「世界一幸福な国」と称されるデンマーク。その根底を支えるのは、個人を尊重する民主主義の概念であり、それを育む教育環境であるという。現地在住の建築家であり、民主主義の学校「フォルケホイスコーレ」を中心にデンマーク社会を学ぶプログラムを運営する矢野拓洋さんにうかがった。
矢野拓洋さん(Takumi Yano)
2011年東洋大学工学部建築学科卒業 2013年Bath University Architecture and Civil Engineering MSc Architectural Engineering: Environmental Design卒業 2014年-デンマーク在住 設計事務所勤務 建築家、研究者としてデンマークの建築設計思想とデンマークの社会制度、文化の接点を学ぶ 民主主義的設計アプローチと教育システムに関心を強め、 デンマーク民主主義教育のアイコンともいえるフォルケホイスコーレと関わりを深める
超ホワイトかつ生産性が高いデンマークのビジネス環境
「世界一幸福な国」と称される高福祉国家・デンマーク。税率は高いが、医療費・出産費・教育費などのサービスは無料で提供される。そのため生活の心配をする必要がなく、将来のためにお金を貯めるという習慣がないという。
そんなデンマークは効率に優れた「ホワイトな」ビジネス環境でも知られている。デンマーク大使館のTwitterによると(リンクはこちら)、年次有給休暇は最低5週間である。
夏至を迎えました。#デンマーク の学校は今週末から8月初旬まで6週間の夏休みです。デンマークでは年次有給休暇が最低5週間認められており、大人も夏の間にその多くを取得します。企業や政府も人が少なくなって活動がスローになるんですよ! pic.twitter.com/kzBnNCHiiY
— 駐日デンマーク大使館 (@DanishEmbTokyo) 2016年6月21日
そんなうらやましい環境でありつつ、ビジネスのしやすさでも高く評価されている(リンクはこちら)。
#デンマーク は、「汚職の少なさ」「ビジネスのしやすさ」で世界トップ!「寛容さ」でも世界2位! https://t.co/7GUNWgzMgw
— 駐日デンマーク大使館 (@DanishEmbTokyo) 2016年6月17日
では肝心の生産性はどうなのだろうか。OECDの統計によると、デンマークの時間あたり生産性は58.8ドルと、日本の39.4ドルを大きく上回っている。
「一般的なデンマーク人の働き方は、8時には出勤し、5時には帰宅というスタイルです。6時まで働いていると「遅くまでお疲れさま」と言われることさえあります。」と矢野さん。残業が定常化している日本のビジネスパーソンにとってはため息ものである。
「労働者の仕事に対する満足度」調査でヨーロッパ1位になるのも納得できる。
手厚い福祉に加え、働きやすい環境もあいまって「世界一幸福な国」との評判を得ているデンマーク。こうした個を尊重する制度運営を支えているのが国民の持つ民主主義の考え方である。
ということで今回は、「民主主義を育てる学校」といわれる「フォルケホイスコーレ(訳すと”民衆の学校”)」をとりあげ、デンマークの空気を形成するものについて考えてみたい。
やりたいことを仕事にするのがデンマーク流
「デンマークでは徹底して自分のやりたいことを追求することを求められます」と矢野さん。高校や大学卒業後は、ギャップイヤー(卒業から進学・就職までに一定期間を設けること)をもつことが一般的だという。
若者は理由なく進学や就職をするのではなく、自分のやりたいことを見つけるため、海外に長期滞在したりアルバイトをしたりしてギャップイヤーを過ごす。そのひとつの向かう先が、フォルケホイスコーレである。
民主主義の学校・フォルケホイスコーレとは
フォルケホイスコーレは、「人間同士の対話を重視した、生きることを学ぶ学校」と言われる。デンマークを端緒に北欧全土に普及した「成人教育機関」で、公教育から独立した私立学校である。
全寮制で、多くは都市部ではなく自然豊かな地方に立地している。 デンマーク全土には約70のフォルケホイスコーレがあり、毎年1万人以上が学ぶ。その多くは若者たちであるが、17歳以上であれば誰でも入学することができるため、様々な年齢層の学生が在籍する。
フォルケホイスコーレのコンセプトはあまりにも日本の「学校」がもつそれと遠く、イメージが湧きにくい。そこで矢野さんにデンマーク社会とフォルケホイスコーレの関係性についてうかがってみた。
自主性と主体性の尊重 ― 自分の価値は自分で決める
フォルケホイスコーレには、入学試験はもちろん、科目ごとの試験もなければ単位もなく、成績評価もないという。
「政治や哲学、IT、デザイン、スポーツ、国際文化など学校によってフォーカスしている分野は様々ですが、この”試験なし、成績なし”というルールは共通です。重視されているのは他人の評価ではなく、本人が何を学び何に活かしたいのか、という主体性と自立性なのです」
企業での働き方にも、この精神は取り入れられている。
「デンマークで働く人たちは、やりたいことや目標を持って入社し、入社1日目から積極的に企業に対して自ら提案します。企業は誰もが提案できる場を用意していますし、提案がない人は働く意思がないのと同じとみなされます」
対話を重視する文化
「デンマーク人が最も得意なことは、対話であるといっても過言ではありません」と矢野さん。その場にいる人たちが話し合いに参加できる空気作りがデンマーク人は得意だという。フォルケホイスコーレでは、朝礼やリビンググループと呼ばれる生徒同士の集まりの時間や授業にいたるまで、常に対話を中心に物事が進められるそうだ。
「授業はその場にいる学生が自ら作るというスタイルで、先生はあくまでファシリテーターであり、参加者のひとりなのです」と語る。
企業内でも、常にヒエラルキーなくディスカッションが行われるため、外から見れば誰が社員で誰がインターン生なのか見分けがつかないし、働いている本人もそういった「立場」を気にしない。
誰であろうと、企業の成長のための大切なメンバーとして扱われるという安心感があるそうだ。
共同生活によって培われるコミュニティへの帰属意識
個人の意志が尊重されるデンマーク社会では、かえってコミュニティへの帰属意識が高まる。集団の中にいたとしても、自分の価値観は守られるという揺るぎない自信がある。こういったコミュニティへの帰属意識を育てる場所としても、フォルケホイスコーレは機能している。
ほとんどが全寮制の学校であり、生徒だけでなく先生も年齢や国籍が異なる仲間として同じ時間を共有する。その生活を通じて、「自分が何者であるのか」を知り、社会は多様な他者との関係で成り立っていることを体感していく。その先に、自分が生きる社会にどのように関わっていきたいか、社会の構成員の1人として何ができるのかを考えるようになっていく。
「デンマーク人はひとりでいくつもの地域やコミュニティの組織に所属します。仕事という枠に自分をはめるのではなく、あくまで自分の意志があり、仕事やコミュニティに対し自分の役割を提供していくという考え方が背景にあるのです。
こういった社会と個人の関わり方がベースにあるため草の根運動が活発で、エコビレッジや森のようちえんのようなユニークなコミュニティが生まれやすいのではないでしょうか」
日本の教育機関とは大きく異なる、フォルケホイスコーレ。そこでは徹底して個々の自主性と主体性が重んじられ、自他の意見を尊重する民主主義教育を通して、デンマークの「幸福な生活」の下地が育まれている。
もちろんデンマークにも、社会的孤立や難民問題など自由の代償ともいえる課題が存在する。しかしながら、自分と社会の関わり方を学ぶ教育のあり方には、私たちが参考にできる点も多いのではないだろうか。
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