11月3日、秋晴れの東京・大手町で、「ローカルベンチャー・サミット2018」なるイベントが開催された。祝日にもかかわらず、企業や自治体などの名刺を持ったビジネスパーソンたちが次々と会場のTRAVEL HUB MIXに入っていく。
このイベントには、「自治体間連携、自治体×企業連携のための作戦会議」というサブタイトルが付けられている。何のために連携するかといえば、「地方に新たな事業を創出するため」。つまりこれは、地方自治体との連携で新しい可能性を模索する都市部企業と、それら民間の力を地域活性化に生かしたい自治体、相互が出会い、ともに戦略を考える場として企画されたものだ。
既にそうした連携は過去に例を見ない形で始まっている。その舞台が、このイベントを主催した「ローカルベンチャー推進協議会」を構成する11自治体である。
ローカルベンチャー推進協議会(以下「LV協議会」)とは、「地方での起業・新規事業(ローカルベンチャー)」を創出するためのプラットフォームとして、2016年秋に誕生した組織だ。国の地方創生推進交付金に採択された「ローカルベンチャー推進事業(以下「LV推進事業」)」として、メンバー自治体それぞれに、また協議会全体で、相互の学び合いを始めとする様々な新しい施策を展開。2020年度までの5年間の事業期間内に、以下のような具体的インパクトを生むことを目標に掲げる。
●新規起業・事業創出による売上増約60.1億円
●新規起業・事業創出の件数176件
●起業型・経営型人材の地方へのマッチング366人
このたびの「ローカルベンチャー・サミット2018」は、5年間の事業期間の折り返し地点というタイミングで開催された。前日の記者会見では、11のメンバー自治体の首長クラスが一堂に会して自地域の取り組みを紹介、さらに期間前半の実績をまとめた「ローカルベンチャー推進事業白書(以下「白書」)」も発表された。
白書を見ると、これまでの進捗は「順調」といえそうだ。たしかにローカルベンチャーの誕生件数は計画を大きく上回る数字になっている。白書の言葉を借りれば、「ゼロからイチを生み出す流れ」が軌道に乗ってきたということだろう。しかし、白書自身が指摘するように、これからの課題はそれらベンチャーたちの売上拡大である。ベンチャー(新規創業もしくは既存事業者の新規事業)の中には、この2年で売上1,000万を超える事例も一定数あるが、新規創業に限れば4割以上が年商300万円に届かないのだ。その多くが「起業型地域おこし協力隊」など、行政によるスタートアップ支援を受けたもので、その支援期間は有限である。
そこで次のステップは、投資による事業成長、企業のリソースを活用した事業機会拡大の枠組みを作ることとなる。”零細起業家“たちが一足飛びに大企業と組める可能性も出てきているが、もっと現実的には、まず既に一定の売上を持つ伸びしろの大きいベンチャーや、地域商社や観光DMOといった新たなバリューチェーン構築の起点となるベンチャーを発展させ、そこに企業を結び付けていくことになろう。こうした「自治体x企業連携」を掲げた今回のサミットは、LV推進事業の後半に向けて、また事業終了後も持続可能な体制づくりのための第一歩、という位置づけでもあった。
都市部の大企業にとっても、「地方に関わる」ことはもはや、被災地支援のような社会貢献(チャリティ)の文脈に止まらない。「地方活性化」はいまやビジネス上の命題であり、また「課題先進地」としての地方は人材育成面でも魅力にあふれている。もちろん、シェアリングエコノミーという新たなキーワードをひっさげるベンチャー企業にとっても、地方はビジネスの大舞台だ。
というわけで、ローカルベンチャー・サミット当日は、メーカー、運輸・物流、ゼネコンをはじめとする大手企業や金融機関などから120人が参加。これに協議会メンバー自治体関係者や登壇者を加えて200名ほどが、「作戦会議」に臨んだのである。
本稿ではまず、冒頭60分のオープニングトークを紹介しよう。「地方と企業の協働」という大きなテーマに具体的な切り口を提示すべく、立場の異なる3組のゲストが登壇した。
地方創生の現在地/内閣府 地方創生推進室次長 村上敬亮氏
このサミット実施を含むLV推進事業の財源は、上述の通り国の地方創生交付金である。村上氏は、内閣府でその交付金の仕組みづくりに知恵を出した一人だ。村上氏は、「自治体が交付金に依存しなくてもよい事業づくりを目指すLV推進事業を、早速交付金で支援しているのも変な話ですよね」と冒頭、笑いを誘う。
限られた時間内で、ポイントを2つに絞った村上氏のメッセージは非常に明確だった。それは、ローカルベンチャー側にとっては寄付や補助に頼らない「お金の流れのデザイン」、資源を提供する企業側にとっては「長い時間軸」が重要だということだ。
まず、ローカルベンチャーには「あなたが欲しいのは、寄付なのか投資なのか」と問いかける。
「地方にいって何か始めようと思ったら、年間1000万くらいの寄付や補助を受けられる機会は多いと思います。地元の篤志家、気前のいい地場企業、勘のいい行政官などを当たればいい。でも、こうした寄付や助成はふつう3年以上は続きません」
アメリカでベンチャーキャピタルの業務に携わった経験もある村上氏は、「シリコンバレーのシードベンチャーなら3年で出口戦略を描けないと切られるが、ローカルベンチャーの場合は7年待つ必要がある」という。その理由を端的に言えば、地域の複雑な人間関係があるからだ。例えば、商材としてポテンシャルの高い一次産品があっても、地域の業界組織など従来型の販路を支えてきた立場の人々と競合しない販路開拓を試行錯誤する必要がある。他方、その間地道な人間関係づくりにせっかく成功したとしても、2~3年経って肝心の役場の担当者が変わって最初からやり直しになってしまうこともある。
「どんなビジネスでも、安定的に固定費を稼ぐには1億円くらいの売上規模が必要。そこまで行けば地域の金融機関からの融資も可能になります。しかし、各種の創業支援が尽きる3年目以降7年目までの“デス・バレー”(死の谷)をどう乗り切るか、が課題です」
地域で寄付や助成に頼らないLV事業を作るには、企業から投資を引き出すことも大切となるが、その潤沢な内部留保を活用できる企業の側の胆力も試されるという。
「ベンチャーの成長戦略とは、商品や技術そのものよりも“お金の流れ”を設計すること。つまりビジネスのフェーズに合わせて売り先・調達先を変え、お金の色の組み合わせを考えることが重要です。実際、IPOを果たしたシリコンバレーのテックベンチャーの99%は、最初に考えた事業と成長後では全く違うことやっているケースがほとんどです。ただし、その戦略に応じて資金を提供する企業の側も、通常のテックベンチャーのような2~3年の期間ではなく、5~7年の長いスパンで考えないといけません。しかも、それがCSR予算ではなく事業部予算に組み込まれるようになって初めて、この仕組みはサステナブルになったと言えるのではないかと思います」
LV推進事業が目指す「ベンチャーが生まれ続けるエコシステムづくり」の大前提は持続可能性だ。自治体も企業も、人事異動をはじめ、組織の壁を乗り越える長い時間軸につきあう忍耐強さと覚悟が求められるということだろう。
ビジネスの最前線を走る総合商社「丸紅」と、地域資源豊かな自治体「日南市」がコラボ/丸紅従業員組合 委員長 植松慶太氏/宮崎県日南市役所 マーケティング専門官 田鹿倫基氏
配られた資料には、見出しのとおり「丸紅と日南市のコラボ」と書いてある。それならなぜ、「丸紅株式会社」ではなく「従業員組合」なのか?委員長の植松氏は、その理由をこう説明した。
「組合であれば、会社から独立した組織でありながら丸紅社員各部署のビジネススキル・ノウハウ・やる気を使えるから。いままで何の決裁権も持たなかった35歳以下の若手・中堅社員を対象に、活動資金と従業員3000人という人材プールへのアクセス権を与え、やりたいことのアイデアを吸い上げ、オープンイノベーション・仕事のやりがい醸成の仕組みを構築しようという試みなのです。会社制度にばかり期待するのではなく従業員自らの発想と行動で」(植松氏)
その試みの一環として彼らは、社内アイデアだけでなく社外からも、様々な社会課題に関する案件を募集した。そこへ「地方の再活性化」をテーマに日南市がエントリーしたといわけだ。手を挙げた理由について、マーケティング専門官として民間から起用された田鹿氏は、「外の力をうまく使いたかったから」だという。
「日南は自然が豊かで、地域資源には恵まれています。が、先ほどの村上氏の話のとおり、地元の慣習やしがらみがあって、何かを作っても売り先が課題になるのです。販路がないだけなら作ればいい話ですが、既存の販路を邪魔しない形で開拓しなければならない。そこに知名度も高い丸紅さんの力を借りることで、地元の意識構造まで変えていけると思いました」(田鹿氏)
その一例が、市内で新規就農した若者がつくるキクラゲだ。これを、丸紅がアクセスを持つ外食チェーンに卸すというプロジェクトが進んでいる。
「国内産の食材にこだわるこのチェーンでも、使用するキクラゲの97%は外国産。そこに商機があると考えました。従来の商社なら取り扱いづらいボリュームですが、いま私たちは量を追いかける発想からの転換が必要だと考えて、進めています」(植松氏)
商社も、大量生産・大量消費を前提とする従来の「中央集権型」ビジネスモデルに固執していては、流れに取り残されるというのだ。
「例えば、大型発電所の建設案件は、もう途上国でさえ無くなりつつあります。かわりに増えてきたのは再エネやデマンドリスポンス、蓄電池などを活用した自律分散型の発電形態。地域ごとの最適なエネルギー供給という発想へ変わってきています。そんな時代の総合商社は、商品ありきの発想を離れ、事業部を横断して地域の課題解決に総合的かつ最適に取り組むことで、結果的にその域内の経済拡大につなげ、その拡大された経済活動全体から最終的な利益を得る。そういう新しいビジネスモデルへの転換が必要とされているのです」(植松氏)
この「総合的」な取り組みを可能にする豊富な経営資源こそ、ラーメンからロケットまで扱ってきた総合商社の強みなのだ。あらゆる商品を扱う総合商社から、あらゆる社会課題を扱う総合商社へ。日南市との連携はそのモデルチェンジの試金石としても注目を集める。
SDGsで地域の課題を解決するイノベーション創発/株式会社クレアン 代表取締役 薗田綾子氏
CSRからCSV、ESGにSDGs・・・ 昨今の企業経営をめぐるキーワードはローマ字が多い。しかし、根底にはひとつのトレンドがある。目先の利益、自社の利益だけではなく、環境や社会に多大な影響力を行使し得る存在としての企業の立ち居振る舞いを問題としている点だ。そこで「サステナビリティ=社会の持続可能性」は最も重要な観点である。
日本の企業が環境報告書やCSR報告書を出し始めたのは1990年代後半のこと。薗田氏が率いる株式会社クレアンは、その当時からCSR専門コンサルとして活動し、これまで延べ700社の報告書を手がけてきた。しかし、2015年9月に国連でSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)が採択されて以降、薗田氏のフォーカスは大きくシフトしてきたという。
「それまではクライアントである企業に対してコンサルし、そのレポートを作っていました。(持続可能な社会を作るために)個々の企業を変えるという視点だったのです。しかし、SDGsが目指す地球規模の課題解決には、1社ずつやっていてもダメ。もっと広く、自治体も含めた社会全体で考えていくことが必要だと」
SDGsは、国連加盟各国が2030年までに達成すべき17のゴール(および、より具体的な169のターゲット)を掲げたものだ。日本政府も2016年末にSDGs実施指針を決定。内閣府は「SDGs未来都市モデル事業」に10都市を選定しており、その中にはLV協議会のメンバー、北海道下川町も含まれる。以来、いまやSDGsは教育の現場にも浸透し始め、市民の関心も高まっているという。なぜそれほど大切なのかといえば、人類社会の持続可能性にそれだけ赤信号が灯っているからだ。
「豪雨、干ばつ、森林火災など、世界中で気候変動による大災害が起きています。過去20年間の自然災害による経済損失は325兆円。環境と経済はリンクしているのです。1950年以降、地球上の人口は爆発的に増え、それに伴い地球環境も激変してきました。このままでは100~200年先に存続できないかもしれません」
このスライドが投影されたのはほんの数秒だったが、改めて息をのんだ人も多かったのではなかろうか。現在、地球上に住む73億人で毎年地球1.7個ぶんの資源を使ってしまっているという。このままでは到底、持続可能ではあり得ない。
「SDGs達成には、社会の基本を変えなければなりません。地球環境の上に人間社会があり、その上に経済が乗っているのが現実。そのすべてで同時に、ゴールである2030年からバックキャストして、今何をすべきか考える必要があります」
SDGsは1番目の「貧困をなくそう」から始まり、17番目は「パートナーシップで目標を達成しよう」で締めくくられている。これだけ広範な課題に対処するのに「連携」が欠かせないのは明らかだ。日本においても、モビリティ、AI、クリーンエネルギーなどの新分野をビジネスチャンスととらえる企業と、その実証実験の場を提供する自治体のコラボレーションは、SDGs推進の上でも大切なのである。
「SDGsを共通言語にしながら新しいビジネスイノベーションを起こしてほしい」。薗田氏はローカルベンチャー・サミットのオープニングをそう締めくくった。
>続いて18のテーマで行われた分科会の一部は、別稿でご紹介します。
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