「本来は行政の情報がもっと外に伝わっていないといけないと思うのですが、まだまだですね。行政も出し方が足りないのかもしれないし、民間側からの引っ張り方が足りないのかも。両方を知っていたら橋渡しをすることができます。歩み寄んなきゃダメだからね」
こう語るのは、気仙沼市の震災復興・企画部長を務める小野寺憲一さん。自身も積極的に民間の方と交流し、行政側の改善点を模索します。
コロナ禍の中で、先進的な自治体職員の方々が何を考え、どう行動したかに迫る「行政のあたまのなか」シリーズ。第6弾でご紹介するのは、宮城県気仙沼市の「あたまのなか」です。気仙沼市は、生鮮カツオの水揚げ日本一などでも知られる漁業のまちです。2011年の東日本大震災では、津波や火災のため死者・行方不明者は1,300人を超え、壊滅的な被害を受けました。未曾有の被害を出した東日本大震災を乗り越え、今またコロナ禍と向き合う、小野寺さんの行政哲学を伺います。
小野寺憲一(おのでら・けんいち)/ 気仙沼市役所 震災復興・企画部長
宮城県気仙沼市生まれ。1989年気仙沼市役所入庁。主に福祉・介護、財政を担当。2011年3月の東日本大震災により自宅は全流失。震災後、保育所の再開・再建を担う一方、震災対応として炊き出し、被災者の応急仮設住宅入居調整、災害弔慰金支給、震災関連死認定等の業務に当たる。2012年度から震災復興・企画課。地方創生も担当しており、「気仙沼まち大学構想」等を実践中。2014年以降、立教大学及び兵庫県立大学大学院でゲストスピーカーや非常勤講師も務めている。
徹底した現場主義が、真の官民協働につながる
――これまでのキャリアの中で、一貫して現場主義を掲げてこられたということですが、それはなぜですか?
小野寺さん(以下、小野寺):行政側から見ると、まちや人を動かすには3つの方法があると思っています。1つは、条例等で決まりや罰則を作ること。これをやりなさい、これをやってはいけませんということを、自治体として明確にします。2つ目は補助金を出すこと。お金を出すことで、ある行動を促進するわけです。確かに規則を作ったり補助金を出したりすれば、市民は行政の目指す方向に動くかもしれません。ただ、そこからの広がりは期待できません。あることをやれば補助金をくれるというなら、その範囲でしかやらないわけです。
そこで3つ目は協働です。協働には罰則や補助金はありません。一緒にやりましょうという気持ちと目的を共有できれば、市民は、まちは動きます。市民が自ら考えて動く分、そこには行政単独では作りえない広がりがあるのです。
当然これからの時代は協働に重きを置かなければいけないと思っています。協働するためには何が必要でしょうか?――信頼関係です。ではその信頼関係はどうしたら生まれるのか?それには相手が何を考えているか、その発言の意図は何かを理解する必要があります。そういった共感的理解があるから、信頼関係が生まれて協働へとつながっていくのです。更に踏み込んで、共感的理解は何から生まれるのかと言えば、それは対話からです。
話をしなければ、相手がどんな意図でその発言をしているかは分からない。つまりは現場です。現場で話せ、と。今行政に求められているのはそこなのですが、一番不得意なのもそこですね。対話がないと共感的理解は生まれないし、共感的理解がなければ信頼は生まれない。そこを飛ばして協働したいと言っても、そんな都合のいいことはないのです。
私が20代の頃は、ルーティン業務は4割でいいから、残り6割は自由に、未来を考えながら仕事を見つけろと言われていました。デスクワークは4割で、あとは仕事を見つけに外に出ていたようなものですね。おかげで現場を見る、市民と対話するという経験を重ねてこられた。育てられた環境がよかったですね。
細く長くネットワークを維持する。震災時にはそれが「受援力」に変わった
――協働は現場から、ということですね。ローカルベンチャー協議会(以下、LV協議会)の幹事自治体になっていることからも、気仙沼市は民間との協働に積極的なイメージがあります。
小野寺:LV協議会への参画は、そういった仕組みができるから手を挙げたというわけではなくて、これも人から人へつながった結果なのです。そもそものきっかけは、私が福祉介護の課にいた25年前に遡ります。在宅ケアサービスや障害者福祉サービスのパイオニアであるケアセンターやわらぎの石川治江さんが気仙沼市の在宅福祉のアドバイザーになり、2年もの間毎月東京から通っていただいていました。私は新幹線駅がある一関までの送迎の片道1時間半、福祉介護の在り方だけではなく、仕事に対する考え方も含め毎回メンタリングをしてもらっていたようなものですね。その関係がその後も細々とつながっていたのですが、震災を機に治江さんから本人が理事を務めるNPO法人ETIC.(以下、エティック)を紹介していただきました。そこからLV協議会のお話をもらって、気仙沼のまちづくりにも生かせると思い、参加させていただいています。
結局は人のつながりが重要なのですよね。25年越しと言うと驚かれるかもしれませんが、それが気仙沼の市民力なのかもしれません。去年、鳥取大学で日本災害復興学会が開催されたのですが、そのときに私が登壇したパネルディスカッションのテーマが「受援力」でした。支援を受ける力のことです。学会に備え、気仙沼の震災時の事例をいろいろと集めているうちに、行政だけが支援を受けているわけではないとわかりました。
例えば、行政の知らないところで商店街が県外の商店街から支援を受けていたり、ある被災地区が防災集団移転の際に首都圏や関西の大学の先生を呼んでいたりということが結構あったのです。当然、企業間での支援もありました。市役所が関与しなくても、自分達のネットワークで支援を受けることができるならそれでいいわけです。
気仙沼は日本でも屈指の漁港で、他地域の多くの漁船が水揚げやドックのため入港します。市内の大きな企業は3代遡ればヨソモノという場合もあります。それから商売の上では、気仙沼の大消費地となるのはやはり首都圏です。お客さんとは1回きりではなく、大切に長くつながっています。こういった背景を考えると、企業も市民も行政も、これまでつながってきた人をずっとつなぎとめておく力が風土としてあるのかもしれません。受援力というのは、言い換えればネットワーク維持力なのかもしれないと感じました。
震災を乗り越えた事業者が踏ん張りを見せる。コロナ禍の中の勝機や利点を見逃すな
――気仙沼は受援力の高いまちということですが、コロナ禍の影響はどのような形で出ているのでしょうか?
小野寺:日本全国で大変だと言われている業態――宿泊や小売といった観光業、飲食業は気仙沼でもやはり大変です。水産関係の仕事で言うと、仕事はあっても外国人技能実習生が入国できず、水産加工の人員や船員の確保が難しいという状況にあります。それから外食産業に隠れがちですが、自粛の影響で結婚式や葬儀も縮小され、冠婚葬祭の分野でも深刻な影響が発生しています。
厳しい状況ですが、閉業したところはまだ出ていないかもしれません。というのも、実は震災で1度淘汰されているからなのです。震災のときは、まず仮設店舗で営業を再開するか否かというハードルがありました。それを機に廃業した事業者が3割程度います。さらに、仮設から本設へ移るときに再度判断を迫られ、そこで辞める事業者がまた一定程度いました。今残っているのは、ある意味震災によってふるいに掛けられ、それでも頑張っている元気のある事業者さん達なのです。もし震災がなければ、多くの事業者が今回のコロナ禍で廃業となっていた可能性もあります。とは言え、これ以上長引くと厳しいことには違いありません。
観光業の方は、大型バスでの旅行がなくなっています。ただ肌感覚としては、緊急事態宣言の解除から個人客は戻ってきているように感じます。戻っているのは東北圏域の観光客ですね。2019年3月に開館した「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」は、県外からの来訪者がとても多く、これまでは修学旅行の需要もあったのですが、コロナ禍でこの春以降の受付は一旦すべてキャンセルになってしまいました。それが一転して秋以降は、東京方面への修学旅行を取りやめた東北圏域の学校を中心に予約が入ってきているという状況です。地方から地方への移動需要として九州からの問い合わせもあります。
――確かに、地元で過ごす「マイクロツーリズム」や、地方から地方への修学旅行という流れは、コロナ禍がなければこれほど大きくならなかったように思います。
小野寺:気仙沼に限りませんが、地方は密になりにくいというイメージはこの時代の売りになるかもしれないですね。こういった状況を逆手に取れそうだとも思いますし、受援力やその前提となるネットワーク力はコロナ禍でも活かされていると感じます。
これを機にDX(デジタルトランスフォーメーション)など何かしらイノベーションを起こしたいと考えている市内の企業は、自力で相談先や方策を見つけているようです。都市部のIT人材を副業で雇用したいとか、アドバイザーとして専門家を呼びたいからその費用を補助してほしいというように、行政の仲介がなくてもやりたいことをすでにもっているケースが見られます。
気仙沼を「選択されるまち」に。地域ならではの本物に触れ、「ものさし」を育む
――コロナ関連に限らず、小野寺さんが今後仕掛けていきたいことはありますか?
小野寺:私は気仙沼が「選択されるまち」であってほしいと思っています。それは気仙沼の物産を買ってもらう場合もあるでしょうし、観光先、もっと先には就職・移住先として選んでもらうということも含みます。そのためには実際に選択されたときに失望されないよう、地域の中にしっかりと「本物」を育てて発信していくということが大事だと思います。
気仙沼市では現在、まちづくりの軸に「人から始まる地方創生」を掲げ、「街中で、対話から共創・協働が生まれる仕組みを作り、新しい挑戦やイノベーションが次々に起こる、市民が主役のまちづくり」気仙沼まち大学構想を進めています。
その中の具体的な取組分野の一つとして人材育成事業を展開していますが、産業界においても地域・暮らし分野においても、また、高校生においても様々なチャレンジが起きてきています。
特に教育の分野においては、20年の歴史を持つESD(Education for Sustainable Development:持続開発のための教育)のもと、郷土教育・環境教育・海洋教育が行われ、本物を学ぶプログラムが進められて、震災後、さらに進化を続けています。
人づくりに時間をかけてまちづくりが行われてきたことで、今、気仙沼には「何か起きそう、起こせそう」「挑戦できる、挑戦を応援する」という雰囲気が生まれています。「ワクワク感」のある、可能性にあふれたまちになってきています。
また別な視点で言うと、個人的な話で恐縮ですが、私の実家は30年程前まで海苔の養殖をやっていました。当時手伝いをしながらおやつにもらった規格外の海苔が本当にうまかった。ボイラーであぶって食べた、あの味を今も忘れていません。当時、海苔は黒いものほど高級とされていて値段も高かった。しかし気仙沼の海苔は青海苔が入っているのでちょっと緑がかっているのですが、それが香ばしくてとてもおいしいのです。
全国均一の1つの基準に照らしていいか悪いかではなく、この地域で培われた自分のベースとなる「ものさし」が育まれ、それを世の中に対して誇れるかどうかなのです。どこに魅力を感じるかは人それぞれだけど、そういうのが本物の地域の魅力だと思います。
食べ物、産業、教育、起業のしやすさ……いろいろな分野で気仙沼の「本物」を作っていきたい。そうすることで、気仙沼で「本物」を感じ取って暮らしながら、社会に出たときの拠り所となるような「ものさし」が培われると思っています。
人口減少の課題とも関係しますが、若者が一旦外に出て世の中を見ることは有益なことです。だけど故郷で培った「ものさし」を持っていれば、ふるさとに関わろうという思いも継続的に持ち続けてくれるのではないでしょうか。故郷の「ものさし」を持ちつつ、より広い世界で活躍したいと言うならどんどん応援したい。
それは子ども達だけでなく、Iターン者に対しても同じです。人生の大きな分かれ道である就職の際に気仙沼を選ぶ人達も増えてきました。例えば気仙沼市役所の職員も、震災前はほぼ周辺地域出身者でしたが、近年では市外・県外から応募してくれる人が出てきています。気仙沼にIターンで就職して最初に勤めた事業所が合わなくても、この地を離れず気仙沼の地域内の別の会社で再挑戦している事例もあります。
数としてIターン者が増えていることは喜ばしいことです。けれど、ずっとここに定住しなければいけないということではないのです。住み続けてくれればうれしいのですが、次に羽ばたきたい場面ができたら、「行ってこい」と応援できる。気仙沼はたぶんそんな環境なんだと思います。だから気軽に入りやすいんじゃないでしょうか。
もう1つ大事だと思うのが、シビックプライドの醸成です。気仙沼に住んでいる人達自身が、気仙沼を誇りに思い、気仙沼をおもしろいと感じている状態を作りたい。昔は「気仙沼にはいいところもいい就職先もないから外へ行け」なんて言われていましたが、「気仙沼もおもしろいよ、戻ってきたらいいじゃない」と普通に暮らすじいちゃん、ばあちゃんたちが言えるようなまちにしていきたいですね。
――小野寺さん、ありがとうございました!
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