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新型コロナで変わったドイツの日常。それでも文化・芸術への支援が手厚い理由

2020.06.11 

日本では緊急事態宣言が解除されましたが、ニュースなどで他の国の様子や対応などを見聞きする機会も増え、日本と比較することも多いのではないでしょうか。

 

今回は新型コロナウイルスへの対応や支援で注目されることの多いドイツでの実際の生活について、現在ドイツ在住歴5年で1歳児の母である春日梓が、編集部からの質問に答える形でリポートします。

 

※情報は2020年6月4日時点のものです。

この記事を書いた春日 梓さんのプロフィール

大学で心理学を学びながら国際交流サークルの活動に従事。卒業後、総合商社の食料本部や、NPO法人ETIC.の事務局・コーディネーター、都内の社会福祉法人の就労継続支援施設などで勤務。2015年よりドイツに在住。

 

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小売店に張り出されているソーシャルディスタンスの確保とマスク着用の依頼の表示

 

―今ドイツはどのような状況ですか?

 

3月中旬から段階的に出されていた様々な規制が、徐々に緩和されてきている状況です。例えば第一の規制緩和は4月中旬に発表され、800平方メートル以下の小売店の営業再開や卒業試験や進学試験を控えた最終学年の学校再開などが許可されました。

 

ドイツは連邦制のため、国との大まかな合意事項はあるものの、州ごとによって規制緩和の仕方は異なります。私の住むザクセン・アンハルト州は、ドイツの中でも感染者数が少ないこともあり、規制緩和も早く、今は街中の様子は大分通常の状態に戻ってきた感じがします。

 

今まで閉まっていたお店やレストラン、文化施設やスポーツ施設なども今はほぼすべて再開していて、人通りも規制前とあまり変わらない状態にまで戻っています。

 

ただ、一度に会うことの出来る人数の制限や、州内に出入り出来る観光客の制限、大規模イベントの中止、公共空間でのマスク着用義務や最低1.5mのソーシャルディスタンスの維持など、まだまだ規制は残っています。

 

 ―コロナでどう生活が変わりましたか?欧米はハグやキスなどの人と触れるコミュニケーションの文化がありますが、これから変わっていきそうですか?

 

社会的な生活の変化で言うと、マスク着用義務と最低1.5mのソーシャルディスタンスの維持による変化が大きいと思います。

 

マスクに関しては、ザクセン・アンハルト州では公共交通機関利用時や買い物での着用が義務付けられており(小さい子ども等は免除)、私が見ている限りほとんどの人が規則を守って着用しています。もともとドイツではマスクをつける習慣がなく、マスク着用義務が導入される前は、コロナ禍でもつけている人にほとんど会ったことがありませんでした。コロナ以前はつけていると避けられたり、変な目で見られることも多かったのですが、今では日常の光景になりました。

 

最低1.5mのソーシャルディスタンスに関しては、例えば買い物の際、入店の人数制限がされていたり、警備員がマスクの着用をチェックしたり、人数確認のための買い物カゴを持って店内に入っているかを確認したりしています。レジの前には1.5mごとに会計を待つ人の立つ場所のサインが張られており、レジ係の前はアクリル板で仕切られていることが多いです。

 

行列

ソーシャルディスタンスを守りながらスーパーの入店待ちをする人の列

 

子どもの遊び場でも、最低1.5mの距離を取ることになっており、おもちゃの貸し借りも止めるよう、表示されています。ただ子ども同士で距離を取るのはなかなか難しく、親が一緒にいますが、ここでは規則があまり守られていないこともあります。

 

注意書き

子どもの遊び場の注意書き。1.5mの距離確保、おもちゃの貸し借りの禁止、くしゃみをする時は腕で覆うことが書かれている。

 

コミュニケーションに関しては、元々ドイツでは初対面の人や仕事の場などでは握手、親しい間柄になるとハグが挨拶として一般的です。コロナ禍では握手やハグも避けられていて、友人同士で足や肘をぶつけて挨拶をしている人達も見かけます。個人的には、長年行われてきた今までのコミュニケーション方法が2~3年の間に人々の中で変化することはないと思っており、新型コロナウィルスの感染が収束した時点で、元の通り握手やハグでのコミュニケーションになるのではと思います。

 

―「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」という文化大臣の発言と共に、ドイツのコロナ禍における大規模な芸術文化支援が日本でも注目されています。なぜドイツは芸術文化に手厚い支援ができるのでしょうか?

 

まず一つには、芸術文化が人々や社会の中で担っている役割が大きいことが挙げられると思います。文化大臣は会見の中で「文化は良い時にだけ享受する贅沢品ではない。」とも述べており、メルケル首相も「ドイツは文化の国です。」「⽂化的イベントは、私たちの⽣活にとってこのうえなく重要なものです。」「私たちは(芸術⽂化によって)過去をよりよく理解し、またまったく新しい眼差しで未来へ⽬を向けることもできるのです。」と述べています。(参考※1、2)

 

ドイツでは芸術文化は鑑賞するだけのものではなく、自分と向き合い、異なる見方に触れ、新しい考えを育み、自由に社会に働きかけるためのものであるべきだと捉えられています。その背景には、第二次世界大戦時に批判的な判断能力を失ったまま、市民がナチスの政策に加担していたことの反省があると言われています。(参考※3)またナチスが新しい芸術や文化活動を退廃芸術として弾圧するなど、人々が自由のない時代を過ごしたという歴史からも、芸術や文化の自由が高く評価されているといいます。(参考※4)ドイツの人々が多様な価値観と向き合い、共生していくことの出来る社会的基盤を、芸術や文化は作っていると言えます。

 

またもう一つには、芸術文化がドイツの産業の中で自動車産業、機械産業の次に大きな産業であることが挙げられます。ドイツの文化・創造経済の年間の価値創出総額は1005億ユーロ(12兆円)、文化・創造分野で働く人の数はおよそ120万人、企業数は25万6000。ドイツ全土に約6800館の博物館・美術館がある他、市立・州立だけで約300の劇場があり、プロオーケストラが130団体、映画館は4800館以上など、他のヨーロッパ諸国と比べても圧倒的な数の文化施設があり、世界中から人々が訪れています。(参考※3、5)

 

こういった芸術文化が社会の中で担っている役割の大きさをドイツ国民が理解しているからこそ、手厚い支援が納得感を持って行われるのだと思います。

 

―ドイツで暮らしていて、日本と比べて文化・芸術に対する違いを感じることはありますか?あるとしたらどういう点でしょうか?

 

外国人の視点で見るからというのも大きいのかもしれませんが、ドイツの方が文化・芸術がより日常の生活に溶け込んでいるように感じます。

例えばアルトバウ(Altbau:古い建物の意)と呼ばれる何百年も前の家を、外観を残しつつ、中だけリノベーションして住んでいたりします。アルトバウは天井が高く、外観も彫刻が施されていたりして美しく、エレベーターがないことも多いのですが、人気があります。文化財として登録されているものもありますが、家賃が他と比べて飛びぬけて高いわけでもありません。街中にそういった建物が当たり前にあり、その中で普通に人々が生活をしています。

 

建物

アルトバウ。違うデザインの建物が何棟も連なっていることも多い。

 

日本では高級感があって行きづらいクラシックコンサートなども、ドイツでは比較的気軽に聞きに行けます。中規模以上の都市であれば大体市のオーケストラがあります。ベルリンフィルなど世界的に有名なオーケストラでも、席や演目を選ばなければ15€程度で聞くこともできます。学生は更に安くなる学割もあります。服装も正装の人もいればジーパンの人もいて、小さな子ども向けのコンサートもあるなど、日本よりもずっと身近です。

 

また地域のサークル活動がさかんで、多くの人が平日の夜などにサークル活動に勤しんでいます。そこでダンスや写真、音楽など芸術的な活動をする人もいれば、スポーツや社会的な活動をする人もいて、皆自分の興味関心のあることに打ち込んでいます。

 

ドイツの人々は仕事以外の日々の暮らしや余暇の活動を大変重要視しているため、その意識と生活の余裕が、文化・芸術に日常的に触れる人の数を増やし、社会的な価値を高める大きな要因の一つになっているようにも思います。

 

また街中に当たり前の様にアートがあることや、それらが歴史に結びついていることが多いことも特徴だと思います。

 

例えばつまづきの石(Stolperstein)と呼ばれる、通りの石畳の中にはめ込まれている真鍮板。ドイツの至るところで見かけますが、これはナチスに連行され殺された人の名前と消息が1枚につき1人分記されており、その人が元々住んでいた家の前に埋め込まれています。このプロジェクトの創始者は芸術家のグンター・デムニッヒ(Gunter Demnig)氏。ナチズムの歴史をどうやって常に日常生活の中に留めておくかを考えた結果、始まったプロジェクトだと言います。このプロジェクトは現在ドイツだけでなく、オーストリアやベルギーなど22か国に広がっています。

 

またベルリンは東西に分断された歴史的背景もあり特に顕著ですが、街中の至る所に歴史に関連したアート作品や博物館・美術館などがあります。

 

壁画

ベルリンの壁を利用した壁画ギャラリー(East side Gallery)。世界中のアーティストが絵を描いている。

 

前述の通り、文化・芸術が鑑賞されるためのものだけでなく、人々の意識や社会へ働きかけるためのものとして捉えられていることが、文化・芸術が日常に溶け込み、社会的な価値が高いことに繋がっていると思います。

 

―その他コロナ禍におけるドイツの暮らしで何か特筆することはありますか?

 

接触制限措置が初めて施行される時に、メルケル首相が異例のスピーチを国民に向けてしたのですが、それが素晴らしかったです。(スピーチ全文訳)

 

国としての方向性や意思決定の透明性を明確にしていること。命を守る事を最優先に、民主主義国家として異例の強制力を伴う規制をする中で、それが最小限に留められるべきものであることを明確に述べていること。また市井の人々に寄り添った温かい言葉を随所で述べつつ、協力を求めていること。これらが特に印象に残りました。

 

私自身、この様な状況下で外国人として海外に滞在していることでの不安もあるのですが、国のトップが「私たちの社会は、一つひとつの命、一人ひとりの人間が重みを持つ共同体なのです。」とメッセージを発してくれることには大変意味があり、安心感を覚えます。実際に政府が発信している新型コロナウイルスに関する情報や支援に関してのウェブサイトは20か国以上の言葉で記載されています。

 

日本で暮らす外国人の方達はどんな状況なのだろうと思います。

 

またこれはドイツでの暮らしとは直接的には関係ありませんが、外出規制を体験して、改めて現在戦火の中で暮らす人々の生活の困難さに思いを馳せました。自由に外出することや人に会うことが出来ないだけでストレスを感じるのに、それがいつ家に爆弾が落ちてくるか分からないような、買い物に行くだけで命がけになるような状況で生活をするというのは、どれだけの精神的な負担になるだろうか、と。

 

自分に出来ることは小さなことばかりですが、何が出来るのかを常に考え続けながら、出来ることを日々続けていきたいと思っています。

 


 

【この記事を書いた春日さんの連載】

「ドイツ・EUの移民制度とソーシャルファームから見る、包摂された社会のつくりかた」

>>第1回:はじめに

>>第2回:ドイツでの移民・難民の受け入れ体制と仕組み

>>第3回:ドイツにおける移民・難民受け入れの歴史

>>第4回:移民・難民支援のプロジェクトスタディ

 

(参考)

※1:芸術支援は最優先事項。ドイツ・メルケル首相が語った「コロナと文化」(美術手帖)

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/21933

※2:Merkel sichert Kulturschaffenden Unterstützung zu

https://www.bundesregierung.de/breg-de/themen/coronavirus/podcast-kulturlandschaft-1751550

※3:コロナ時代のドイツは芸術・文化をどう守るか?(ドイツニュースダイジェスト)

http://www.newsdigest.de/newsde/features/10946-coronakrise-kunst-und-kultur/

※4:日本とドイツの文化芸術支援は、なぜここまで違う? 背景をベルリンの文化大臣に聞く【新型コロナ】(Huffingpost Japan)

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e9907b1c5b63639081bf438

※5:Deutschlandfunk, „Kultur ist kein Luxus, den man sich nur in guten Zeiten leistet“,

https://www.deutschlandfunk.de/kulturstaatsministerin-monika-gruetters-kultur-ist-kein.691.de.html?dram:article_id=473130

 

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春日梓

大学で心理学を学びながら国際交流サークルの活動に従事。卒業後、総合商社の食料本部や、NPO法人ETIC.の事務局・コーディネーター、都内の社会福祉法人の就労継続支援施設などで勤務。2015年よりドイツに在住。