企業からソーシャルセクターへ転職された、公益財団法人日本ユニセフ協会・浦上綾子さんに話をうかがいました。
浦上さんは、「世界手洗いの日プロジェクト」「世界トイレの日」など、同団体の多くのプロジェクトの立ち上げに携わり、さまざまなインパクトを生み出してこられました。
こうした取り組みを通じて、途上国の問題を知り、協力したいと思う人や機会が増えました。 これらの活動は、現地、企業、ユニセフが手を取り合わなければ実現できなかったプロジェクトです。浦上さんがどのようにして数々のプロジェクトが生み出せるような転職に成功したのか、彼女の語るエピソードから、解き明かしてみたいと思います。
公益財団法人日本ユニセフ協会・浦上綾子さん
企業の論理と自分の価値観のずれを見つめ直し、転職を決意
須藤: まず最初に、転職の前の仕事について教えていただけますか。
浦上: 98年4月に教育の出版社に新卒で入社しました。出版社では新規事業の立ち上げの仕事にかかわってきました。当時としては斬新なネットの教材や英語の音声教材をつくったり、海外の企業と一緒に教材をつくったりして、本当に楽しく仕事させてもらいましたが、事業の方針が変わったり、組織編成の中で新規事業部門から事業部門へ移管などの経験するうちに、自分と会社・事業部の価値観のすり合わせができなくなり、とても悩みました。自分は何がしたいのか、何に向いているのか、会社で自分がわくわくしながら働ける場所はあるのか、と。
須藤: 自分がやりたい方向が明確にある方は、企業論理や組織の価値観とのずれで悩むことも多いですよね。
浦上: そうなんです。考えるほどにわからなくなり、異動希望が出せる時期に興味があった事業部の方や新人時代にお話をうかがって感銘を受けた大先輩に面談していただいたところ、「あなた自分を持て余しているのね、だから迷っているのね」と言われて、「この会社には自分の居場所はないんじゃないか」と気づきました。「進む方向が定まれば、もっと力を発揮できるはずよ」と言われ、すっきりとした気持ちになりました。
企業で新規事業に携わり、調査をしてニーズを明らかにして教材を作って、子どもたちに楽しみながら勉強してもらい、続けてもらうための工夫もするという仕事に追われるなかで、同じ教育に携わるなら、文字の読み書きができるようになって生活や人生の選択肢が増えた、といえるようなこと、つまり基礎教育に末端でいいから携われるほうがいいな、と感じるようになっていたんです。
そんなとき、たまたま新聞に出ていた日本ユニセフ協会の求人がすーっと目に入いってきました。あ、これだと、心のスキマにはってくる感じですね。初めての転職活動で、会社を休んであわてて履歴書を書き、送りました。
須藤: 転職が決まり退職の相談をすると、上司に「なぜ公益団体に転職するの、自分が稼いでたくさん寄付すればいいじゃない」と言われたことがあるそうですね。
浦上: そうですね(笑)。「なぜ公益団体に転職するのか理解できない」と当時言われたことがありました。でも私は、自分の時間を、より良いお給料を得るためでなく、これだと思える成果を生み出すことに使いたかったんです。
大企業から、約60人の公益団体へ
須藤: 転職後はスムーズにいきましたか?
浦上: 最初は企業担当の仕事に配属されました。会社と公益団体という組織、また人数を含め規模も大きく異なる点に戸惑いました。社会人=即戦力という前提です。団体の規模も(日本ユニセフ協会は職員と事務補佐の方々も含めても約60人)小さいですし、育ててもらう時間もお金もありません。
転職した時期はスマトラ津波地震からちょうど半年にあたりました。多くの個人、企業、団体の方などから寄付をお預かりし、お礼や支援活動の進捗報告の対応に追われていた時期で、入ったばかりの私は何をしていいかわからず、人の手を煩わせることなく自分でできる資料整理を始め、これまでご支援をいただいた企業やその内容などをインプットすることから始めました。
いろんな戸惑いの中で、転職したことを後悔したことがまったくなかったとは言えませんでしたが、自分が前職で積み上げてきたことを目安にして取り組むうちに、「これはぜひやりたい」という仕事をいただける機会が増えていきました。
手洗い自動販売機で子どもたちに手洗いの大切さを伝える浦上さん
須藤: 地道な作業とアウトプットを重ねられたのですね。仕事の中で大きな転機があったとしたらどのお仕事だったのでしょうか。
浦上: 2007年にVolvic「1L for 10L」プログラムを担当したことが大きな転機となりました。
このプログラムは、売り上げの一部でユニセフが西アフリカのマリ共和国で行っている水の事業を支援するものです。先方企業の担当の方と何度も協議を重ね、マリを訪れました。泥が混ざった水すらわずかしか手に入らない現実を目の当たりにし、「マリの水問題の解決改善に貢献する」という志が、現場に入った人たちのなかで生まれました。この事実を少しでも多くの人に知ってもらい、協力してもらいたい、そのためにできることをどんどんやっていこうとなりました。
西アフリカのマリ共和国にて
近江商人の「三方良し」のような関係ができてこそ募金が集まる
須藤: それにしてもすごい実績です。短期間でこれだけ多くのことが実現してくなんて。浦上さんご自身が意識している秘訣は何ですか。
浦上: 自分たちの一方的な想いや問題、必要性を伝えるだけではなく、企業はユニセフに何を求めているのか、社内外で企画を進めてもらうにはどんな情報が必要なのかを考え、提示するように心がけました。また、必要な情報などがあれば言ってください、このようなものはすぐに用意できますなどと、相手のニーズに寄り添うスタンスもお伝えするようにもしました。
一方で、寄付をお預かりし、支援していただく立場でありながらも、ユニセフが大切にするメッセージを届けるために「こうしてもらえないか、これはやめてほしい」といったお話も率直にさせていただきました。
ゴールは募金をいただくことではなく、子どもたちのための支援の実現です。そのために、パートナー企業やユニセフ現地事務所、みんながハッピーになれるよう、主体的に動く。こうして、パートナー企業も良し、子どもたちも良し、結果として社会も良し、近江商人の三方良しのような関係ができて募金が集まる。そういう循環ができていきました。
みんなで同じ方向を向いてやる心地よさもありますし、何より、大変でもみんなで力を合わせてこそ、新しいものが生まれる。
須藤: 新プロジェクトにチーム一丸となって取り組むため、踏み込んで信頼関係をつくる。すばらしいですね。
浦上: これは前職で新しい事業づくりを経験してきたからかもしれません。
転職後の体験がモチベーションの原点
須藤: 浦上さんのモチベーションが関係者をまとめ上げているともいえませんか。ここまでやりきるモチベーションはいったいいつどこからきているんでしょうか。
浦上: マリでの体験が本当に大きかったです。濁った水すら手に入れるのに苦労をしている人たちが目の前にいて、それでもたくましく生きている。一方で、自分はペットボトルの清潔な水を持っているうしろめたさ。その人たちと自分たちの一番の違いは「生まれた場所」だけであって、自分があの人たちだったかもしれない。それだったら、自分にできることがあればそれをやろうと思いました。
そのマリの村に、プログラムによる寄付金で井戸ができました。再訪したところ、子どもたちがおなかを壊すことも減り、体も洗え、健康になってきたと笑顔と自信を見せてくれました。そのときの感動が、今の仕事での私の原点になっています。 須藤: 転職前から抱いていた想いが変わらずのモチベーションなのではなく、転職後の体験がさらに強く浦上さんの心に響いたのですね。
ソーシャルセクターで必要なことは「自分で見つけて行動していくこと」
須藤: では、NPOなどソーシャルセクターで働くことで求められることはなんでしょうか。
浦上: 私自身は、与えられることを求めず、自分で見つけて行動していくことが大切だと思います。共感し、支援をしていただくには、どんなことを伝えればいいのか、どんなことが琴線に触れるのか想像して、行動してみます。反応は相手やタイミングによっても様々なので、うまくいかなくてもあきらめない、腐らないでまたトライしてみる、といった具合です。
英語力はあった方がいいし、努力は必要だけれど、語学だけができてもだめなんです。英語が不十分でも、意思疎通はやり方しだいなんです。それより大切なのは、対人能力や企画力、実行力、うまくいかなくても積み重ねて次に生かそうとする気持ち、うまくいったことを再現性のあるパフォーマンスにしていくことだと思います。 もし読者の方で、企業にいらっしゃって迷っておられる方がいたら、組織の外につながりを求めるのも一計だと思います。
自己理解のためにこれまでの経験の棚卸を
須藤: 最後に20・30代でソーシャルセクターを目指す人に何かメッセージをいただけないでしょうか。
浦上: 私自身は、漠然とした迷いや不安を感じながらも、仕事に追われ、転職したくても自分の「市場価値」がわからないまま、過ごしていました。 今になってわかったことは、自分の経験の棚卸しの重要さです。これまでの仕事や経験を振り返り、自分自身はその成果をどう捉えているかを整理する。
そして、それをほかの人に聞いてもらいます。自分ではだめだと思っていたものでも、第三者からみてもらうなど客観的にとらえ直すことで、自分で気づいてなかった強みや価値が見えてくるかもしれません。自分でできなかったら、この人と思う人の力を借りるのもよいかもしれません。その際はよい自己肯定感をもち、謙虚な気持ちで聞くことも大切だと思います。
あとは人との縁、特に志をともにできた方との縁を大切にすることかなと思います。私は、真摯に取り組むうちに、新しい縁や仲間に恵まれました。こうやって、企業と現地の価値感の違いの橋渡しをし、想いを一緒にできるチームとして同じ方向に走れるようにすればするほど、仲間が増えていきました。「何かいっしょにやりましょう」と言っていただける機会が増えたことは、自信につながりました。縁のつながりが私の強みのようなものになっているかもしれません。
教えてもらいたいではなく、自分で学んで動いていく。飛び込んでみたかったら飛び込む、きっとそこから始まります。 前職ではさまざま勉強させてもらって、自分の糧にすることができました。前職の経験から自分の価値感を取捨選択できたのだと思います。
須藤: 浦上さん、今日は長時間ありがとうございました。
●コラム●
浦上さんが深く関わったプロジェクトのいくつかは、コピーライターの並河進さんと組んで推進されたとお聞きました。そこで、並河さんに、浦上さん評を書いていただきました。
並河: 僕が思う、浦上さんのすごいところは、言葉にするとあたりまえの言葉なんですが、「相手のことを徹底的に考えている」ということ。途上国の子どもたちのことを考えぬいているのはもちろんですが、パートナーとなる企業やスタッフに対してもその姿勢が変わらないのがかっこいいなあ、と思います。
たとえば、協力してくれている企業からユニセフが「何を受け取れるか」以上に、その企業に対して、ユニセフが「何を与えられるか」をいつも考えている。僕のようなプロジェクトに協力しているスタッフに対しても、そう。浦上さんは、そのプロジェクトが、僕にとってどういう意味があるかを、僕以上に考えてくれていた気がします。
ぐいぐい物事を進めていく、非営利団体には珍しいほど、パワフルな人。 でも、同時に、目の前の相手の立場に立てる思慮深さを持つ人だからこそ、こんなにも、企業やクリエーティブスタッフに、浦上ファンが多いのだと思います。
●編集後記●
日本ユニセフ協会さんってすごいいい職場なんだろうなと思って聞いたら、上司の方々がなんでもやらせてくれる、らしい。素敵な上司陣にも恵まれていることも彼女の縁だと思う。彼女の問題意識の持ちようが人を引き寄せている。
前職の大先輩もしかり並河さんもしかり、マリの現地の人たちもしかり、企業の方々もしかり。この人だと思ったら離さない。その縁が縁をつくっている。転職って縁づくりかもしれないし、縁が転職させることだったあるんじゃないかな。
課題を感じたら、素直に、問うてみる、話してみる、行動してみる、そういうことから始まるのではないか。それを強く感じたインタビューでした。
公益財団法人日本ユニセフ協会/浦上綾子
大手教育出版社で新規事業の立ち上げに従事。7年勤めたあと公益財団法人日本ユニセフ協会に転職、個人・企業事業部で企業パートナーシップを担当し、「Volvic 1L for 10L」プログラム、「nepia 千のトイレプロジェクト」、「TAP PROJECT」「SARAYA 100万人の手洗いプロジェクト」に携わる。2009年、広報室に異動し「世界手洗いの日プロジェクト」「世界トイレの日」プロジェクトを立ち上げ、プレスメディア対応も行う。4歳と9か月の2児の母で現在育児休職中。
電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表/並河進
電通ソーシャル・デザイン・エンジン代表。コピーライター、クリエーティブディレクター。 社会貢献と企業をつなぐプロジェクトを数多く手掛ける。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)、『Social Design 社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた』(木楽舎)『Communication Shift 「モノを売る」から「社会をよくする」コミュニケーションへ』(羽鳥書店)他。
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