過去の記事で、これまで「インパクト投資」や「インパクト評価」のトレンドについて取り上げてきました。今回は「インパクト投資」の手法のひとつ「ソーシャルインパクトボンド」について、世界各国の取り組み状況や、そこからみえてきた課題をまとめました。
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>>世の中を良くするための投資技術 インパクト投資ってなんだ?
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>>非営利事業における「事業の成果」とは何なのか? どう測定されるのか―内閣府の「社会的インパクト評価に関する調査研究」報告書より
ソーシャルインパクトボンドとは何か?
ソーシャルインパクトボンド(略してSIB)は、「社会的課題の解決と行政コストの削減を同時に目指す手法で、民間資金で優れた社会事業を実施し、事前に合意した成果が達成された場合、行政が投資家へ成功報酬を支払う」(Social Impact Bond Japan の定義による)ものです。
もともとの発想は、行政予算が限られるなか、「社会課題への取り組みそのものではなく、”成果”に対して行政が報酬を支払う」という「Pay for success」の考え方にあります。ただ、成果が生まれてから報酬を支払うのではそもそも活動ができません。そこで、民間の投資を呼び込み、成果が達成された場合に行政コストの削減部分から、投資家へリターンを支払う、という仕組みを構築しました。これがソーシャルインパクトボンドの基本的な仕組みです。
前回記事の横須賀市における「養子縁組」のケースを挙げると、養子縁組を成立させることで、親元で暮らすことができなくなった子どもたちが児童養護施設で暮らす場合にかかる行政コストを削減することができます。その削減分から投資家へのリターンを支払うということになります。
イギリス政府がリードするソーシャルインパクトボンド
ソーシャルインパクトボンドの世界第1号案件は、2010年に英国で実施された、受刑者の再犯率を減らす取り組みでした。そこからたった5年でヨーロッパ・北米・オーストラリアを中心に広がり、2015年1月時点では38案件が実施されています。このうち過半数の23件がイギリスで実施されており、同国のインパクト投資やソーシャルファイナンスの発展度合いが感じられます。
イギリス政府もこの取組みを積極的に後押ししており、すでに政府による2つのSIBファンド(Innovation Fund, Fair Chance Fund)が存在し、国を挙げてSIBsの取組みを推進しています。 既存のソーシャルインパクトボンドの分野別構成をみると、最も多いのが半数近くを占める社会福祉分野(Social welfare)です。養子縁組・里親制度、ホームレス、障がいを持った若者へのサポートなどが含まれます。
次に多いのが雇用(Employment)。これは主に障がいを持った若者、ニート・引きこもりの若者を対象としたものです。さらに受刑者の再犯防止などの刑事司法分野(Criminal Justice)、低所得者層の子どもやドロップアウトした子どもたちを対象とした教育分野(Education)と続きます。
課題は複雑さゆえの構築コスト:案件組成に1,100時間以上かかったケースも
ブルッキングス研究のレポートには、既存38事例のケーススタディが掲載されています。そこから読み取る限り、どの国もプロジェクトの構築に四苦八苦している状況がうかがえます。 まず困難だとされているのは、測定可能な成果を参加者(事業者)と協働しながら可視化していくプロセスと、成果にみあった適切なファイナンスのメカニズム(複雑な支払いスキームを含めたもの)を構築することの2点。特に政府の予算が関わってくるため、非常に高度なファイナンスモデルや法的手続きが必要だと指摘されています。
どれほど複雑かというと、「マサチューセッツ州の再犯率を軽減させるプロジェクトでは、1つのディールを構築するために27つの契約が締結され、1,100時間以上が費やされた」ほど。 すべての事例についてインタビューしたところ、案件組成に必要だった期間は6ヶ月から3年ほどだったそうです。そのうち24事例は、「前例のない構造の複雑さがディールを構築するうえで最も大きなチャレンジであった」と回答しています。 案件組成のコストが壁になるという指摘がある一方で、「市場が成熟すれば、ディールを構築する時間は減少するだろう」との回答もありました。
実際に、最多の案件を実施している英国では、案件組成にかかる期間は6ヶ月から9ヶ月となっており、ノウハウが蓄積されることで所要時間が短縮されると見込まれています。
社会的インパクト測定の困難さ
ソーシャルインパクトボンドのリターンは事業が生み出した成果によって決まります。しかし、はっきりと成果を数値化するのが難しいのが非営利事業の成果の特徴。さらに事業によって成果の測定方法や成果に対するファイナンスストラクチャーも様々であるとレポートでは報告されています。
事業の成果を測定するために、多くのプロジェクトでは行政や事業者の信頼性のあるデータ(例えば、サービス利用の有無、雇用状況、犯罪の履歴など)が利用されています。しかしながら、現状で成功している「成果の可視化」の多くは、アウトカム(個人や社会への影響)ではなくアウトプット(アクティビティの完了)になっていると指摘されています。
単年度予算で動く行政との連携の難しさ
既存38プロジェクトのうち、16件が3年(36ヶ月)未満、14件が4-5年の契約となっています。行政と共にプロジェクトを実施する上で常にネックになるのが、単年度予算の制約です。サービスを提供する事業者は、毎年契約を結ばなければならないという点が、長期的な成果を求めるソーシャルインパクトボンドと折り合いが悪いことが指摘されています。
非営利組織のインパクトを拡大していくことが期待される一方、課題も多いソーシャルインパクトボンドですが、ブルッキングス研究所のレポートからは着実な知見の蓄積を読み取ることができます。様々な課題別に、適切な評価や運用の仕組みが整えば、各国で仕組みを導入していくうえでネックとなっている導入コストがぐっと低減していくことが期待されます。次回は、ソーシャルインパクトボンドの「失敗案件」から、その理由と学びを紹介したいと思います。
>>後編「ソーシャルインパクトボンド」アメリカ・イギリスの失敗事例からの学び ―ブルッキングス研究所レポートから(2) はこちら。
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