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「筋肉質なまちづくり」を目指す町長が旗振り役。他地域からの横展開で新たに中間支援組織を立ち上げた──鹿児島県錦江町の事例

2025.05.08 

みなさんの地域に中間支援組織はありますか? 中間支援組織とは、地域内外の多様な関係者の間を取り持つ「ハブ」のような役割を担う組織で、法人形態はさまざまです。地域でこんな事業をやってみたい、ビジネスにはならないかもしれないけどこんなアイデアがある、そんなとき最初に力になってくれる場所をイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。

 

今回の記事では、このような中間支援組織を立ち上げる最初の一歩に迫ります。鹿児島県錦江町(きんこうちょう)の新田敏郎町長、株式会社エーゼログループの大井健史さんにお話を伺いました。

 

新田 敏郎(しんでん としろう)さん

錦江町町長

1955年生まれ。鹿児島県錦江町(旧・大根占町)出身。1985年に大根占町役場に入職し、さまざまな課でキャリアを積む。2005年に旧大根占町と旧田代町が合併して錦江町となってからも、引き続き教育委員会や総務課などで勤務。2021年に錦江町役場を退職し、現職。

 

大井 健史(おおい たけふみ)さん

株式会社エーゼログループ錦江町支社 支社長

北海道札幌市出身。株式会社リクルートキャリア(現:株式会社リクルート)で求⼈広告の新規営業に従事した後、エーゼロ株式会社(現:株式会社エーゼログループ)に入社。岡山県西粟倉村にて移住・起業支援プログラムの企画運営等を経験。2023年4月に鹿児島県錦江町に移住し「町内に挑戦と応援の文化を育む」ことをミッションとする錦江町役場との事業をスタート。移住・起業支援や町内事業者の情報発信、事業創出支援等に幅広く関わる。

※記事中敬称略。

 

ローカルベンチャー発祥の地・西粟倉村からの横展開で動き始めた、中間支援組織の設立

鹿児島県錦江町では、他地域からの横展開という形で町内に中間支援組織を立ち上げました。錦江町のパートナーとなったのは、岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)、北海道厚真町(あつまちょう)でも中間支援業務を担っている「株式会社エーゼログループ(以下エーゼロ)」です。エーゼロは西粟倉村とともに、地域の新たな経済を生み出すローカルベンチャーの輩出・育成を目指すローカルベンチャー協議会(以下LV協議会)の発足にも深く携わっている組織です。地域外から起業者を呼び込むローカルベンチャースクールの実施など、各地でローカルベンチャーの発掘や育成に関わっています。

 

2021年12月に錦江町の町長に就任した新田敏郎さんは、以前からエーゼロ代表取締役・牧大介さんの著書『ローカルベンチャー 地域にはビジネスの可能性があふれている』などを通してローカルベンチャーに高い関心をもっていました。

 

新田 : 地方創生が始まった頃から、自治体単独でできることには限界があると感じていました。5~6年前、政策企画課の課長をしていた頃に出会ったのが牧さんの著書です。それを読んでますます、行政だけではなく民間と連携しながら人を育てて、まちの未来を感じられるようなうねりをつくっていきたいという想いが強まりました。

 

錦江町ローカルベンチャースクールの様子

 

徳島県神山町など全国の先進的な地域への視察を経て、地域課題を解決していくためには、住民1人1人が自ら考えて実践することで、まちの未来を切り拓く力をつけていく「筋肉質なまちづくり」が大切だと考えるようになったという新田町長。ローカルベンチャーの育成は、そのために必要な事業だと感じていたそうです。同じく牧さんの著書を読んだ役場職員の方が、エーゼロ社外取締役の勝屋久さんにコンタクトを取ったことから、牧さんたちの来町や錦江町役場職員の西粟倉村・厚真町への視察へとつながりました。

 

新田 : 視察に行った職員から「すごいです」と報告を受け、私も現地へ行きました。錦江町でどんな未来を実現したいのか、そのためにどんな事業が必要か、役場職員とともにエーゼロのみなさんと議論を交わしたことを覚えています。第1段階として短期的な就業環境を整えること、第2段階として幅広くU・Iターンを誘発することを目指して、LV協議会への参画へと舵を切りました。

地域の空気感を肌で感じながら事業に取り組みたい。若手スタッフの一大決心

LV協議会への参画は、民間の中間支援組織と協働でローカルベンチャーの推進体制をつくることが条件となっています。錦江町でも中間支援組織の立ち上げにあたって、町内で運営を担う人材を募集する、西粟倉村から定期的にエーゼロのスタッフが出張して伴走するなど、さまざまな案が検討されました。そんな中、錦江町にエーゼロの支社を設立して常駐するというミッションに自ら手を挙げたのが、若手スタッフの大井さんでした。

 

大井 : 最初に錦江町を訪問したときに十数名もの役場職員の方が出迎えてくれて、温かい町だなと感じました。エーゼロとして拠点を増やそうとしていたタイミングで、訪問したメンバーの中で若手が私だけだったこともあり、気付けば周囲からも「行きたいならありだよ」と言ってもらうようになりました。

 

とはいえ転勤も伴いますし、言われたから行くのではなく自分自身で覚悟を決めないと頑張れないなと思ったので、2022年の秋に1週間の有給休暇をもらって錦江町に滞在して真剣に考えました。

 

西粟倉村と行ったり来たりでもできなくはありません。ただローカルベンチャー事業をさせていただく上では、現地に身を置いて空気感を感じながら事業に取り組むことが重要だと思っています。現地で移住者や一次産業に従事される方々と話す中で、行政関係者以外にも前向きに熱量をもっている方がいるとわかり、この町でならやっていけそうだと感じました。

 

新田 : まさか町に職員を派遣してくれるとは思っていませんでした。廃校になった中学校をサテライトオフィスとしてリノベーション中だったのですが、エーゼロ錦江町支社のオフィスとして、大至急1部屋空けてもらいました。

 

 

大井さんは2023年4月に錦江町へ移住。その後町内で出会った方と結婚し、2024年には第一子も誕生しました。錦江町だけではなく、大井さん自身の人生にも「うねり」が起きているようです。

スピード感をもって事業に取り組める点が民間の強み。未来に向け、ゆるやかな変革を

エーゼロの錦江町進出に伴い、地域を舞台としたチャレンジを応援する「錦江町ローカルベンチャースクール」を始めとしたローカルベンチャー事業が本格的にスタートしました。これらの事業を中心的に担う中間支援組織の必要性について、新田町長は次のように語ります。

 

新田 : 往々にして行政は手続きなどに時間がかかります。ですが、目の前に差し迫った地域課題に対して悠長なことを言ってはいられません。どんどん進んでいかなければ、周回遅れになってしまう可能性があります。そこで中間支援組織がスピード感をもって進めていく必要があるのです。実際エーゼロのおかげで、今地域が必要としている働く世代の方々の情報がタイムリーに入ってくるようになったと思います。

 

住民ワークショップの様子

 

また、7年程前に町民約3,000人を対象として実施した幸福度調査の結果も、新田町長にとって、未来に向けて今行動を起こさなければという原動力になっているそうです。

 

新田 : 町内の上の世代には、地域の担い手や子どもが少ないことに対して、時代の流れだから仕方ないといったあきらめ感があるように感じていました。そこで幸福度調査を行い、世代ごとの傾向を分析したところ、本町の高齢者の方々は「人を受け入れる寛容性が高い」という結果が出たんです。

 

一見いいことのように見えますが、移住者の方や長い間町を離れていたUターン者の方は「外」に置かれているというか、その寛容性は「自分達と考えが一致する人なら受け入れる」という条件付きのもののようにも思えました。エーゼロと連携する中で、そういった空気感をじわじわと変えていけたらと思っています。

 

2023年度から動き始めたローカルベンチャー事業も、今はまだ議会や町民から十分な理解が得られているとは言い難い状況です。ですがゆっくりとでも、Uターンしてくる家族を当たり前に迎え入れられるような、多くの住民が居心地のよさを感じられる町にしていきたいです。

「筋肉質なまちづくり」のために、まずは行政職員が変わる

錦江町のローカルベンチャー事業では、地域外の人材と町をつなぎ、本気で伴走できる力を身につけられるよう、行政職員向けの研修も実施しています。この研修は2年間にわたって実施され、町長によって選ばれた15名の職員が地域課題の解決に向けた事業を計画し、実行するまでのノウハウや思考術を全8回のワークショップ形式で学びました。

 

大井 : 1年間個人でプロジェクトを回してもらい、その中から特に町の総合計画に紐づいた4つのプロジェクトを選んで、民間と連携した事業として自走させることをゴールに活動していました。2月に報告会を実施したのですが、民間から出資を得ての空き家事業や、地域内の事業者と連携した子どもの居場所作り事業が2025年度から動き始めようとしています。

 

報告会では町民の方からもアドバイスがあったり、関わりたいという人が出て来たりといった様子も見られました。地域住民を巻き込みながら、役場職員発の事業が生まれていくというプロセスが育まれたのはいい兆しだと感じています。

 

新田 : 担当業務と利害関係がなければ、地方公務員法で副業も認められています。行政として進めていきたい事業でもありますし、職員発の事業を行政としてどう支援できるか検討していきたいです。失敗もあるかもしれませんが、自分達でやってみないと起業しようという方の気持ちもわからないでしょうし、どこまでやれるのか、どんな支援があるといいのか職員自身が気づく機会にしてほしいと思っています。

 

行政職員向け研修の報告会の様子

 

大井 : 行政職員さんの動きはうれしい変化ですが、今後は町内でチャレンジしてみようという方の動きも積極的につくっていきたいです。

 

新田 : エーゼロのみなさんのおかげで、私たち町民が見落としがちな地域のポテンシャルに気づくきっかけをいただいています。昨年宮崎県日南市(にちなんし)で開催されたローカルリーダーズミーティングにも職員を連れて参加しましたが、非常に熱量の高い方々が全国にいると感じました。

 

LV協議会に参画したことで、自分達の町のことばかり考えていてはよくないなとか、どんな場があれば小さな幸せを感じられる地域になるのかといったことも考えるようになりました。変化すること自体が目的ではありませんが、引き続きエーゼロの力も借りながら、この町で生きていくために心地いい変化や進化をつくっていきたいと思います。

 


 

今回は、錦江町のお二人に中間支援組織の立ち上げを中心にお話を伺ってきました。LV協議会や、中間支援組織の設立に関心がある方は、こちらのページよりお問い合わせください。

 

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茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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