日本の障害者雇用は、1976年の法改正によって企業に対する身体障害者の雇用努力が義務化されたのをきっかけに、知的障害や精神障害などをもつ人たちの雇用についても義務化が進みました。障害者雇用率は、2021年に2.2%から2.3%へと引き上げられ、各企業ですべての社員にとっての働きやすさを重視した職場環境づくりが進んでいます。
一方で、一人ひとりが活躍できる場を増やしたいものの試行錯誤する企業が少なくないようです。解決策を見つけるヒントとは何か――。
「働くとは、自分の価値を提供することです。ご本人が自分の特徴を認識したうえで、価値を提供できる職種や環境で仕事をすることが大切です」
発達障害に特化した就労支援事業や人材紹介事業などを行う株式会社Kaien(カイエン)代表の鈴木慶太さんはこう話します。今年、Kaienでは、発達障害の強みを活かす新たな事業として伝統工芸に着目した伝福連携「DenPuku」をスタートさせる予定です。この事業を通して鈴木さんが実現したいことをKaienの特徴を振り返りながら語っていただきました。
鈴木慶太さん/株式会社Kaien 代表取締役
発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。これまで1,000人以上の発達障害の方の就労支援に現場で携わる。日本精神神経学会・日本LD学会等へ登壇や『月刊精神科』、『臨床心理学』、『労働の科学』等の専門誌への寄稿多数。文科省の第1・2回障害のある学生の修学支援に関する検討会委員。著書に『親子で理解する発達障害 進学・就労準備のススメ』(河出書房新社)、『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)。元NHKアナウンサー、東京大学経済学部 2000年卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院 2009年修了(MBA) 。
発達障害は「強みを活かす」の意味が深くなる
Kaienが事業を通して打ち出しているのは、発達障害のある人たちを「強みを活かした」就職へとサポートすること。ただ就職するのではなく、利用者が「働く楽しさを感じられる」仕事とつながることを大切にしています。
「企業に対して何か経済的な価値を提供しなければ就職はできません。価値の提供が自他ともに認められるからその場にいられるんだと思います。
Kaienの『強みを活かして働こう』というメッセージ自体は新しくはないんです。ただ、発達障害のユニークなところは、ご本人は変わらなくても職業によっては評価がすごく変わってくることです。例えば細かいところに気づきやすい、どちらかというと空気を読まないなどの特徴が、多くの職業で『全然ダメ』だと言われたとしても、ある職業では会社にすごく貢献します」
発達障害は特徴がより際立っていることで、「『強みを活かす』という言葉にも深みが出てくる」と鈴木さん。そのために必要な「特徴を自覚した上で自分に合った環境につながる」までの過程を、Kaienでは事業として一人ひとりに提供しています。
「Kaienでは、ご本人にどんな特徴があって、どういったところで活躍しやすいのか、実践型の支援プログラムでご本人自身に理解してもらっています。『自分の強みを活かしながら働きやすい環境に根を張っていきましょう』と。ご本人が自分を知ることはハードルが高い部分でもありますが、ここから始まります。
特徴は一人ひとり違っていて、営業が得意な方がいればIT系が得意な方もいます。発達障害の人はこの仕事が向いているというと、みんな同じ仕事につけばいいことになります。そうではなく、ご本人の興味関心も関係してきますが、ご本人の特徴が良い形で発揮されるためには、働く環境も大事になってきます」
定着率が9割を超える理由
厚生労働省の調査では、発達障害のある 人の雇用について、全体の69.5%にあたる企業で課題が「ある」ことがわかりました。最も多かったのが、「会社内に適当な仕事があるか」75.3%、続いて「障害者を雇用するイメージやノウハウがない」52.9%、「採用時に適性、能力を十分把握できるか」39.6%が挙げられました。
また、発達障害のある人を雇用しない理由として、「適した業務がないから」が82.6%を占めました。企業で一人ひとりに合わせた働き方の追求が進む一方で、発達障害のある人と、その人に「合う」仕事をつなげることに難しさを感じている企業の様子が伺えます。
こうした課題を企業が感じる中、Kaienでは就業支援プログラムを修了した人たちの定着率が9割を超えています。その理由について、鈴木さんはこう話してくれました。
「昔、障害福祉の中でも発達障害は最も難しいと言われていました。でも、最近では身体障害、知的障害、精神障害と比べて定着率が高いというデータが明確に出ています。定着率の高さは、就職も定着もしやすくなってきた社会の変化が関係しているのかもしれません。Kaienは、当たり前のことをしているだけなんです」
「当たり前」とは、本人が自分のことに気づき、周囲を変えていくアプローチを一緒に行っていくこと。
「多くの場合は、ご本人を変えよう、苦手を克服しようとしがちです。そうではなく、ご本人は変わらなくてもいい。極端な話、例えば朝起きるのが苦手ならそれでいいんです。週4回しか出社できなければ週4日勤務がOKな環境を選べばいい。
細かいことにこだわるならそれでいいし、ミスが多いなら多くてもいい。Kaienでは、こうした特徴がいいかたちで活かせるような環境を、ご本人が実践の場を通していろいろ試して、気づくきっかけをつくっています。『自分はこういうふうにすれば働きやすいんだ』と理解したうえで就職していただく。このサポートを当たり前に続けてきたことが定着率の高さにつながっているのだと思います」
また、Kaienの特徴の一つに、「企業の環境を整える」サポートがあります。「企業が仕事を用意することが一番の環境変化になります」と鈴木さん。現在、提携先は200社以上。創業当時は、「発達障害」という言葉すら知らない人が多い中、何も実態がない事業の可能性を信じてもらうために丁寧な説明を重ねたと言います。
「本当は200社の5倍、10倍、提携先が必要なんです。また福祉の世界にも競争はあります。企業からの信頼を得ていくプログラムを作るのも苦労しましたが、Kaienでは、ご本人だけでなく、企業にも理解を促し、仕事をつくるまでの支援を事業化することで提携先を増やしてきました」
発達障害の人の特徴や相性の良い環境を理解し、体制を整えている企業が200社以上ある。それが9割以上の定着率を維持できる理由の一つです。
伝福連携の課題を洗い出した「DenPuku」の仕組み
2022年春から、Kaienは新しい事業の準備を進めています。伝統工芸と障害福祉をかけあわせた伝福連携「DenPuku」です。
伝福連携は以前から試みる企業はあったものの、成功事例はまだ少ないとのこと。今回の「DenPuku」は、課題を洗い出したかたちで特徴を出し、仕組みを実現化しようとしています 。
例えば、伝統工芸では企業のノベルティにフォーカスし、最初から職人を目指すなどハードルを上げるのではなく、技術の一つひとつを業務として細分化。できることから少しずつ、職人へとステップアップできることを目指しています。そのほか、自宅でもできる内職型を可能にするなど全国どこでも働ける体制をつくる予定です。
「障害者雇用は、法定雇用率の達成という法令遵守の目的が前面になり、数合わせのみでとどまっている企業が少なくありません。例えば、農業と障害福祉を合わせた農福連携も専門業者に運営を託していることが指摘され、厚生労働省も調査に乗り出しています。
Kaienはそうした現状を変え、発達障害のある人と企業がともに働く環境を作りたいと思っています。実態がしっかりともなったかたちで働く人も企業も『仕事を通して社会に貢献している』と言えるようにしたいのです」
働く人、企業、伝統工芸の課題解決を目指す
従来の伝福連携は多くがボランティアに近い仕組みでしたが、「DenPuku」では企業の論理や採算などビジネスの視点を取り入れました。さらに、Kaienが働く本人と企業、職人の仲立ちをするなど事業として成り立つ仕組みを構築。就職はできても自分の特徴が活かせないでいた働く本人、また障害者に合う仕事をつくれないでいた企業の課題解決を目指します。後継者不足が長年の課題だった伝統工芸を守ることにもつながります。
また、働く本人のキャリアアップについては、技術力などの向上に合わせてパート勤務から契約社員、また職人になると正社員へと昇格し、昇給することも可能です。
「なぜ伝統工芸かというと、一品作るとのちに価値が上がる可能性があるからです。お金が入るんです。しっかりと作品が生み出せる職人になれば採算も取れるし、作品に一人ひとりのストーリーが生まれるかもしれません。ご本人と企業がともに価値を追求することができます。
長い道のりになるかもしれませんが、この仕事では、細かいところまで目が行き届く、繰り返し作業をすることが得意、ルールをきちんと守るといった発達障害の人たちの強みを活かせる新しい仕事になると思っています」
現在は、働く人と企業をつなげる環境を整えている段階です。
「まだこれからです。未知数ですが、働くご本人たちには、日本の伝統工芸を守れる職人になってほしいと思っています。自分たちの強みを活かして仕事を続けてほしい。
先行きが見えにくい世の中ですが、伝統工芸のように人の手によって生み出されたものは残りやすいので、将来、『DenPuku』も面白くなるかもしれませんね」
一人ひとりが働く楽しさを感じるために
発達障害のある人が一人ひとり「強みを活かす」仕事へつなげることにこだわってきたKaien。改めて、「DenPuku」を通してどんなことを実現したいのか、鈴木さんに聞いてみました。
「もちろん、発達障害の強みを活かすことですが、世の中には『頑張ればなんとかなる』と努力をする風潮があると思います。でも、どんなに頑張っても変わらないものがあると思うんです。一人ひとりの特徴を冷静に分析して、パズルのように機能を組み合わせながら戦力化させる企業が増えるといいですよね。
発達障害の人たちは得意と苦手がはっきりと分かれているので、うまくその人に合ったポジションにあてはめられれば会社への貢献度も高いし、他の人にも通用するのではないでしょうか。適材適所の人材配置がうまく機能していけば、誰にとっても『企業や社会に貢献できて、働く楽しさを感じられる』仕事につながると思います。
例えば仕事探しの壁にぶつかった時なら、『一人ひとりには可能性があって、世の中には星の数ほど仕事があるから安心だよ』と言われても、ご本人からすればどう探せばいいのかわかりません。『こういった仕事だと可能性がある』と、いくつか絞って選択できるようにするといい。
伝統工芸はその一つで、こうステップを踏んでいけばこんなふうになれると見せていくのが重要なんだと思います。現実的な選択肢を増やしていけば可能性も具体的に広がりやすいですよね」
鈴木さんは、取材中に何度か「Kaienは特別なことをしているわけではないんです」「当然のことをしているだけ」と話していました。「発達障害の強みを活かすためにはどうすればいいか」「人が働き続けるために何が必要か」「やりがいとは何か」――。事業を通してこれらの問いを誠実に追い求めていくその姿勢は、これまでまわりの人たちにも確かに届いていたことを想像させます。
創業時から丁寧に重ねた人や社会との信頼関係が、「Kaienには、働くことに意欲的な人が集まりやすい」と鈴木さんが話したように、Kaienの強みをより厚くしているのでしょう。
***
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<参照>
厚生労働省「令和3年 障害者雇用状況の集計結果」
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000871748.pdf
厚生労働白書 第2章「社会保障の各分野の変遷」P27
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/06/dl/1-2-1.pdf
日本発達障害ネットワーク「発達障害のある人の就労の現状と課題」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/09/dl/s0924-11c.pdf
厚 生 労 働 省 職 業 安 定 局「平成 30 年度障害者雇用実態調査結果」
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000521376.pdf
厚生労働省職業安定局「障害者雇用の現状等」P21
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000178930.pdf
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