国際交流基金に20年、その後ニューヨーク日本文化センターで4年間副所長を務めるなど、フィランソロピー(慈善事業)のフロンティアで活躍されてきた小林立明さん。現在は、ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所にて、客員研究員として、これからのフィランソロピーのあり方を研究されています。
今回、小林さんが日本に一時帰国されるとの情報を聞きつけ、アメリカのフィランソロピーの歴史、そしてフィランソロピーの担い手の育成、そして今後それらがどのように進化していくのかについて伺いました。NPOの担い手の層が厚いアメリカの歴史と現在を知ることで、日本のソーシャルビジネスの今後を予測する手がかりになれば幸いです。全3回に分けてインタビューをお送りします。
写真:ETIC.オフィスにて、小林立明さんにお話をうかがいました。
■ 小林立明さんに聞く、米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(前編)
■ 小林立明さんに聞く、米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(後編)
新自由主義が転機となり、NPOが政府の機能を代替しはじめた
石川:まずはアメリカにおける現在の非営利セクター、あるいはもう少し大きく枠を広げて公益を担うセクターを取り巻く状況についてお話いただけますか?ぜひ、過去にさかのぼって歴史を含め教えていただきたいと思います。
小林:では、簡単にですが、1980年以降のアメリカにおけるNPOの歴史を振り返ってみたいと思います。80年代初頭は、イギリスでサッチャーリズムが始まり、同時に米国ではレーガノミクスが始まった時代です。これは新自由主義と呼ばれるものですが、ひとことで言えば、大きな政府を見直すという動きです。 それまでのイギリスは、福祉国家を目指していました。ゆりかごから墓場まで、すべてを国が面倒をみるという方針です。
しかし、経済成長の鈍化と高齢化の進展により、財政状況が圧迫する中で、路線変更を迫られることになります。従って、政府自身で提供するサービスを縮小し、小さな政府を目指すことになったのです。
そこで具体的に実施したことは、政府が提供するサービスの、非営利セクターへの外部委託です。NPOに予算を提供し、政府よりも高効率にサービスを提供することで、小さな政府を実現するというわけです。公務員がサービスを提供しようとすると、年金や生涯賃金などのトータルなコストがかかりますし、そもそも行政機構は機動性・効率性に欠けます。そこで、専門性が高く、機動力のあるNPOに委託するというわけですね。このように、新自由主義は逆説的ではありますが、非営利セクターの発展にとって、ひとつの転機であったわけです。
石川:日本でも現在進行していることですね。その方針を実現するために、政府はどのような取り組みを進めたのでしょうか?
小林:そのような方針を進めていく中で、社会的なニーズは増大し、NPOの数もそれに従って増加していきます。しかしながら、政府の財政は一定あるいは減少していくわけです。限られた財源の中で増大するニーズにどのように対応していくのか。
ここで英米の政府が何をしたかというと、NPOのキャパシティ・ビルディング(基盤整備)を進めるための制度改革を推進しました。具体的に言うと、NPOには寄付やボランティアが欠かせないため、この2つの要素をどのように発展させていくかを考えたわけです。
アメリカのNPOセクター総収入の50%は、サービス提供によるもの
石川:アメリカは資金調達の手法が多彩であるように思います。そのあたりについてお聞かせください。
小林:NPOの資金調達は、90年代以降、急速に発展しました。寄付調達の手段としてファンドレイザーが財団などを対象としてファンドレイジングを実施するという伝統的な方法だけでなく、一般市民から寄付を集めるためのオンライン寄付とか、裕福な個人から寄付 を受けてNPOへ資金を提供するドナー・アドバイズド・ファンドなどが発展しました。
また、オンライン寄付と一口で言っても、モバイルを使ったものや、キャンペーン参加型のものもあります。クラウドファンディングは、日本でも最近市場が拡大しつつあるようですね。 さらに先進的なNPOは、サービス収入にもとづいて収入基盤を安定させる取り組みを進めました。様々なサービスを提供し、一定の対価を得ることによって収入を安定させるのです。統計によると、現在のアメリカのNPOの総収入の約50%は、サービス収入であるそうです。
石川:50%はすごい数字ですね。サービス収入ということですから、行政委託ではなく、民間サービスと同じ競争の中で、収入を得ているということですね。
小林:そうなんです。残りの25%弱が政府からの委託によるサービス収入です。それで、残りが補助金や助成金となっています。ここまで収入基盤におけるサービス収入の割合が大きくなってくると、NPOも経営を高度化しなければならないわけです。ビジネス的な発想に基づく、NPOの経営が求められるようになったのです。
石川:ソーシャル・エンタープライズ(社会的事業)が生まれた背景に、社会環境の変化による資金調達の多様化があったのですね。
小林:そして、2000年以降のアメリカのNPOはさらに先に進んでいます。これは理論的な話になりますが、NPOという法人格には固有の限界があります。非営利団体というのは、ビジネスをしてもいい、稼いでもいいわけです。ただし、生み出した利益を構成員に分配してはならないという制限があります。
この制限がない株式会社は株式を発行し、その株式をいろんな投資家に引き受けてもらい、収益を一部分配するという仕組みがあるから、急速にスケールアップすることが可能です。ところが、NPOは利益を分配できないから、株式を発行できません。つまり、スケールアップのための資金調達が構造上困難なのです。
インパクトを求める資金や新たな法人格の登場により、営利/非営利の境界が曖昧になりつつある
石川:事業のインパクトを広げようと思うほど、NPOの法制度がネックになってしまいますね。どう打破していったのでしょう。
小林: NPOが、組織形態にイノベーションを起こしたのです。ひとつは、ビジネスの法人格を取得するNPOが現れたのです。完全に移行する組織もあれば、収益ビジネス部分をスピンアウトさせ、NPOに利益を還元させるというモデルを志向する組織もあります。 さらに、アメリカでは州政府がそれを後押しするような形で、営利と非営利のハイブリッド型の団体をサポートするために「Bコーポレーション(Benefit Corporation)」や「L3C(A low-profit limited liability company)」といった、新しい法人格をつくります。これが最新のNPOの動向のひとつであると言えるでしょう。
さらに、こういったプレイヤーに対して資金を提供する団体として、社会的インパクト投資や、コミュニティ開発金融といったものが新たに発展しつつあるのがアメリカの現状です。だんだん講義みたいになってきましたね。(笑)
石川:勉強になります。(笑)
小林:社会的インパクト投資は、ある意味では、社会的責任投資の発展版だと言えます。社会的責任投資というのは、一般投資家が、兵器を製造していたり、児童労働に加担していたりする悪質な企業を避けて投資するというものです。投資のネガティブスクリーニングですね。
これに対して、社会的インパクト投資というのは、ポジティブスクリーニングです。せっかくだから、社会にポジティブなインパクトを生み出すことが期待される企業に積極的に投資しようと。例えば、代替エネルギーの開発において、非常に革新的な取り組みを進めている企業などが対象になります。そういった企業に対して、長期低利の投資をしようという試みです。
日本では、2001年にアメリカで設立された、途上国への社会的インパクト投資を進めるアキュメンファンドが非常に有名です。でも実は、1990年代には既にコミュニティ開発金融というものが生まれていたんですね。地域コミュニティレベルで、ポジティブな変化をうみだす事業体に投資していこうという流れが、アメリカには脈々と息づいています。
石川:日本でも最近では企業とNPOの連携が増えつつありますが、その点はいかがですか?
小林:アメリカには、強い企業フィランソロピー(企業の社会貢献)の文化があります。日本でも、1980年代、企業の社会貢献や企業メセナという言葉が一般化しました。そして、アメリカでも日本でも、1990年代にはCSR、企業は利益にコミットするだけでなく、社会的責任を果たすべきであるという流れになってきます。
このような企業フィランソロピーやCSRという考え方は、企業の利益の一部を社会に還元しましょうという発想です。これに対し、2000年以降は、ポーターやクラマーのいうCSV(Creating Shared Value:社会的共有価値の創造)のように、より企業の本業に近い所で、社会的な価値創出も実現しましょうということになりつつあります。
これに伴い、NPOとの連携も、単に資金を提供するだけでなく、協働を進めましょうという流れに変わっていきます。 例えばBOPビジネスがわかりやすい例です。企業が商品を売って低所得層からお金をとる。「これはやっぱり単なるビジネスじゃないですか?」と言われたりするわけですね。
場合によっては、新たな形態の搾取として批判されるかもしれない。こうしたリスクを避け、本当にコミュニティのニーズにあった形でBOPビジネスを展開しようということで、現地を熟知したNPOとの協働が増えています。これは途上国に限ったことではなく、コミュニティレベルでも同様です。
このように、営利事業と非営利事業は急速に歩み寄り、その境界は曖昧化しつつあります。「営利非営利の区別なく、社会に役にたつことを実現していこう」という思想が広がりつつあります。これを私達は「フィランソロピーのフロンティア」と呼んで、今、研究しているわけです。こうした大きな変化の中では、もちろん、NPOセクターに求められる人材も変わってきます。
次回、人材編に続きます。
ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所 国際フィランソロピー・フェロー/小林立明
1964年生まれ。東京大学教養学科相関社会科学専攻卒業。ペンシルヴァニア大学NPO/NGO指導者育成課程修士。独立行政法人国際交流基金において、アジア太平洋の知的交流・市民交流や事業の企画評価等に従事。在韓国日本大使館、ニューヨーク日本文化センター勤務等を経て、国際交流基金を退職。2012年9月よりジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして、「フィランソロピーの新たなフロンティア領域における助成財団の役割」をテーマに調査・研究を行っている。フェイスブックページ「フィランソロピー・非営利・協働 情報ボックス」やブログ「フィランソロピーのフロンティア」を通じて、欧米の最新動向を発信中。
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