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一度は「消滅」させられた町の再生 ~原発事故被災地で始まっている、日本で最もイノベーティブな挑戦~

2017.02.06 634view 

「限界集落」という概念が初めて提唱されたのは1991年、高知大学教授(当時)の大野晃氏による。その定義はこうだ。

存続集落            55歳未満の人口が50%以上

準限界集落         55歳以上の人口が50%以上

限界集落            65歳以上の人口が50%以上

消滅集落            実態として無人化し、通年での居住者が存在しない

少子高齢化の日本では全国各地でこの流れが静かに進行しているわけだが、2011年3月の福島第一原発事故による強制避難で人が住めなくなり、とつぜん「消滅集落」にさせられてしまったのが、福島県の沿岸部、双葉郡を中心とする町村である。

以前は多くの人で賑わっていたが、今は避難指示区域となり立ち入りが規制されている(富岡町夜の森)。

以前は多くの人で賑わっていたが、今は避難指示区域となり立ち入りが規制されている(富岡町夜の森)。

その後、除染やインフラ復旧が進み、国が出した避難指示(命令)は2014年から段階的に解除されてはいる。が、解除されても若い住民の多くが戻らず、こんどは一気に「限界集落」化しているのだ。むしろ強制避難が終わった後から、「まちおこし」ならぬ「まちのこし」という本当の闘いが始まっている。

今春に避難指示が解除される見通しの富岡町(とみおかまち)では、この1月、「とみおかプラス」というまちづくり会社が立ち上がった。ともすれば陥りがちな、行政主導の「お仕着せ」団体ではない。「富岡町を未来へ残したい」という熱い思いを持った町民有志が発起人となり、文字通り行政と協働しながら作った会社だ。

この一般社団法人「とみおかプラス」が、4月の本格活動開始に向け、一緒に挑戦してくれる事務局職員の募集を開始した。代表理事の大和田剛さん(有限会社アド・プロ広芸社代表取締役)と、事務局長に就任予定の杉本良さん(富岡町役場企画課長補佐)に話を聞いた。

とみおかプラス代表理事の大和田さん(右)と事務局長の杉本さん。町の将来への危機感は共有しつつも二人の表情は明るい。

とみおかプラス代表理事の大和田さん(右)と事務局長の杉本さん。町の将来への危機感は共有しつつも二人の表情は明るい。

町を無くしたくない。その思いで町民が誕生させたまちづくり会社

福島県双葉郡富岡町。面積は68.5平方キロ、人口は16,000人。農業を基幹産業とする小さな平和な町だった。夜の森(よのもり)駅のツツジや桜並木は有名で、春には多くの人でにぎわった。その町に人が住めなくなって、まもなく丸6年。国は、町に出していた避難指示をいよいよ今年4月1日に解除する案を示している(放射線量の高い「帰還困難区域」を除く)。

しかし、解除されても当面の帰還人口は高齢者を中心に元の1~2割と推測され、その日から「限界集落」になることは目に見えている。何もしなければ、今度こそ本当に消滅してしまう。「町を残したい」。その一念で町民有志が集まったのが、まちづくり会社「とみおかプラス」を生み出す発端となったのだという。

「2016年2月に、まちづくり会社の設立発起人会が立ち上がりましたが、その前身は純粋に町民有志の集まりでした。自らなにかしらアクションを起こしている人たちが集まって、発起人会の基になるものができていたんです。もちろん、今回代表理事に就任した大和田さんもその一人でした」(杉本さん)

「設立に向けた議論の中では、特に40代くらいの声を尊重するようにしました。たまたまなんですが、有志のメンバーには商工会、観光協会、建設業協会、社会福祉協議会とかいろいろな団体に所属する人が入っていました。そこで、それぞれの属する団体に推薦をお願いする形で、まちづくり会社の核となる理事等10名が決まったのです」(大和田さん)

一般に、住民参加でまちづくり、といっても実際は行政がリードし、頼み込まれて理事を引き受けるようなケースもあるようだが…?

「みんな自主的に立ち上がりましたね。やっぱり富岡の町民性かな(笑)」(大和田さん)

決まっていることは少ない。走りながら考える

さて、そうして立ち上がった「とみおかプラス」は、町の復興に向けて具体的に何をするのか?基本理念は、「つながり」と「創造」によって新たな魅力をつくり出すこと。社名が表すとおり、町に魅力的な要素を「プラス」する、という発想だ。

3

4 当面の主な事業としては以下の4つが想定されている。

1

とみおかサポーター事業

「とみおかサポータークラブ」を組織、その会員が集まる「とみおかプラス会議」の運営

2

家ナビ事業

空き家・空き地バンク、住宅メンテナンス相談窓口の運営

3

施設等管理事業

町内に設置するメガソーラー(大規模太陽光発電所)の土地権利移転手続きなど

4

イベント事業

震災前に行っていた祭りなど、交流を生むための四季折々のイベントを企画・実施

代表の大和田さん含め、理事、監事の町民10人はみなそれぞれ仕事を持っているため、これら事業の日々の実務を担うのは、杉本さん以下5人で構成される予定の事務局だ。役場などからの委託業務として仕事が明確になっているものもあるが(上記2,3)、その他の詳細はほぼ白紙。杉本さんは、「新しく入ってくれる方々と一緒に、走りながら考えたい」という。

「とみおかサポータークラブについては、たとえば、まず町内でのイベントに参加してもらって富岡ファンを作る。次はその人たちを集めて会議をやって、まちづくりのアイデアを出してもらったらどうか。もし首都圏の人が多ければ東京でやってもいいかもしれません。どんなことをやったら面白いか、どんどんアイデアを出してもらって一緒に作り上げたいですね。つまり、プロジェクト・リーダーになれる人を求めています」(杉本さん)

プロジェクト・リーダーを募集中。突っ走れる人、求ム。

とみおかプラスは、そのプロジェクト・リーダーを2名、募集している。事務局長・事務局次長とともにフルタイムで勤務し、個別事業の実務を主導する大事なポジションだ。企画力や行動力、コミュニケーション力が求められるのは当然として、どんな経験が求められているのか。

「このポジションに部下はいませんが、プロジェクトごとにアルバイトや臨時職員などチームを作って指揮することになるので、チームをマネジメントした経験のある方が望ましいですね」(杉本さん)

リーダーといっても、意思決定機関である理事会や予算の出所である役場などとの調整に時間がとられる懸念はないかと尋ねると、杉本さんは言い切った。「役場や理事の前で説明するのは、局長である私の仕事。プロジェクト・リーダーは、走るだけ走っていいんです。もちろん常識の範囲内でですが(笑)」

とみおかプラスの事務所が置かれる予定の、さくらモールとみおか。スーパーやドラッグストア、飲食店などが入居し、3月末には全館オープンの予定だ。

とみおかプラスの事務所が置かれる予定の、さくらモールとみおか。スーパーやドラッグストア、飲食店などが入居し、3月末には全館オープンの予定だ。

一方、原発事故避難という特異な経験をした町だからこそ、求められる細やかさはある。

「6年も住まなければ土地も家も荒れてしまう。特に高齢者は、自分の家や土地をどうしていいかわからない人が多いんです。予定される事業のひとつ、空き家バンクや住宅の修繕相談にしても、いきなりプロの不動産屋に頼むより、とみおかプラスのような団体がクッションになった方がハードルが低いでしょう?私たちはそういう役回りも担うわけです。だから、町民の気持ちをちゃんと理解している人がいいですね。町民のために、地域のために何がいいのか、という視点さえ忘れなければ、あとは自由にやっていい」 (大和田さん)

ひとことで言えば、「思いやり」、つまり人への関心ということだろう。

十社十色の「まちづくり会社」 いずれは必要なくなるのが理想?

ところで、「まちづくり会社」は被災地だけに求められているものではない。経産省のパンフレット「まちづくり会社がまちを動かす!」によると、まちづくり会社とは、

『まちの中心部などで事業としてまちづくり活動に取り組んでいる会社です。まちづくり会社の取り組みは、不動産事業から特産品販売等まで様々ですが、継続的に「地域を動かす・変えていく」仕組みとして期待されています。』

とある。一般には、さびれてしまった商店街再生のために商店主らが結束して事業を起こす、といったケースが多いと考えられるが、その事業内容はハードからソフトまで、地域の実情に応じてまさに様々だろう。

原発事故による強制避難を経験した福島県双葉郡の自治体でまちづくり会社が立ち上がるのも、実は富岡町が初めてではない。隣の楢葉町は2015年9月に避難指示が解除されたが、その約1年前に「ならはみらい」というまちづくり会社が誕生している。また北部の浪江町でも、2020年春に第1期オープンを目指す交流施設の管理・運営を中心に担うまちづくり会社が、設立準備を始めた。復興加速化のため、国がこうしたまちづくり会社への支援策を準備していることもあり、他の町村でも設立が検討されているという。

しかし、ここでも地域によって事情は異なり、したがって「まちづくり会社」の位置づけ、期待される役割も少しずつ異なるようだ。当面は国などの補助金を原資に、行政からの委託事業はじめ公の性格が強い事業が主になるのは共通しているが、その先は自走のための収益事業の展開を、さらには株式会社化を目指すのかどうか。その考え方は様々であり、実際まだ固まっていないことも多い。

が、そうあって当然なのだ。6年にも及んだ原発事故避難からの復興には、長い長い時間がかかる。その道はまさに前人未踏、ピンチもチャンスも含めてこれから何が待ち受けているかは誰にもわからない。加えて、避難指示区域の中には、解除の見通しが立たない「帰還困難区域」が残っている。ここをどうするかはまだ決まってもいないのだ。そんな中で、みな走りながら軌道修正し、自分たちの町にいちばん適した方法を模索していくしかないのである。

「とみおかプラス」代表理事の大和田さんは、あくまでも個人の意見だと断ったうえで、こう話す。「復興のためのまちづくり会社は、いずれ役割を終えて、必要なくなるのが理想だと思っています。当初はとみおかプラスがやる事業も、ふつうの民間事業者が担ってうまく回るようになればいいわけです。町の構成員がそれぞれ元通り自立できる環境ができて、最終的にはまちづくり会社が必要なくなるのを目指したい」

『こどもまちづくり会議とみおか』で、子どもたちが未来の富岡町の姿を描いた模型。子どもたちのためにも、町は残さなければならない。

『こどもまちづくり会議とみおか』で、子どもたちが未来の富岡町の姿を描いた模型。子どもたちのためにも、町は残さなければならない。

ふつうの町に戻したい。ふつうの人間として生活したい。

その日が来るのは、10年後か15年後か20年後か。だれにもわからないが、明日の町を残すために、いまできることをひとつずつ積み重ねていくのが、とみおかプラスに与えられた使命なのだ。

「私たちは、生まれ育ったあの町を無くしたくない。富岡を『ふつうの町』に戻し、そこで『ふつうの人間』として生活したい。この会社を立ち上げた理由はそれに尽きます。では具体的に何をやったらいいのか。避難して6年も経てば、心が離れてしまった住民が多いのも事実です。風評という敵とも、この先ずっと戦い続けなければならないでしょう。走りながら課題を見つけ、ひとつひとつ検証していくしかないのです。でも、いちどは『消滅』してしまった町ですよ。これ以上失うものは何もない。だからなんでもやってみる価値はある。ぜひ一緒に挑戦したいと言ってくれる人を求めています」(大和田さん)

一度は「消滅」させられた町を「ふつうの町」に戻すことが、どれだけイノベーティブなことか。実はどんな経営課題よりも革新と創造が必要とされるチャレンジかもしれない。決して諦めない町民たちとともにその荒波に挑んだ経験は、どんな人のどんなキャリアにも生かしていけるものになるだろう。

▽「とみおかプラス」では、プロジェクト・リーダー(事務局職員)を募集しています。詳しくはこちらをご覧ください。

この記事を書いたユーザー

中川雅美

中川雅美

東京の企業数社で20年以上、編集・制作・広報の仕事に携わったのち、2014年初から福島へ。復興庁からの派遣職員として原発事故被災自治体にて広報活動の支援に入る。任期終了後も福島に残り、現在はフリーのライター&助っ人として複数の団体を支援中。 ブログ「Life in Fukushima東京→福島 50歳からの単身地方移住日記」 www.lifeinfukushima.wordpress.com

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