地方では、ひとつのお店の存在が地域に大きな影響をもたらします。物が売買されるだけでなく、人々の暮らしに新たなつながりや、ポジティブな変化が生み出されています。
今回は、鹿児島県霧島市横川町(よこがわちょう)で、町唯一のゲストハウス「横川kito」と、郷土文化の継承と町の人々の挑戦を支える「菓子店&gallery横川正丸屋」を経営する一般社団法人横川kito代表理事の白水梨恵さんにお話を伺いました。
母親として3児の子育てに奮闘しながらも、自分自身の本当の声を大切に挑戦を続ける白水さんの歩みには、自分も地域に生きる人々も幸せにする生き方のヒントが詰まっています。
この記事は、特集「移住して始める、地域にひらかれたお店」の連載として、移住後に地域に根ざした活動を行い、まちに新しいつながりやポジティブな変化をもたらしているお店を紹介しています。
白水 梨恵(しらみず りえ)さん
一般社団法人横川kito 代表理事
鹿児島市出身。IT企業にて地域の特産品を扱うEC運営や商品開発に従事。その後、NPO法人ETIC.での勤務を経て2013年に故郷鹿児島へUターンし、地域の人材育成事業を運営。現在は霧島市内過疎地域で地域資源の発掘と事業化に取り組む(一社)横川kitoを立ち上げ、空き家活用・創業支援等を行いながらカフェとゲストハウスを経営。他、地域や行政と連携したプロジェクト推進に取り組む。登山が趣味の3児の母。NPO法人ETIC.が運営する地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」でメンターを担っている。
リノベーションで生まれ変わったゲストハウスと、菓子店&ギャラリー。家族で移住した横川町で2店舗を経営
1903年(明治36年)に建てられた、県内最古の木造駅舎「大隅横川駅(おおすみよこがわえき)」が佇む、鹿児島県霧島市横川町。2021年4月、駅前通りにある1931年(昭和6年)築の元下駄屋さんが、町民たちによるセルフリノベーションで古民家カフェ&ゲストハウス「横川kito」(2025年現在はゲストハウス専業)として生まれ変わりました。
「横川kito」リノベーションメンバーと建物前で。中央の赤いポロシャツの女性が白水さん
さらに2024年には、「横川kito」から徒歩5分の場所にある、明治時代末期建築の国登録有形文化財「池田家住宅」をリノベーションした「菓子店&gallery横川正丸屋」もオープン。
町が金山と物流で栄えていた明治時代から大きな商店だった歴史あるこの住宅で、横川町発祥ながら町内での製造が途絶えてしまっていた郷土菓子「げたんは」が復活しました。
江戸時代、米の集荷場や金山でにぎわった横川でお茶うけとして生まれた「げたんは」。薩摩藩の財源だった琉球や奄美の黒糖が、鹿児島に甘味料として根付いたことが背景にあるそうです
またこのお店では、近隣のアーティスト・クリエイターの作品を展示・販売するギャラリー、挑戦したいことにトライアルできるレンタルスペース・カフェ、移住開業支援などを行うインキュベーション窓口も運営しています。
「菓子店&gallery横川正丸屋」オープン直後、若手スタッフと完成を祝って
「菓子店&gallery横川正丸屋」にて。町民でにぎわう店内
町内唯一のゲストハウスとして町と世界をつなぐ「横川kito」。そして、郷土文化継承の場所であり、町の人々の憩いと挑戦の場でもある「菓子店&gallery横川正丸屋」。この2つのお店のオーナーである白水梨恵さんは、鹿児島市出身です。
白水さんが横川町と出合ったきっかけは、地域コーディネーターとして関わったまちづくりワークショップのお手伝いだったのだそう。豊かな自然環境や、町を誇りにしている魅力的な人々の姿に惹かれ、家族5人での移住を決意し、お店を開業されたのだといいます。
夕日と紅葉が美しい秋の日、霧島神社へ家族でお宮参り
本当に望む仕事は「まちづくり」だった。心を決めた、子育て中の5年間
白水さんがまちづくりに関心を持ったきっかけは、遡ること大学時代。所属した温泉同好会サークルで、温泉を巡るだけでなく、その土地に根付く文化や歴史、温泉の役割やストーリーを学び、一つひとつ代え難い地域の魅力に気づいたことが大きかったそうです。
新卒での就職先は、東京のITベンチャー企業。まちづくりとかけ離れた就職でしたが、2011年の東日本大震災をきっかけに、地域へ軸足が戻ります。
「仕事は楽しくやりがいはあったのですが、実際どのように他者の人生を後押しできているのか、実感することが難しくて。結局1年で退職し、大学時代インターンをコーディネートしてもらったNPO法人ETIC.(エティック)に転職しました」
エティックでは、大学時代に自身も参加した、全国の大学生のチャレンジを地域企業でのインターンシップを通して支えるプロジェクトのスタッフとして働き始めます。全国各地の地域コーディネーターの仕事を知るうちに、故郷に深く関わりたい気持ちが一層強まっていったと語ります。
修行期間として自ら定めた2年間を終えると、2013年6月にUターンし、鹿児島市を拠点に活動する地域コーディネーターの団体で働き始めました。
キャリアの転機は、第1子を授かったことだったといいます。初めての子育てだった白水さんは、不規則な仕事である地域コーディネーターとの両立に自信が持てず、専業主婦になることを決意します。
しかしながら産後半年ほどで、「何も仕事をしない」ことが苦痛に。妊娠出産を通して「食」に関心を持つようになっていたこともあり、近隣の社会福祉法人が運営する就労支援施設併設のカフェで働き始めたのだといいます。
「カフェでは、障がいを持つ皆さんがそれぞれに努力されて、得意・不得意があるだけなのだと、多様性について深く考える大切な時間になりました。
一方で、やりがいもあるし子育てと両立ができるけれど、『これが本当にやりたいことなのか』とずっとモヤモヤしていて。子育ての壁にも直面し続けて、私にとってここから第3子が生まれるまでの5年間は“暗黒期”でしたね」
カフェで働き始めた1年後には、夫が霧島市の保育園園長になることが決まり、霧島市の中心市街地へ移住。白水さんも保育園の給食室で働き始めましたが、自分の働き方・生き方への違和感は募るばかりだったといいます。
追い詰められた先の心療内科で、医師から掛けられた言葉は「少しずつでも自分の時間を増やしていけたら良い」というものでした。給食室のシフトを調整しながら地域の中高生のキャリア教育に関わり始めたり、コーチングを受け始めたり、昔からの知人や友人たちの心配とサポートに助けられながら、少しずつ自分を取り戻していったのだといいます。そして、そんな中判明したのが3人目の妊娠でした。
「うれしい反面、新生児育児には多く時間を費やします。このまま子育てを理由に自分のやりたいことを後回しにしていたらきりがないと思って、産後2カ月目に、まちづくり業で開業届を出しました。これまでの5年間、カフェの仕事も給食室の仕事もやりがいがあっただけに、自分の『本当は一番やりたいことじゃない』という気持ちを見ずに過ごせてしまったんです。
でも、中高生のキャリア教育から少しずつまちづくりの仕事を再開していくなかで、徐々に自分の本当の気持ちを思い出していって。やっぱりまちづくりがしたいと、本格復帰を決心しました」
「菓子店&gallery横川正丸屋」にて。動画編集の仕事中のスタッフの隣で宿題をする町の子どもたち
地域コーディネーターとして出合った横川町。町に魅了され、自らプレイヤーになることを宣言
開業後、白水さんは、様々な鹿児島県内の行政受託事業に携わるなかで、2019年、霧島市役所から委託された事業で横川町と出合います。
明治36年築。県内最古の駅「大隅横川駅」は国の登録有形文化財
「横川町は、霧島市の中でも特に田舎のエリアですが、まちづくりに熱心な住民が多い地域で。『住民まちづくり研修会』という、住民同士で町のビジョンを考えたり、学び合う1年間の連続講座の運営スタッフとして関わり始めたのですが、町民の人柄や、田舎であることを誇りに思い、楽しむ姿に魅了されていきました。
また、町のイベントにも家族ぐるみで誘っていただくようになり、自然と『この町に住んでみたい』と思うようになったんです。
ワークショップでは、『一休みできるお店がない』『泊まれる場所がない』『空き家が多い』という3つが課題として出て、『空き家を使ってカフェや宿泊施設をやったらどうか』といった案も挙がったのですが、『では誰がやるのか』というところがなかなか進まずで。ある日の飲み会の席で、『もし物件が探せて、町の皆さんと一緒にできるのであれば、私がやります!』と、勢いよく宣言してしまいました」
横川町は不動産業者が入っていないため、物件探しは難航。やっと見つかったものの損傷が激しく、町の方々も参加してのセルフリノベーションは約2年かかりました。
けれど、そんなリノベーションの最中、奇跡のような出来事が。町の人たちと「この物件をもし活かせたら最高なのに」と話していたという国登録有形文化財である「池田家住宅」の大家の方が、白水さんたちの活動の噂を聞きつけ、「この家を町のために活かせないか」と鹿児島市から問い合わせてくれたのだといいます。
2025年現在、「池田家住宅」はリノベーションされたのち「横川正丸屋」としてオープンし、カフェ機能が集約。「横川kito」は全棟ゲストハウスとして運営されています。そして、白水さんが今、町で担うのは移住希望者のための物件探し窓口です。
「横川kito」には、県外だけでなく海外からの宿泊も。写真は、アメリカ在住で日本に一時滞在中のご家族
「横川町はあまり観光地としては知られていないのですが、魅力はすごくいっぱいあって、町をガイドするとみんなすごく楽しんでくれるんです。私も『こういう環境が好きな人は絶対にいる!』と感じていたので、しばらくは外から人を連れてくることに集中していました。
結果、1年半前くらいから、移住希望者や移住者が増えてきていて。県外からの移住も多く、なかにはイベントをきっかけに知り合った福岡大学の学生さんもいます。
彼は学生時代からポップアップの移動式古着屋を経営していたのですが、卒業後はのどかな田舎でまちづくりの仕事をしながら“町おこし古着屋”をしたいと横川に移住してくれました。
今は『菓子店&gallery横川正丸屋』の一部スペースを貸し出す形で古着屋を始めて1年、今度単独で店舗を出すことを決め、新たに横川で空き家を買おうとしています」
挑戦でにぎわう『菓子店&gallery横川正丸屋』店内
多様性を育み、不得意を責めるのではなく生かす「チャレンジ育成拠点」をつくりたい
喜ばしい町の変化がある一方で、「外から人を呼ぶ活動だけでは、大切な課題である町内の子育て環境や多様性への壁には十分アプローチしきれず、町から人が出ていくことを止められない」と白水さんは感じてきたのだそう。
「田舎あるあるですけれど、人口が少なくなればなるほど、新しいものや珍しいものへの理解に時間がかかります。でも、10代の子たちは自分のスマホでSNSを通して都会に住んでる子たちと変わらない情報をリアルタイムで受け取っているんですよね。
そうして知ったことに自分も挑戦したい、もっと深めたいと思ったときに、都市部だったらそれに応えられるチャンスが結構身近にあるのですが、この町だとないんです。市街地や都市部に連れていけるかどうかという親の状況次第で、それはすごく不平等だな、もったいないなと思っていて。
子育て中の当事者としても、もう少しこの町に多様性や、不得意を責めるんじゃなくって生かす環境をつくりたいなと思って、そうしたチャレンジ育成拠点をつくりたいと考えたのが、『菓子店&gallery横川正丸屋』の発端です。
チャレンジ育成の取り組みは、ちょうど先日、10代のための居場所の立ち上げ・運営を目指す団体を応援するインキュベーションプログラム『ユースセンター起業塾』にも一般社団法人横川kitoとして採択されました。今後はより力を入れていく予定です。
例えば、隣の牧園町(まきぞのちょう)は県内でも有名な温泉地で、地元の高卒採用も多いのですが、社内環境が今の若者とマッチしておらず早期離職と人手不足が課題になっています。これは企業にとっても若者にとっても不幸な状況だと思っていて、そうした企業の人材採用や社内環境を支援するコンサルティング事業を始められないかと考えているんです。
高卒の地元の子どもたちにとっても、Uターンを望む若者たちにとってもやりがいを感じるような仕事環境をつくり、そうした仕事で得た資金を地域の中高生の探究学習に循環させていくようなことを構想しています」
現在、カフェの店長は20代前半のスタッフにお任せ。白水さんは地域のこれからに関わる仕事や、新規事業を育てることに専念
白水さんが関わる、薩摩川内市の松本国際高等学校での探究ワークショップ。「声優の仕事を知りたい!」というリクエストに応え、東京で声優見習い中の元横川kitoスタッフが講師として登壇
いろいろな「好き」が町に溢れたら、大人も子どもも、生きる選択肢が広がる
自らも次々と新しい挑戦を始める白水さん。地域に根付いた活動をしていくなかで難しかったことや工夫されたことはないか尋ねると、下記のように答えてくれました。
「前提として、本当に恵まれたなと思っていて。『よそ者』扱いをほとんどしない地域だったので、すごく苦労したことは意外と少ないです。そしてきっとほかの地域より、移住者の自分をあたたかく受け入れてくださっていると感じているので、意識して大切にしてきたことはあります。
移住すると、いろいろなものが目に付いてしまって、あれこれ指摘し始めたりすることがよくあるかと思うのですが、地域に住む人の立場に立つと、人によっては20年以上そこで耕して努力してきたからこそ、今ここで収まっているという状況だと思うんですよね。
そうした町の人たちがいてくれたからこそ、自分たちがぽっと移住してきても活動できる土壌があるということだと思っていて、そこを勘違いしないようにと常に自分に言い聞かせています。感謝をしっかり伝えたり、何かやるときにはお世話になった人には伝えるようにして、『自分はそれ知らないよ』という状況をつくらないように気を付けています」
最後に、白水さんにとって「地域にあると良いお店」はどんなものか尋ねると、このように答えてくれました。
「店主の好きなものが詰まっている、小さいけれどすごく濃い世界観のあるお店です。そうしたお店がギュッと集まっているような町にしたいなと思っていて。店主が好きなものしか売っていないセレクトショップとか、私たちのように店でありながら人材育成要素が高い何屋なんだみたいな場所があってもいいし、あまり空気を読まずにやりたいことを思い切りやっているお店が増えたらいいなと思います。
店主の世界観が人を呼び込むお店がいろいろあると、地域の人たちも選べるし、子どもたちにとっても『こんな生き方もありなんだな』『こんな大人もありだね』と生きる選択肢を広げられるんじゃないか、と思っています」
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