「孤育て」という言葉をご存知でしょうか。
家族や近所などの協力を得られず、孤立した中で親(特に母親)が育児している状況を指します。近年、産後うつや虐待などの課題が注目される中で、よく聞かれるようになってきた言葉です。
今回は、千葉県松戸市で「孤育て」を減らすために活動する『まつどでつながるプロジェクト』というネットワークを取材しました。運営団体であるNPO法人MamaCanの山田美和さん、特定非営利活動法人まつどNPO協議会の阿部剛さん、NPO法人さんまの石川靜枝さんにインタビューを実施しています(以下、各自敬称略)。
このプロジェクトの特徴は、子育て世帯が孤立せずつながりを実感できるよう、域内のNPO団体や自治体が事業実施における課題や対応を共有し、日頃のコミュニケーションが取れるネットワークを構築し、互いに連携し協働しているところ。松戸市が抱える子どもの課題とは何か、連携を進める上でどう変わってきたか、熱く語っていただきました。
NPO法人ETIC.(エティック)は2019年度より休眠預金等活用法に基づき、資金分配団体として「子どもの未来のための協働促進助成事業」を推進しています。全国の子どもを支援する団体が、協働による地域の生態系醸成を実践すること目的に、そのモデルとなりうる実行団体に対して資金的・非資金的な支援を実施中です。
事業開始から2年目を迎え、6つの採択団体(実行団体)およびその連携団体へインタビューし、6回のシリーズで活動の状況を紹介していきます。
便利なベッドタウンで失われた地域のつながり。誰もが陥る可能性のある孤育てを減らすには
まつどでつながるプロジェクトの事業について聞く前に、そもそも松戸の子育て環境はどのようなものかお聞かせいただけますでしょうか。
山田 : 松戸というと「都心へのアクセス良好」「ベッドタウン」など、便利でありながら緑も多く、暮らしやすいイメージが強いかもしれません。私も松戸出身ですが、昔から変わらず古き良きものも残っていて、不便なく生活ができる場所だと思っています。
子育て環境を見ても、市民団体や自治体の功績が大きく、待機児童ゼロだったり、親子で行ける公的な広場があったりと、ハード面での整備が進んでいます。ただ、ハードに比べてソフト面での支援は、まだ十分ではない部分も。セイフティーネットの目からこぼれ落ちると表には出づらく、せっかく充実したハード(施設など)があってもつながらないという家庭も多くあります。誰にも頼れず、孤立してしまう危険があると感じています。
阿部 : 松戸市の課題を数字で見ると、生活保護率が千葉県内でも高く、経済的困難層が多いのが実情です。また、松戸市が実施した実態調査では、中学2年生の25%が経済的困難にあるとし、35%以上の子どもが、将来に夢が持てないとのこと。また、別の子育て調査では、保護者の7%が自分が虐待してしまうのではという危機感があるとし、外向きにはわかりづらいのですが、悩みは課題を抱えこんでしまう家庭もすくなくありません。
原因は様々ありつつも、子育て世帯の孤立もそのひとつではないでしょうか。
子育て環境が整っているイメージの松戸でも課題が多い。なぜ孤立した子育て――いわゆる「孤育て」の状況に陥るのでしょうか。
山田 : 孤立の定義は難しいですが、人は、心や経済的な余裕がなく誰にも頼れないとき「孤立」を感じるのだと思います。松戸は暮らしやすいですが、核家族化が進んでおり、共働き世帯も多く、地域とのかかわりが薄い。そして、いわゆる“おせっかいな人”とのつながりも少ない状態で、育児と仕事でいっぱいいっぱい。孤立を感じる時間的余裕すらない場合も。人同士のつながりが断絶しやすい状況です。
例えば、活動を通じて出会った家庭では、兄弟同士のけんかが激しく、隣人から児童相談所に通報されたそう。それ以来、その保護者は周りの目を気にして生活しており、育児を助けてもらうなど、隣人との信頼関係を築くにはほど遠い状況にありました。このままでは、何かあっても周囲には頼りにくいので、気が付かないうちに孤立が進んでいく懸念がありました。
このケースではありませんが、孤立は「虐待」「ひきこもり」などのハイリスクを引き起こしてしまうことも。だからこそ、「まつどでつながるプロジェクト」では、孤立が進む前にインターネットやリアルの機会を通じて「つながり」を提供しています。
オンラインでの交流の様子
孤立が進み、悩みを抱えているものの、まだリスクが目に見えていない人たち(グレーゾーン)に対してはどのような予防的アプローチをするのでしょうか。
石川 : 子どもができて環境や生活が変われば誰でもグレーゾーンになりえると思っています。長く松戸で子育て支援の現場を運営して来た経験から思うのは、一律の予防策を立てることの難しさです。
予防しようと肩肘張るのではなく、当事者も、しっかり「自分もグレーゾーンになりうる」と把握する、知る――これが、結果として予防になると思います。そして、子育てをする当事者も家族だけでなく地域とつながり、違う状況に触れることも重要です。自分以外の状況を知れば、生きづらさが解消されていくかもしれません。日常的なつながりの積み重ねこそ、予防的なアプローチになると思っています。
現場で見ていると、最近の子育て世帯が抱える課題は深刻化しています。まずは当事者が自分の置かれた状況を知ってほしいです。それが予防の近道になるのではないでしょうか。
団体同士が達成するゴールを共有し、セイフティーネットの網目を細かく
子育て世帯のつながりを進めている「まつどでつながるプロジェクト」ではどのような活動に力をいれていますか。
阿部 : これまで松戸市のNPOのネットワーク組織として市内の多様な非営利団体の活動を見てきました。10年、20年近く課題に奮闘している団体が多くある一方で、すべての課題が解決されているかといえば難しい状況にあるのも事実です。子育て分野においても、長年活動している団体、新しく立ち上がった団体など、とても多くの活動はあるものの、問題意識を共有したり、共通の取り組みを検討する場がなかったりと、相乗効果を発揮しにくい状況に問題意識を持っていました。
何かが変わらなければならないという想いがあって、「まつどでつながるプロジェクト」をはじめました。そして、単体ではアプローチできなかった層にも、相乗効果によってサポートを広げていこうと呼びかけました。
まだまだ課題はありますが、ネットワークを作るということ自体が、私達が作るのではなく、関わる全ての団体や組織と一緒に育てていくものだと思っています。
ときに、団体同士の連携は簡単ではない場合もある中、なぜ連携が必要なのですか。
阿部 : 連携のよい点は、支援の広がり、相乗効果に加えて、個別の団体では出会えなかった層へのアプローチが可能になることです。団体が個別に活動するだけでは「支援を求めてきた」人にしか届かない場合も。しかし、孤立する家庭は自分から声をあげられないことが多いです。連携を通じてあらゆるところに網目を張り、拾い上げなくてはいけません。団体同士がつながれば、普段会えないけれど、「実は支援を求めていた」という新たな人とのかかわりができるでしょう。
具体的な活動を始めてまだ4年ほどではありますが、紆余曲折ありながらも、連携して支援につながる事例も出てきているなど、少しずつ相乗効果が見えてきました。
石川 : 例えば、「出産お祝いプレゼント」の活動。これは、地元企業の方々にご協力いただきながら、出産祝い品や子育て情報をまとめたファイルを贈るものです。配布する際には、地域の子ども食堂さんにご協力いただきました。この取り組みは、まさに、団体同士の連携が「形」になった結果です。
出産を控えている人たちは、つながりにくく、気になる層でした。プレゼント配布により、“何か起こる”前の段階でアプローチできたと思っていますし、つながりのない団体のメンバー同士も、企画でつながれました。また、品物や情報が複数以上の団体からの詰め合わせなので、プレゼントを受け取ったほうも、松戸全体での支援と感じてもらえたはずです。
いわゆる「支援」という重たい感じではなく「お祝い」という明るいイメージで自然にサポートできたのもよかった。結果として、100名程への支援となり、反響も大きかったので、これからも広げていきたいと思います。
「つながるファミリーカレッジ」事業で使用しているテキスト
連携をますます広げていけるとよいですね。団体同士にはそれぞれのミッションがある中、連携を進める上で大事にしていることはありますか。
阿部 : 連携を促すために、行政・福祉専門職・子育て支援NPO・子ども食堂など、子育てに関わる多くの機関や団体を集めて、円卓会議を実施しています。これまでに50を超える組織や部署からご参加いただき、地域の課題や取り組みについて共有。互いの活動への理解を進め、それぞれの知見を活かすとどのような支援が可能か議論しています。
2017年からこの会議を始めていますが、連携を深めるには「達成したい未来」の共有が重要だと痛切に思います。事実として何が起こっているのか、個々人が感覚的に捉えるのではなく、客観的データに基づき共有する。そして、孤育てを減らすために、一緒に何ができるかを共に考える中で、「より良い未来」のイメージを共有していきたいと考えています。
ただし、連携の中から生まれた支援が、価値観の押し付けになっては意味がありません。外から見れば、「問題」に見えても、当事者にとっては居心地の良いこともあります。連携を進めて新しい取り組みを広げることも重要ですが、サポートの本質をしっかり見極めることも同じく重要です。
そうした本質を探るのにも、団体同士の連携を通じて異なる意見を取り入れるプロセスが重要だと感じています。
多くの機関や団体を集めた円卓会議の様子
活動を通じて変化を感じ始めた。これからも、もっと松戸とともに成長を感じていきたい
最後に、「まつどでつながるプロジェクト」を通じてワクワクしたことやうれしかったことなど、活動のだいご味を教えてください。
山田 : 出産プレゼントの取り組みでアンケートを実施したのですが、たくさんの人が回答してくれました。こうした直接的な反応があったときは、やはりやりがいを感じます。気持ちが伝わったのかなと。
ほかにも、先ほども話に出たように、私の所属するMamaCanではつながることが難しかった層(妊産婦)や、団体さんとのつながりができたこともうれしいですね。自分自身も、団体を運営するにあたり、不安があった時期もありました。しかし、連携し新たな人と出会えたことで、つながっているという安心感も出ましたし、知識も増えました。私だけではなく、メンバーも同じ気持ちでいると思います!
石川 : 私も、直接的な反応を見たときはうれしい気持ちになります。例えば、お弁当を届けに行ったとき、家族総出で出迎えてくれたりとか、文字だけだったLINEのやり取りが絵文字やスタンプを送ってくれるようになったりとか。状況が少しずつでも、よくなっていくのを感じられるとうれしいですね。
また、活動を通じて新たにかかわる家庭から、新しい課題を学ぶことが多く、日々得るものがありますね。日々の学びから、具体的な支援もやり方も変えていくようにしています。
自分自身も、行政や団体さんと連携する過程でだんだん自信がついてきました。自分自身が成長できたと実感しています!
阿部 : まさに、今のお二人のお話を聞けてとてもうれしく思います!私は、NPO団体で頑張る方々が元気になったり、成長を感じられたり、今までとは違う姿に変化していくのをそばで見られるときにやりがいを感じますね。
話すこともなかった団体同士が新たにつながって、子どもたちの生活や世界を変える。こういう瞬間を重ねていくことで街全体の風土をより良くしていきたい。これからも、まつどでつながるプロジェクトを通じて、真に子育てがしやすい松戸になるよう一体となって活動を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
私も子育て世帯の一人として、親への期待の高さに息苦しさを感じることがあります。自分をさらけだせるよりどころがあれば、どれだけ救いになるか、痛切に感じます。
これからも、松戸の孤育てを減らすよう取り組みがますます広がっていくことを期待しています。そして、このような連携が、各地で進んでいくとき、この学びを共に活かしていきたいです。
<話を聞いた方>
阿部剛:NPO法人まつどNPO協議会 理事
高校3年の時、父親の事故により生活が180度変わる経験をしたことから、生きづらさを抱えて生きる人たちに関心を持ち、学生時代から子どもや若者が社会で自立できる社会づくりの活動に携わる。現在は千葉県松戸市で官設民営の中間支援施設でセンター長や高齢者の暮らしを地域で支える生活支援コーディネーターの役割を担っている他、自身が代表を務める団体にて民間学童を運営するなど、ローカルな現場と中間支援の立場を往復しながら活動中。
山田美和:まつどでつながるプロジェクト 運営代表 NPO法人MamaCan 理事長
松戸育ちで松戸市在住。13歳、11歳、9歳の3人の男の子と3匹の子猫の母。独身時代はウェディングプランナーとしてキャリアを積み、妊娠出産を機に専業主婦に。キャリア時代とのギャップに悩んだ経験から育児を頑張るママたちもキャリアを生かし、母や妻としてだけではなく「一人の女性」として笑顔で輝いてほしいと考え、NPO法人MamaCan(ママキャン)の活動をスタート。現在は国家資格キャリアコンサルタントを取得し女性の就労・起業相談にも着手している。
石川靜枝:NPO法人さんま 代表理事 樋野口こども館 館長(松戸市事業委託)児童厚生員
平成30年に「NPO法人 さんま」をたちあげ、子ども達に必要な「時間」「空間」「仲間」を大切にし、地域と子ども・子育て家庭をゆるやかにつなげていくことを目的に「さんま広場・さんま食堂」を定期開催中。2020年12月~樋野口こども館館長。松戸市子育てコーディネーターの経験あり。子どもや保護者からの相談など多数対応。
<聞き手>
・NPO法人ETIC.(エティック) 本木裕子
・認定NPO法人かものはしプロジェクト 五井渕利明
(「子どもの未来のための協働促進助成事業」の支援担当)
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