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地域のお仕事、いまむかし。(三重県尾鷲市・わっぱ職人編)

2017.03.01 471view 

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日本の都会では、急速に失われていった手仕事や職人の技。地域には、古くから伝わる職人の技や生き方が、大切に受け継がれ残されている場所があります。

 時代と共に働き方は変わっていき、時代に合わせた地域のあり方の再編集は再び地域に息を吹き込みますが、そういった新しい語りの中に、古き良きものが深く根付いている姿が地域の魅力の一つなのでしょう。

 今回は、そんな地域に根付く職人たちの生き方と出会った高校生たちが、大人になってどのように地域で働くようになったのかをお届けします。後半には、職人さんたちの日常も。地域のお仕事、今昔物語はじまりはじまり。

地域で編集の仕事をしながら、空き家プロジェクトに関わる現在。

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三重県尾鷲市九鬼町。小さな漁師町で、フリーランスとして、編集・執筆の仕事をしている鈴木まり子さん。

鈴木さんは、高校生のころに地域のわっぱ職人・世古さんと出会いました。「聞き書き甲子園」という、職人たちの生き方を聞き、その語りを書き残すという取り組みで出会ったそうです。

「実際にその場に行って出会うということは、パワフルなこと」

一人で職人を訪ねていく電車の中、どんどん山奥に入っていく車窓を眺めて、不安でいっぱいだったと語る鈴木さん。たどり着いた世古さんの職場で、彼の職人としての姿や生き方と出会い、昔から引き継がれてきた知恵や技、それをつないできた人たちがたくさんいることを知りました。

「ぐっと自分の世界が広がった気がしました。実際にその場に行って出会うということはパワフルなことで、そうした出会った人や言葉が、あとからじわじわ自分の人生にきいてくることもあります」

それから鈴木さんは、実際に足を運んで人の言葉を聞くことの面白さを感じ、大学生になってからも日本国内の地域や海外でのフィールドワークに出かけました。大学卒業後は、東京の教科書出版社で編集者として働くことに。この、「聞く」ということ、それを言葉にして「書く」ということは、その後の鈴木さんの仕事の基本になっています。

長い目で見てその地域にどんな意味があるのか。

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実は、この世古さんに会いにいった地域というのは、尾鷲市のこと。なんと鈴木さんが東京の次に暮らすことを選んだ地域になります。東京での編集者生活の後、いろいろなご縁があって住むことになったそうですが、当時お話を聞いた職人の世古さんにも10年ぶりに再会を果たしました。

現在は地域で働く鈴木さん、職人の方との出会いは、いまの働き方に影響があると語ります。

「職人という、何十年、何百年という単位でものを考える人たちに出会って、物事を考えるスパンが長くなった気がしています。そこからなのか、地域でなにかを始めるとき、それは長い目で見てどんな意味があるのかを意識していたように思います。

たとえば、ゲストハウスをはじめるとき、最初は掃除も片付けも器用にできなくて本当につらかったのですが(笑)、ここにゲストハウスがあるということは、外からの人に“来てもいいよ”という招待状のようなもので、長い目でみると、この地域にはそういう場所が必要だと思いました」

地域の“今”に“昔”が加わると、同じ風景が何層にも重なって見える。

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「なにげない風景の中にも、地元の方にきくと地名の由来や逸話があるので、そうした話を教えていただくのは今でも好きです。そうすると、同じ風景が何層にも重なって見えるような気がするので」

そう語る鈴木さんは現在、小さな海辺の集落で、変化に富んだ漁師町の暮らしを新鮮に受け止めています。

「たとえば、その季節ごとにとれる魚をさばいておいしく食べる技術。その土地の人にとっては日常の一部であることかもしれませんが、宿のお客さんにとっては、魚をさばくということ自体が楽しくて、新しい発見だったりします」

地域にある古い知恵が、その土地への深い理解をもたらし、今の地域を訪ねた旅人も、古い知恵から新鮮な喜びを感じます。地域とは、そういった新古の循環が、活発に生まれる場なのかもしれません。

地域のお仕事今昔物語、現在編はここまで。ここから、高校生だった鈴木さんが書き残した、尾鷲市のわっぱ職人・世古さんの「聞き書き」をお届けします。

日本一のわっぱの誇り

<注>以下、文章中の年数などは取材当時のものです。

名 人・世古効史(三重県尾鷲市)三重県尾鷲市在住。昭和34年2月2日生まれ。明治20年創業の尾鷲ひのき曲げわっぱ製造業「ぬし熊」の4代目。尾鷲工業高校卒業後、和歌山県の黒江漆器で3年半の蒔絵修行をして、家業を継ぐ。現在は、1男1女のパパ。

聞き手・鈴木まり子(当時:三重県立津高等学校二年)

わっぱ作りの名人

世古効史(せここうし)といいます。うちは代々、尾鷲でわっぱを作っている。僕で四代目なん。昭和34年生まれやで、46歳になります。

小さいときから、わっぱを作ろうとは思っとったな。親父に無理矢理、手伝わされたことも何回かあるけど。小学校の時から物作りが好きでさ。工作の時間は隣のクラスからもみんな見に来よった。ちょっと変わったもの作ったでな。今見ても、けっこういいのがあったな。夏休みの工作も勉強はせんと、うちにいっぱいあった木を集めて家を作った。

そういえば、小学校の卒業作文には「わっぱ作る」って書いてあった。中学生のときは、進路希望を書くときに、「東京芸大」って書いていて、先生に「あほかっ。行けるもんか。」って言われたな。今は廃校になっちゃった尾鷲工業高校に入った。たぶん、卒業しとると思うけどな。あんまり、学校には行かなんだ。世間の勉強をしてたんよ。

卒業してからは、和歌山へ行った。黒江漆器っていう漆器屋さんに就職して、仕事を覚えた。学生じゃないのに、教えてくれるかない。見て覚えるんや。仕事っていうのは、誰も教えてくれへん。自分で覚えやな。わっぱでも、ああせい、こうせいとは手取り足取り教えてくれへんし。手伝いしながら見て、自分でやってみて、違うなぁって思って、工夫する。うちは、木地と塗りの2つがあるから、10年でやっと形ができる。10年で見ることができるくらいで、まだ商品にはなっていない。

オレもわっぱ作りを22歳から始めて、25年になるけど。まだわからんところがあるでな。誰も知らんやん。尾鷲だけじゃなく、全国でも2,3人しかおらんから。誰も教えてくれへんし、自分で考えやな。

尾鷲わっぱの魅力

「わっぱ」は円いワッカという意味。尾鷲わっぱは、ほんとうは円い形のをいう。

山師さんっていう、山で仕事をする人の弁当箱になる。ヒノキでできているし、軽い。両側にご飯を入れるから、ふたも深いんですよ。

朝に片側を食べて、昼にまたもう片方を食べる。沢で水をくんで入れて、山で火をおこして、石を焼く。それで、わっぱに水と味噌を入れて、焼いた石をじゅんと入れるの。ぐつぐつぐつと煮たたせて、みそ汁を作って飲んどったん。

何十年も使うたら、焼いたあとがつく。でも、これがなおさらいい。漆器製品っていうのは、「大切に大切に使って」って書いてあるけど、うちのは、どんどん使ってって。飾っとるだけでは、あかんのさ。使ってなんぼや。

ご飯も保つんやで。ご飯は腐りやすいから、夏に弁当箱あけるといやなニオイがするときあるやろ。でも、そのまま置いてて2日半保つ。漆にもヒノキにも殺菌尾鷲わっぱ作用があるから。

昔は、親戚ばっかりやったみたいやけど、作っているところは4、5軒あったみたいやわ。でも、今はもうここ1軒しかない。幻のわっぱやったでな。

塗師と木地師

工程は、46あるけど全部ひとりでする。木地作って、漆も塗るっていうのは、今はもうほとんどいない。木地から作るのは、大変やしね。やっぱり技術もいる。中途半端な技術じゃ、ええもんは作れへん。そのかわり、時間がかかる。

うちは、「ぬし熊」って屋号です。初代のひいおじいさんの名前が熊一さん。「ぬし」っていうのは塗って意味なんよ。木地師でもあるしなぁ。木地師でもあるし、塗師でもある。

わっぱができるまで

製材所に行って、薄くした3メートルくらいの長さのを買ってくる。100年以上の尾鷲ひのきがほしいな。100枚から200枚を持ってきてもろうて、自分で選ぶ。3メートルあってもわっぱ1個分しかとれやんのも、ぜんぜんとれやんのもある。ふつうにはええ木でも、わっぱに向かない木もある。

わっぱは、曲げ物やでねぇ。曲げに適するのは、まっすぐな木目。柾目まさめって言うんやけど。板目っていうのは、まぁるく曲がらん。だけど、木目がきれいやっても曲がらん木もある。曲がる木と折れる木があるんさ。同じようにやっても、折れるやつは、しならずにパチンと割れる。

<曲げ>

木を湯で焚くんです。煮て、繊維を柔らかくする。うちはな、湯に入れるのが何分って決まりはない。カンやな。いっぺん曲げてみて、木が曲がったらそのまま曲げる。手作業で、まるい型でくるっと巻く。手で曲げた方が早い。昭和初期くらいの曲げる機械もあるにはある。でも、それは円い形しかあかんのさ。今は、円い形は少なくなって、小判形とかもある。やっぱ、手で曲げやな。

<桜皮巾断ち→桜皮かんなかけ→桜皮へギ→桜皮すごき→とじ>

桜の皮で縫ってある。下いったら、今度は上にもってきて、1本でぐぅっと通してある。桜の皮も自分で取りに行く。取ってきて、1年くらい寝かしておくんさ。かんなで剥いで、また2、3枚に削ってを繰り返して作る。

わっぱは、全部木でできとる。うちは、接着剤は使わない。接着剤を使うと、どうしても水に弱くなるんさ。うちのは、水にどんだけ浸けておいても大丈夫。ご飯がこびりついたら、湯でもはっておいといて。

化学的なものを一切使ってないもんで、100年たってもそのまま保っている。これが接着剤を使っとったら、壊れて形がないやろな。

<竹クギ打ち>

クギも竹で作る。金属やったら、腐るでな。そやけど、山の人っていうのは、荒くたいんで、ちょっと壊れると何本もクギを打って、塗り替えてくれって持ってくる。そのクギを抜くのが大変でな。そこから、木が腐ってボロボロになってしまう。

<コクソ>

コクソっていうのは、黒い。漆とキリコを混ぜたやつやな。キリコは、のこぎで木を切った粉。自分のところですぐできる。のこぎりの刃の大きさが違うから、好きな大きさにできる。底を入れた後に、水が漏れやんように詰める。

<砥草かけ>

砥草も手作りやな。これは、草を貼ってある。ペーパー(紙やすり)がない時代の代わりやな。漆塗ってから研ぐのは、昔は墨やったんやけど。今は1500番くらいの細かいペーパーがある。でも、ペーパー使うのは角だけ。

<かんなで木が光る>

うちは、絶対ペーパー(紙やすり)で仕上げない。かんなで木が光っているの。ペーパーをかけると、このツヤがなくなる。かんながよかったら、漆を塗った後、下から光ってくる。かんなの機械で「かんな上仕上げ板」っていうのもあるけど。でも、かんなでやるな。機械を出すのが面倒くさくなってきてな。機械はちょっとでも傷つくやん。自分でしたほうがはやい。わがと(自分で)かけたほうがきれいやしな。

かんなって言っても、いろいろあるんやで。使い方が全部違う。1番最初に使っているのは、粗士子っていう。次に使うのが、中士子ちゅうしこ。最後が仕上げかんなやな。面取りかんなは、1番よく使う。これで、底を削るの。削る方向があるから、木の取り方をそろえてあるんやけど。たんまにたちの悪い木がある。そのときは、刃が反対についたのを使う。溝の形が違う。かんなは、100年くらい前のやつなんよ。ひいじいさんの手作りやでな。研いで、研いでしたら刃がだんだん短くなった。かんなもなくなったら、また自分で作らなあかん。全部、自分で作って。それこそ、かんなの研ぎ方から始まる。全部、そうやで。人に研いでもろうたら、文句言えやんでな。

<漆塗り>

透明度が一番高い漆を使うんやけど、はじめは黒っぽい。漆は、年がたつとだんだん透けてくる。本朱を合わせるんやけど、本朱は重たくて沈んでいくの。うちが使っとる本朱は、水銀でできてるから余計に重たい。だから、沈んでいってだんだん透けてくる。朱も紅くなってくる。天然の漆やで、色がどんどん変わっていく。漆っていうのは、だんだん色が出てきて、ずっとよくなってく。

本朱は、昔は一般の人が使えなんだ。江戸時代くらいは、高貴な人しか使えなかった。でも、このわっぱは昔から朱が許されとったんさ。山師さんには、許されとった。

形は同じでも猟師わっぱって、猟師さんが使うわっぱには朱がなかった。朱も漆屋さんで合わしてもろうたんを使う人が多いけど。うちは、自分で塗る前に合わす。色が違うみたいやな。ずっと置いてあったのを使うのと、塗る前に合わしたのを使うのとでは、色が違うんさ。すごく、こだわっとるな。

外側だけでも7、8回、木のへらで漆をつける。8回目で漆バケで塗る。ハケもはじめだけは売っとるけど、自分で使いやすいように丸くしたりする。乾くまでの時間は、時期によるな。乾かし方は、天気や温度によるけど、湿度によるのが、一番多いな。ふつうの逆で、乾燥しとったら乾かんの。湿度70パーセント以下やったら、乾かん。牟呂(むろ)ってところで乾かす。真冬は牟呂をべたべたにして、湿度100パーセントくらいにする。でも、あんまり急に乾かしたら、漆自体がくちゅくちゅって縮む。急にするとしぼんでいくんさ。他の塗料なら、塗ってすぐに乾いたりする。でも、かんな漆は乾かすのでも自分の思う通りに乾く。一晩じんわりと乾かしたり。急に乾かしたり。色も違う。人から聞いてもわからんし。今やな。やっと、思い通りに乾かせるようになったのは。

焼け残った道具

うち、7年くらい前に火事してな。ほんとは、あの火事のときにやめとるはずやったけどな。代々、北浦っていうところでしていたんやけど。まだ、親父も住んでいた。たまたま、おらんときに昼間に火事になった。「火事やぞーっ。お前の近所じゃないんかい。」って電話がかかってきた。「ちょっと見てくるわぁ。」って行ったら、うちだった。仕事場のあった以前の家は、全焼みたいなものだった。真っ黒けで。あのときは、腰がぬけたな。

だけど、ふっと顔あげて、よう見たらさ。がれきの中から、ハケとかが置いてあるのがぱっと見えたんさ。もう、全部焼けとるもんやと思ってた。がれきの中に見えたから、まだ消防車がガタガタいっとるなかで、「どけーっ。」「入ってくんなーっ。」って叫んで。まだ、燃えとるのに。残ってたものは、みんなベタベタになっていた。「これは。」って思って、かんなとかを全部かき集めた。全部集めて、外に出した。下に置いてあったハケやかんなは焼け残ったけど、それ以外は商品もすべて燃えてしまった。のこも1本もなくなっちゃったんですよ。みんなにも「もうええ頃だからやめたら。」って言われた。やめるつもりやった。やけど、道具はあったし。商品はまた作れるけど、道具がなくて一から始めようとしたら、大変やろう。けどな、道具があったもんで続けてきた。

今でも思う いつやめようかって

やめようと思ったことは、火事の前にもあったよ。いつでも思うで。いつやめようかって、今でも思う。大変やでな。作る手間がわかってもらえやん。ただ、ぱっとみただけでは、簡単にできそうに思うわけ。今は、偽物ばっかり売っとる時代なんよ。以前にも、お客さんが「これこれ。これを探しとったん。ひとつちょうだい。」って来た。「8800円です。」って言ったら、「0がひとつ多いわ。」って。880円で、こんなものができるはずがないやん。

安いんやで。1個1万円くらいやもの。安すぎるくらいなんやけどな。作っても作ってもあかんでな。あかんな。こんな商売は。注文は、最近減ったな。1個のわっぱを作るのに、2ヶ月くらいかかる。まとめて作っても、1日に塗れる量は決まっとるよって、そんなに塗れやん。昔は、注文が来る来ないにかかわらず、だいたい一定の量を作っていた。今は種類が多なってきて、そんなことはできやん。朝の8時から夜の6時まで仕事をして、飯を食う。また夜の9時から夜中の1時、2時までする。忙しいときは、朝まで休みなし。

日本一のわっぱの誇り

長持ちするでな。100年でも保つ。手作りっていうのは、修理がきくでな。見る人が見ればわかってくれる。わかってくれる人は、ぱっとみて「あれっ、こんなことまでしてある。漆まで使ってある。」って。東京芸大の先生が来て、日本一のわっぱって言ってくれたんやけどな。漆器や御獅子、神楽、山車の修理もする。2、3年前に近所の神社の修理を頼まれて、引き受けた。ちょっと、はじめの計画よりきっちりやりすぎたな。ざっとでいいって言われたんやけど、やっぱり、やり始めたらな。誰が見るかわからんし。1年ちょっとかかるのを半年でした。半年って、ほんまに半年やで。休みなしで毎日、通い詰め。最後の1週間は、夜中の3時ごろまでした。やりかけたったで、もうせなあかんし。漆を塗る職人がおらん。1人でする仕事やと、休んどることができんでな。もう、最後はぴっかぴかやったで。

守る伝統 創る伝統

最近は、コーヒーカップやワインクーラー、ビアグラスとかも作るようになった。東京芸大の先生が来て、デザインの勉強をしてる。教授が来て、決めてもらったテーマに関して、作ったの。うちは、「灯り」。木が透けて、電気が反射している。これなぁ、誰も気がつかなんだと思うんさ。木が透けるっていうのは、ほんとに木を手で作っている人にしかわからんのさ。僕らでも、先生たちと勉強させてもろうて、テーマにそって作ったらいんやけど。やっぱりな、商品ができてしまう。先生らのは、作品やけど。商品になってしまう。漆も始まったときは、工芸品じゃなくて、日常生活品だった。キレイは、二の次で。白木やったら腐っていくけれど、漆を塗ったら千年でも保っている、昔から、漆っていうのはあった。英語で、漆器製品のことを「Japan」とよぶ。漆って、ジャパンなんやで。

尾鷲わっぱ 製作工程

1, 荒木取り

2, 巾断ち

3, 荒削り

4, ソバ突き

5, 本巾断ち

6, 本木取り

7, かんな仕上げ

8, 端荒取り

9, 端仕上げ

10, 曲げ

11, 桜皮巾断ち

12, 桜皮かんなかけ

13, 桜皮へぎ

14, 桜皮すごき

15, とじ

16, 縁取り

17, 竹釘削り

18, 底板荒削り

19, 底板木取り

20, 底板仕上げ

21, まい直し

22, 底切り廻し

23, 底入れ(竹釘打ち)

24,竹釘頭切り

25,コクソ

26,上前縁取り

27,縁砥草かけ

28,底仕上げ

29,底縁取り

30,底縁砥草かけ31,コクソ目掃除

32,青漆

33,錆下地

34,錆研ぎ

35,一番摺り

36,二番摺り

37,三番摺り

38,四番摺り

39,五番摺り

40,六番摺り

41,内下塗り

42,内下塗り研ぎ

43,外上塗り

44,内朱塗り

45,縁つけ

出来上がり!

この記事を書いたユーザー

ライター・桐田理恵

ライター・桐田理恵

1986年生まれ、茨城県育ち。医学書専門出版社にて企画・編集職の経験を経てから、2015年よりDRIVE編集部の担当としてNPO法人ETIC.に参画。2017年からはフリーランスのライターとして活動している。

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