日本郵政グループが2022年4月にスタートした、社会課題解決型プロジェクト「ローカル共創イニシアティブ(以下、LCI)」。地方のソーシャルベンチャー企業に20〜40代の若手・中堅社員を2年間派遣し、ともに地域の課題を解決していこうという取り組みです。3年を経た今、どのような共創が生まれているのか、その現状を、日本郵政株式会社地域共創事業部の多田進也さんに、電通PRコンサルティングエグゼクティブフェローの井口理さんがインタビューしました。
<話し手>
多田 進也(ただ しんや)さん
日本郵政株式会社 地域共創事業部、ナオライ株式会社 出向
2010年に日本郵便に入社。入社以降、不動産事業に携わり、シェアオフィス併設物件や木造大型コンパウンド物件など住宅の企画・事業推進を行う。また、社内副業制度を活用し、郵便局の遊休スペースと社会企業家とをマッチングさせ、地域課題解決型のプロジェクトを企画・推進。その後、不動産デベロッパーへの転職を経て、2023年から郵政グループのアルムナイ制度1号として、郵政グループに復帰し、ローカル共創イニシアティブに従事。2025年より広島を拠点とする酒造りベンチャー企業のナオライへ出向。
<聞き手>
井口 理(いのくち ただし)さん
電通PRコンサルティング エグゼクティブフェロー
データドリブンな企業PR戦略立案から、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体PRまで幅広く手掛ける。ニュースメディアやソーシャルメディアで話題になりやすいコンテンツを生み出す「PR IMPAKT」や、メディア間の情報の流れをひもとく「情報流通構造」などを提唱。PR会社で30年超勤務。「世界のPRプロジェクト50選」「Cannes Lions グランプリ」「Asia Pacific Innovator 25」「Gunn Report Top Campaigns 100」など受賞多数。「Cannes Lions」「Spikes Asia」「SABRE Awards Asia-Pacific」「PR Awards Asia」「日本PR協会PRアワードグランプリ」「日経SDGsアイデアコンペティション」など内外アワードの審査員を歴任。著書に『戦略PRの本質―実践のための5つの視点』、共著に『成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略』、『世界を変えたクリエイティブ 51のアイデアと戦略』、『新しい「企業価値」を創出する PR4.0への提言』。
この事業がやりたくて日本郵政に戻ってきた
井口 : 最初に、日本郵政さんのローカル共創イニシアティブ(以下:LCI)への多田さんの参画経緯について教えてください。
多田 : 個人的な話を最初にするのですが、2022年の4月からLCIが始まったときには、私は新卒で入った日本郵便から転職して違う会社にいました。それが、LCIを立ち上げた小林さんが元々の上司で、地方で事業を進める仕組みも整ってきたのでもう一度戻ってこないか、と誘われたのです。それで立ち上げから1年経過した、23年の3月に、LCIがやりたくて日本郵政に戻りました。
井口 : 戻られて、どんな役割を担われたのですか。
多田 : LCIでは各地のベンチャー企業に派遣された社員が起点となって地域の郵便局と共に新規事業を作り上げていく流れになるのですが、それに当たって日本郵政グループのリソースも活用するとなると社内調整が必要です。ここが煩雑で労力のかかる部分なので、私は本社側の事務局として社内調整をしたり、事業を組み立てる初期的なフェーズでの派遣者の壁打ち相手になったりしていました。
奈良市での「おたがいマーケット」の実施場所の1つ「月ヶ瀬ワーケーションルームONOONO」
3年経って少しずつ社内でも理解されるようになった
井口 : LCIは今年で四期目を迎えられたのですね。どんな変化がありましたか。
多田 : ちょうど昨年、一期のメンバー8人が2年間の派遣期間を終了したのですが、その中から事業が形となり実証実験というフェーズまでいったプロジェクトが3つ・4つ生まれたのです。それで、LCIをやると地域のベンチャー企業とどういう事業が生まれてくるのか、手触り感を持って少しずつ社内でも理解されるようになってきました。
これまで20地域、延べ23名を派遣して、いろいろな地域のさまざまな業態の企業とトライアルしてきたので、徐々にどんな文脈で共創すると事業が生まれやすいのか、テーマや業態を絞るなど戦略的にやろうとしているところです。
井口 : 日本郵政グループのように日本全国隅々までのネットワークを有していると、LCIの立ち上げに際して、ユニバーサルサービスのような形で地域に貢献しなければならないというCSR的な目的が大きかったのではないか、と思っていたのです。 なぜこの時期に地域で何か新しい事業を創出することを目指されたのか、その背景を教えていただけますでしょうか。
多田 : 郵便局は全国で24,000あって、法律でもこのネットワークは維持しなければいけないことになっているので、日本郵政グループは地域と切っても切れない関係です。けれども、地域の市場がどんどんシュリンクしている中で、我々がその地域と共に持続可能な状況にしていくのには、やはり既存事業だけでは難しいというのが、まずそもそもの起点です。
では、郵便局だけで地域に新規事業をつくれるかというと限界があります。そこは地域で新しい取り組みをやろうとしている、ノウハウと熱量を持っている人と一緒に組んで、そこに日本郵政グループのリソースを使っていくことができれば、取り組みが拡大していったり加速していったりするのではないかという仮説を持ってやっています。
井口 : 地方での市場縮小への危機感からLCIを進めてこられたということだと思いますが、地域で立ち上がった事業規模が大きくなることは期待できるものなのでしょうか。
多田 : おっしゃる通り、それぞれの事業が生み出すインパクトや規模感は地域単体だと小さいのですが、日本郵政グループの全国ネットワークで横展開していくモデルに昇華していこうというビジョンは持っています。
LCI4期の壮行会の様子。写真左端が多田さん
派遣先は郵便局とエティックのネットワークを持ち寄り決める
井口 : どの地域でとか、どの組み先でとか、選択するときの基準はあったのでしょうか。
多田 : 我々は、地域課題を解決するために新しい取り組みを行う団体のネットワークを持っていないので、エティックさんにパートナーとしてプロジェクトに入ってもらって、一緒にその派遣先や事業をデザインしながらやってきました。
一方で、郵便局も元々地域の名士が局長で、人脈を持っている存在でもあるので、郵便局側からも推薦できるように途中で変えていきました。エティックさんが持っているネットワークと郵便局が持っているネットワークと、それぞれカラーが出るので、今はお互いに推薦企業を持ち寄って、そこから選んでいく方法を取っています。
井口 : 本社で決めるというよりも、その地域の事情や個性に合わせた事業ということなのですね。
奈良市での「おたがいマーケット」の様子
軌道に乗った共助型買い物サービス「おたがいマーケット」
井口 : これまでの活動の中で、どんな事業をやられて、どんな成果があったのか、具体的にお話を伺いたいです。
多田 : LCI発の事業として進捗しているのが、奈良県奈良市に派遣されたメンバーが企画した「おたがいマーケット」という共助型買い物サービスです。山間地域に向けて荷物量に関わらず一日複数便走らせている郵便車両に、必要とされる商品を乗せて運べば、住民の買い物利便性を高めることができる。持続可能なサービスとなるようにそれぞれのお宅に戸配する方法ではなく、地域側で拠点を作ってもらって日本郵便はそこに荷物を全部降ろして、住民は徒歩圏内の拠点で受け取るというサービスになっています。
単に買い物利便性を高めるということが目的ではなく、サービスを利用するたびに住民同士が顔を合わせてコミュニティが少しずつ生まれることを視野に入れています。派遣メンバーが事業モデルを企画して始まったプロジェクトですが、派遣者のパートナーとして参画していたNext Commons Labさんや奈良市と一緒にプロジェクトを構想することで、共助の仕組みまで昇華し事業モデルとすることができました。
奈良だけではなく、山形や静岡でも、それぞれ実証実験を実施しています。他の自治体でも検討を進めており、実際に横展開の可能性がある取り組みになっています。
井口 : 郵便車両で買い物というアイデアだけだと地域の共助は生まれないところを、Next Commons Labさんや奈良市との協業により共助型の取り組みになったのですね。仲間を見つけるというのは大切な要素だと改めて感じました。おたがいマーケットに関しては他のエリアでもそういう協力者がいるのですか。
多田 : 奈良ではある程度モデルができたので、地域の拠点をつくるなど共助の仕組みをつくっていくところは、日本郵政グループが主体的に動いて自治体に協力してもらう形をつくって進めています。買い物のところは奈良や山形ではイオンさんと、静岡では地元のスーパーと組んでいます。
奈良市での「おたがいマーケット」の様子
地域にフィットした事業を生み出すために地元のローカルベンチャーと組む
井口 : 成功事例を通してそれぞれの役割が見えてくれば、仕組みを支えてくれるような方々を、その地域で見つけていくことができるということですね。イオンさんのような大手企業と組むのがやりやすいのか、地域のベンチャーと組んだ方がエリアの特徴が出て面白い構想になるのか、その辺の感触は如何でしょうか。
多田 : 大企業との提携であれば、わざわざ地域に派遣しなくても本社でできます。けれども、そこの地域にフィットした事業を生み出すとなると、やはり派遣してローカルベンチャーのようなところと組む必要があります。その上で企画を実現させるためのミッシングピースとして他の大企業と組むことも必要ということだと思います。
井口 : なるほど。形になってきたら、大手企業も含め仲間を増やして拡大していくんですね。
神石高原町の入江町長(左から2人目)を、多田さん(中央)含むナオライのメンバーと小畠郵便局・平戸木局長(右端)で訪問
自身も派遣される側に。地域コンテンツを地元郵便局と一緒に開発したい
井口 : 派遣された社員の方が苦労されることもあると聞きました。
多田 : 日本郵政グループの東京本社から地方かつ規模感も違う派遣先に飛び込んで、そこの代表者と何度もぶつかりながらもお互いの意見を擦り合わせることが必要です。お互いの理解が深まって社員として働くことができるようになってから、ようやく日本郵政グループとの共創事業を立ち上げていくことになります。事務局としては、最初のギャップで悩む派遣者に丁寧に伴走しながら、地域の派遣先の共創へのコミットがより高まるように協働しています。
井口 : 第4期では多田さんご自身も派遣者になられたそうですね。
多田 : 私は今、ナオライというところに派遣されて、広島の神石高原町(じんせきこうげんちょう)で働いています。LCIをやりたくて日本郵政に戻ってから伴走支援という間接的な立場だったので、自ら事業をやりたいと手を挙げました。
フランスの宿泊もできるワイナリーのように、ナオライが特許を持つ「浄酎」※の浄溜所を核に、原材料の日本酒をつくる酒蔵や米作り農家を地域コンテンツとした事業を立ち上げることを構想しています。郵便局長はあそこで地域の産物をつくっているとか、味噌づくりを始めた人がいるとか、地域での人のつながりを持っているので、面白い取り組みを新しいコンテンツとして、郵便局と一緒に開発しようと考えています。他の地域のモデルにもなるような展開にしていきたいですね。
※浄酎(じょうちゅう) : 日本酒を独自の技術で蒸留することで生まれた新しい酒。日本酒の香りや旨味を損なうことなく熟成させることに成功した(ナオライWEBサイトより)
井口 : 面白いですね。地域の活性化が具体的にイメージできました。存在感のある商品があると、原材料の生産や流通、観光的な話にも拡張ができて周辺が盛り上がりそうですね。
ナオライの神石高原町オフィスにて事業説明をする多田さん
多様な個人・組織との接点が生まれるBeyondカンファレンスの場が生きた
井口 : 日本郵政グループとナオライさんのつながりは2024年のBeyondカンファレンスがきっかけだと伺いました。Beyondカンファレンスについてどんな感想をお持ちですか。
多田 : Beyondカンファレンスという場は、大企業やローカルベンチャー、ソーシャルセクターも一堂に会するので接点が生まれやすいですよね。私も第2回、京都のときに参加しました。
大企業の人も、自分はこれをやりたいという意思があってコレクティブインパクトを生み出そうとしている。企業に所属しながらこういった形で動いていけるんだという実例があると思いましたし、雨風太陽の高橋博之さんのような実践者の熱量を感じたことで触発されました。社内で物事を進めるために必要なことや苦労話を共有できる仲間とつながれるのもよいですよね。
井口 : 確かにノウハウも他者の経験から学べるということもあるし、やはり実践されている方々の思いに触れると鼓舞されますよね。日本郵政のお話も皆さんに共有していただいたことでよいきっかけになったのではないでしょうか。今日は、ありがとうございました。
ナオライ三宅代表とポッドキャスト収録をする多田さん(右)
Beyondカンファレンス2025は4月25・26日に淡路島で開催されました。当日の開催レポートはこちらをご覧ください
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