Beyondカンファレンス2024(6月1日開催)で行われたセッション「ともに考える、関係人口拡大のために『フレキシブルワーク』ができること」では、地域における関係人口とフレキシブルワークについて話し合いました。
前編の記事では、登壇者の事業説明や関係人口と地域をめぐる現状について紹介しました。後編では、関係人口を増やすポイントや課題についての話し合いを紹介します。
<登壇者>
重原 圭(しげはら けい)さん
日本経済新聞社 人財・教育事業ユニット 副ユニット長 ワークシフトソリューション統括ディレクター
広告事業を起点に、2010年の日経電子版立ち上げ以降はデジタルやIDをベースとし新規事業企画・開発・運営に従事。現在は、より自由で豊かな「はたらく」を実現するべく奮闘中。阪神ファン。
川元 一峰(かわもと かずみね)さん
東急 ホスピタリティ事業部 事業戦略グループ 主査 / 東急TsugiTsugiチーム
「TsugiTsugi(ツギツギ)」は、東急の「社内起業家育成制度」から誕生した定額制回遊型宿泊サービス。「旅するように暮らす」が当たり前になる世界の実現に、ANAグループや各地のDMOらと共に邁進。日経とも絶賛提携中。
石井 宏司(いしい こうじ)さん
パーソルキャリア 経営戦略本部ゼネラルマネジャー
リクルートを起点に野村総合研究所、ミクシィ等をへて現職。新規事業開発やスポーツマネジメントの経験が豊富で、2021年にはJ2ザスパクサツ群馬の代表取締役も務めた。現在は「はたらいて、笑おう。」を実践中。
田中 祐樹(たなか ゆうき)さん
トレジャーフット 代表取締役社長
プテーニを起点に、パムローカルメディア代表取締役社長、ベネフィット・ワン新規事業開発責任者などを経て2018年にトレジャーフット設立。経営理念は「新しい働き方を創造し、地場産業の発展に貢献する」。
※記事中敬称略。
未顧客を顧客にして、薄く広く認知を拡げていくには?
重原 : 関係人口を増やすためには、未顧客を顧客にして、薄く広く認知を拡げていかなければいけないと思っています。では、そのためにできることはなんでしょうか。
川元 : 未顧客の中には実際に行動に移せない人や地縁の無い人、大きなお金がかかるのが怖い人など、多種多様な理由を抱えた人がいます。もちろん、自治体がお金をサポートしている地域もありますが、その町がどんな場所であるかを知らないから、重要な一歩目が踏み出せない。
僕自身、ローカルの人たちと繋がってみたいと考えて、ゲストハウスを訪れることも試しました。しかし、そこでは既にコミュニティが出来上がっていて、ガツガツすることが苦手な自分には向いていないと諦めてしまった経験があります。関係人口における未顧客の中にも、ホテルのような個室感や、心理的に守られたい気持ちを抱えながらも、地方のコミュニティには憧れる人が一定数はいるのではないでしょうか。だからこそ、観光のようなライトな文脈から、どう仕掛けていくかも大事だと思います。
明日からいきなり地方コミュニティに属している人と同じような生活をすることは難しい。もっとグラデーションのある形で、仕事も絡めながら地域に関わるハードルを少しずつ飛び越えていくことが、関係人口を増やすきっかけになると思っています。
石井 : 僕は集客をやってきて、鉄板の法則というものが3つあります。一つ目は、「賑わいが賑わいを呼ぶ」ということです。実際に行ってみたけれど、誰もいなかったでは二度と人は来ない。小規模でもいいので、最初の賑わいをどう生み出すかに頭を絞ってきました。
二つ目のポイントは、必ず足元から集めることです。よく相談されるのは「東京からどうやって地域に人を呼べますか」というものです。これに関しては、遠い所から人を持ってくるよりも、隣の町から人を持ってくる方が簡単です。Jリーグのチームでも、住所を調べるとスタジアムの周りから集客できていないことがあります。ザスパクサツ群馬では、まず徒歩10分圏内の人にスタジアムへ来てもらうために、チラシを配っていました。まずは、来やすい人で小さな賑わいをつくる。すると、賑わいをたまたま見た人が気になりだし、それが次の集客に繋がります。
三つ目のポイントは、言い訳をつくらせることです。自分たちの魅力をPRすることは大事ですが、ほとんどの人はその魅力を体験したことがないので理解できずにいます。例えば、ザスパクサツ群馬では花火をやっていましたが、周辺住民にお詫びのチラシを配りました。騒音でご迷惑をおかけしてしまう代わりに、試合に来るとくじが3回引けるという内容です。すると、「自分たちは周辺住民だから、他の人よりも3倍のお得がある。それなら行くか」という言い訳が生まれて、集客に繋がるわけです。以上の3点が集客のポイントです。地域のことにも還元できるのではないでしょうか。
重原 : 私は「楽しい」という感情が大事だと思っています。経済価値や合理性では、地域が東京に勝る部分は多くない。しかし、楽しいかどうかでは別の可能性があります。活動に正しさを求めるのではなく、「楽しい」のような主観ベースが大事ではないでしょうか。自分とは関係のない地域だからこそ、楽しいかどうかで判断する。それを許容できるサービスや仕組みが関係人口増加には必要かもしれません。
田中 : 重原さんのお話は言葉を変えれば、無理なく続けられるかだと思います。関係人口といえども、その負担を考えれば結局のところは生活に余裕がある人のものというイメージがある。家族との楽しい旅行であったり、年に1回の旅行が関係人口に繋がるような楽しい方向にしていかないと、関係人口が一部の豊かな人のものになってしまう可能性があります。
無理なく関係人口になるために、わざわざ生の身体で地域に行かなくてもいいとも考えています。「デジタル村民」や「ふるさと納税」のように、移動がなくても地域に関わる方法を模索していくことで、より多くの人が関係人口に楽しく関わるきっかけになると思います。
関係人口化への「粘着できる仕組み」をつくる
トレジャーフットの考える粘着する仕組みづくり
重原 : 仕組みの話もしていきましょう。石井さんとも話したのですが、関係人口拡大のために先達が大変な努力をされてきたことは事実ですが、まだまだ仕組みが足りていない部分もあるようです。
石井 : 仕組みの部分では、「せざるを得ない」状態にすることが大事です。例えば、政府が出す補助金でも、雇用関係の補助金は必ず持続して出ます。沖縄の仕事をやっていたときにも、雇用系の補助金は毎年必ず出ていました。それを関係人口とうまく紐づけることで、ある程度の継続性が見込めると思います。
つまり、持続的に出るお金や持続的に課題解決しないといけないイシューを見つけることです。関係人口を増やす活動も、持続的に続く仕組みに繋げることが重要だと思います。
大企業はなかなか新しいことを始めませんし、始めたことはやめないという悪いクセがあります。我々はそこを逆手に取りましょう。悪いクセも制度化・仕組化してしまえば、それも持続的な取り組みになります。
田中 : 大手の会社は関係人口における分岐の上流(下の画像における左の部分)でサービスを展開していると思います。しかし分岐させるだけでは、関係人口化しません。地域との「粘着」がなければ、観光客との違いが定義できないんです。
画像における左側で大手企業がサービスを展開し、枝分かれした先で中小企業やベンチャー企業がサービスをつくる
田中 : 僕の会社はその枝分かれした部分を、関係人口化させることを仕事にしています。NIKKEI OFFICE PASSを2時間だけ使う人やTsugiTsugiで1泊する人が、その地域を好きになり、粘着してくれるためにできる仕組みづくりを、僕らの会社は考えています。
つまり、粘着できる体験を仕組化したいわけです。粘着できる体験とは、地域の居酒屋で、吞んで帰るだけではなく、店の大将と仲良くなって、自宅にお邪魔しちゃうみたいなことだと思っています。本来、その現象をお金にすることは難しいのですが、もしもビジネスにできたらおもしろい。この現象の有無が交流人口と関係人口の違いだと思っています。
高松市で関係人口をつくる仕事をしていますが、粘着させる仕組みがないとお金がなくなって持続できなくなります。僕の目指すものは、自分やっている仕事が残らなくても、続くコミュニティをつくることです。
高松市では関係人口化している人をSNSに留めることをやっていて、彼らがさらに粘着するために多種多様な人から協力してもらっています。ゲストハウスやサッカーチーム、行政などに粘着してほしい。そのために、地域の未来を語ってもらいました。粘着度は未来志向の方に強いという特徴があります。高松という共通項があっても、分野が変わればその見方は変わります。これを「妄想仕事図鑑」として、みんなで高松の未来を考えています。
具体的な増やし方を模索していく
重原 : しかし、ただ増えればいいの? という疑問がありますよね。その論点についても触れましょう。
重原さん(左)と田中さん(右)
田中 : どこかの関係人口が増えると、どこかの関係人口は減るというジレンマも抱えています。移住などによって増えた人口と関係人口が同じ文脈で語られることも多いのですが、実際は人間が持っている時間は1日24時間なので、関係人口をどんなに増やしても、それは日本のなかで人を取り合っているだけなんです。いま、生簀の魚が日本の人口だとすれば、それは減っている最中です。そのような現実があるなかで、マーケティングにかける予算があり、かつスタイリッシュに関係人口を増やしていく自治体と、お金を一円もかけることのできない自治体が存在しています。本当に人を増やす必要があるのは、どちらでしょうか。資本の殴り合いにならない増え方と継続性を目指すべきだと思います。
重原 : 技術が色々な問題を解決していく可能性もあります。メタバースは下火ですが、それでも移動せずにできる体験が実現し、充実することには大きな進化と価値があると思います。
川元さん(左)と石井さん(右)
川元 : 旅行と生成AIは関係がないように見られていますが、東急はその組み合わせにチャレンジしています。2023年の5月にリリースしているAIコンシェルジュでは、チャットGPTがニーズに合わせて旅先や楽しみ方を選んでくれます。観光作業におけるチャットGPTの導入としては、東急が日本で最初です。
日本には少しニッチだけれど魅力的な場所があることも、宿泊施設を持っている東急は理解しています。ただ、僕らがオススメするくらいで行動を起こしてくれる人はごくわずかです。しかし、チャットGPTと色々な会話をするなかで、偶発的にニッチな観光地をオススメすることで、潜在的なニーズに応えることができればいいなと思っています。もちろん、実行動に移るかどうかは人によりますが、技術によって生まれる偶発性によって、旅前の需要に貢献したいと思っています。
石井 : みなさんが話してくれたアイデアでも、PL(損益計算書)にヒットすると厳しい側面があります。つまり、コスト扱いになってしまうと、いつかは減らせと言われてしまうわけです。地域で色々な活動をやっていても、コストであると判断されれば、いつかは削られます。ところが、バランスシートの上では、その活動が資産になるわけです。資産は蓄積しないといけないので、削ることが難しい。高松で例えれば、「粘着人」が高松に何人いるかが資産です。
豊かな地域というのは、自己資本ではなく他者資本が勝っています。「高松はいい地域」だと口コミで言ってもらえるのが他者資本です。技術を導入するにしても、自分の地域におけるバランスシートを、どのように良くするかという発想で経営していくと良いと思います。
田中 : 関係人口における分岐の部分(サービスなど)は資本主義でつくれます。しかし、その先の体験は経済合理性で考えても、つくりだすことが難しいと思います。
トレジャーフットでは、それをビジネスにしたいと考えています。居酒屋の大将と仲良くなることは地域との強い粘着ですが、その体験は資本主義上でお金が発生しません。ただし、そこのデザインを少し変えることができれば、関係人口の桁が変わると思っています。そのためのアイデアを、今後もみなさんと一緒に考えていければ幸いです。
重原 : 本日のセッションは以上となります。私たちにも改めて大きな気付きと学びを得る機会になったことを感謝します。どうもありがとうございました。
取材・文・写真 : 浅野凜太郎
これまでのBeyondカンファレンスについての記事はこちらからお読みください。
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