から125年の歴史を持つ和倉温泉郵便局の局長を務める。
多田 進也さん
日本郵政株式会社 事業共創部 マネジャー
2010年に日本郵便に入社。入社以降、不動産事業に携わり、シェアオフィス併設物件や木造大型コンパウンド物件など住宅の企画・事業推進を行う。また、社内副業制度を活用し、郵便局の遊休スペースと社会企業家とをマッチングさせ、地域課題解決型のプロジェクトを企画・推進。その後、不動産デベロッパーへの転職を経て、2023年から郵政グループのアルムナイ制度1号として、郵政グループに復帰し、ローカル共創イニシアティブに従事。
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