西粟倉村役場に併設する「あわくら会館」の多目的ホール「百森ひろば」
岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)の中心部には、木材をふんだんに使った図書館がある。中に入ると木の香りが漂う。地階には小さい子どもと一緒に過ごせるスペースや、子どもたちが卓球などで遊べる広い空間もある。靴を脱いで上がるので、木の感触が足裏に気持ちがいい。
2004年に周辺市町村との合併を拒んで、村独自の道を歩もうとし考え出したのが、「百年の森林(もり)構想(以下、「百森構想」)」だったという話は前回書いた。
当時の村役場内は合併賛成派の職員の方が多かったという。村の財政は逼迫していて、県からも地元選出国会議員からも合併への圧力がかかっていた。
だが、西粟倉村は合併協議の前から独自で財政再建に取り組んでいるという自負もあった。当時の総務課長の大橋平治(おおはし・へいじ)さんによると、役場職員だけでなく、村民代表の5人にも加わってもらい、年間400もの事業を見直し、2000万円の支出削減を達成していた。
西粟倉村・教育委員会委員長の関正治さん。2018年、村に初めて開園した村立保育園園舎前で
「合併を拒否したのは、これだけ財政再建の努力をしているのに、“放漫”経営している他の自治体とは一緒にやれないという思いもありました。お金をどう使うのか、というのは、その自治体の意思が表れる。財政的には厳しい選択でしたが、私はやっていることに希望を持っていました」(関正治(せき・まさはる)・西粟倉村教育委員会委員長)
関さんは合併協議当時は役場の総務企画課で働いていて、道上正寿(みちうえ・まさとし)村長(当時)の考えを肌身で感じていた。
厳しい財政状況の中で自力で生き抜こうと、中学校のプール建設などは断念した。その中で、どうしてもこれだけはと村民たちが願っていたのが、冒頭に紹介した図書館だったのだ。
一方、多数派だった合併賛成派の職員の中には、合併拒否という選択に閉塞感も漂った。彼らの気持ちを前向きにさせたのもまた、「百森構想」だったという。
「百森構想」のような自治体のビジョン、構想を立案するときには、得意とするコンサルタントに任せることも少なくない。だが、西粟倉は「コンサル任せにせず、まず役場の職員一人ひとりが自分たちで考えた」(関さん)という。それは今でも変わらない。
公務員は未来につながる新しい仕組みを作るプロデューサー
西粟倉村役場には、「地方創生推進室」という部署がある。それまで地方創生は、村の資源を利用して製品化して外に売る、つまり村外から「外貨を稼ぐ」ことを主な目的としていたため、産業観光課が担当していた。
西粟倉村地方創生推進室参事の上山隆浩さん。
2020年、村が主導で立ち上げたシンクタンク「西粟倉むらまるごと研究所」前にて
「でも、Iターンでやってきた人やベンチャーの支援など、もっと社会資本的な取り組みになってきたので、役場内に横串を刺して、課題解決型な組織として、地方創生推進室(当初は推進班)を作りました」(地方創生推進室参事・上山隆浩(うえやま・たかひろ)さん)
それまで村役場では「出る杭だけが出ていた」(上山さん)という。合併を拒否し、独自の道を歩むと決め、「百森構想」を立ち上げ、外から若い人たちが西粟倉でビジネスに挑戦したいとやってくるようになり、小さな村が注目も集めるようにはなっていた。だが、役場内には産業観光課を中心に「あの人たちだけがやっているんだよね」という空気感もあったという。
2017年に推進班としてスタートした地方創生推進室のメンバーは、各部署から1人ずつ出てもらった。その数12人。役場の職員の約3分の1が参加することになった。定例的にミーティングを開き、外部講師も呼んで学び、部署横断的に村のありたい姿を議論し続けた結果、少しずつ役場の空気が変わってきたという。
西粟倉村立保育園。保育理念は「森林(もり)の中で、 未来に向う子どもたちの “きらきら”を大きく育む」
「総務や教育委員会、保健福祉などの課でも、地方創生を自分ごととして考えるようになったんです。何が村にとって必要か、自分たちの課では何ができるか。それぞれの部署で小さな事業を考える。それを面白いと思って、積み重ねていくことが大事だと思っています」(関さん)
上山さんもこう話す。
「全ての部署に『共通する旗』を立てることが大切なんです。でも、ビジョンだけではダメで、シンボルとなるようなプロジェクトを実際に作ることが大切です」
「百森構想」スタート時から中心的人物として担当してきた上山さんの口からは、「ビジョン」「マイルストーン」というスタートアップ界で聞かれるような言葉がポンポン飛び出し、自治体職員でなく、起業家と話しているような感覚になる。
その「シンボルのようなプロジェクト」として今4つのプロジェクトが走り出している。ICTやデータを活用したインフラ整備などを目指すむらまるごと研究所、教育事業である社団法人ネスト、Iターン組の子育てを支援するプロジェクト、村内に夜食事をするところがないという悩みから始まった道の駅の改修……。これらは推進班のメンバーなどから発案されたものだ。
「百森構想」を役場と二人三脚で担って来たのが、「西粟倉・森の学校」だったことは前回述べた。森の学校を立ち上げ、この15年間村の変化を見続けて来た牧大介(まき・だいすけ)さんは、役場内の変化をこう見ている。
株式会社 西粟倉・森の学校 代表の牧大介さん。2015年にはエーゼロ株式会社を立ち上げ「ローカルベンチャースクール」などで村の資源を活用した起業家育成に取り組む。
「西粟倉は役場の仕事の再定義をしたと思います。公務員は未来につながる新しい仕組みを作るプロデューサーなんだと。自治体職員というのは、やる気になれば何億という予算を使って、未来を作れる仕事なんです」
移住者など外からきた人材に思い切り力を発揮してもらうためにも、まずは主体となる自治体職員が変わらなければ、外の力を受け止められない。西粟倉はビジョンに対して、職員一人ひとりが自分ごととして考える仕組み、まるでベンチャー企業のような自治体を作ったのだ。
森の力を活用し、循環型経済のモデルに
牧さんは当初はシンクタンクの社員として村に関わってきたが、その後、株式会社「西粟倉・森の学校」と株式会社「エーゼロ」を村内に立ち上げた。森の学校では村の森林資源を活かした製品開発や販路の開拓、またそのビジネスに携わる人材を育成し、エーゼロはもっと幅広く地域資源を活かしたビジネス、まさにローカルベンチャーに取り組んでいる。牧さんがいるから、と移住を決める若い人も少なくなく、外から人を呼び込む磁力にもなっていると同時に、村役場の強力なパートナーでもあり、村の資源の価値を最大化するエンジンの役割も担う。
エーゼロの「森のうなぎ」養殖場。木材加工後の木屑などを水温を保つための燃料にしている。
牧さんに、なぜ西粟倉は地域資源を価値に変換することができたのか、を聞いてみた。
「西粟倉の合併拒否は『村が村であるために』という純粋な動機と、未来を諦めないという危機感からの決断でしたが、その強い危機感が『地方創生』という言葉や政策が生まれる前に、村自ら動き出す強い動機になっていました」
青木秀樹(あおき・ひでき)村長は15年の取り組みの意義をこう位置付けている。
「日本は国土の6割以上が森林で、世界第2位の森林大国なのに、消費する木材の6〜7割は輸入に頼っている。地方創生のひとつのカギは、この動いていない山を動かすことではないのでしょうか。森林を動かせば、そこに雇用が生まれ、山を手入れすれば災害対策にもなるのです」
今、西粟倉では「百森構想」の次のステップとして、木材チップを使ったバイオマスエネルギー事業も始まっている。この事業で残材を徹底的に活かし、エネルギーの地産地消を目指すだけでなく、これまで灯油などを購入するための「お金」の流出も抑えることができる。エネルギーだけでなく、お金も村の中で循環させることができる。まさに小さな経済圏への一歩だ。
世界中を襲った新型コロナウイルスによって、それまでも指摘されてきた資本主義そのものへの何らかの修正の必要性、さらには気候変動問題に対してどうサステナブルな形で人間と自然が共生していくのかという問題に多くの人が気づき始めている。
エーゼロのオフィスやNPO法人じゅ〜く、ローカルベンチャーが入居する旧影石小学校
牧さんは西粟倉での取り組みについて、こう話す。
「私たちは西粟倉で『百森構想』を通して、これまでの資本主義とは違う形、新しい時代のコモンを創出するという気持ちでやって来ました。今でも構想は背骨ではあるけど、少し形骸化しつつもあると思う。これまでは地域資源を活かして『稼げる村』を目指して来たけれど、もうそれだけでは弱いんです。森をもっと開かれたものにして、真の循環型経済を目指したい」
村の地方創生推進室参事で、「百森構想」に当初から関わってきた上山さんも、こう話す。
「これまでで一定の事例はできました。でも社会が、経済的な価値から大きく変わって来ている時に、西粟倉は次に何を目指すのか。まさに今模索しているところです」
青木村長は言う。
「西粟倉のケースがどこでも通用する訳ではないと思っています。大事なことは、自分たちが持っているものに想像力を働かせて組み合わせること、そして時代の変化を捉えることです」
「百森構想」をスタート時の村長だった道上さんは、今こう振り返る。
「この15年、あっという間でした。でもまだ何もできていない。変えられたのは、ほんの一部。まだまだこれからです」
この記事の前編はこちら
>> 全ては合併拒否から始まった―ローカルベンチャーから新しいコモンへ(1)
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