観光庁が8月に発表した「旅行・観光消費動向調査」によると、2023年4-6月期の日本人国内旅行消費額は5兆5,963億円(2019年同期比6.6%減、前年同期比では27.7%増)に上り、旅行意欲がコロナ禍前と同水準にまで回復してきたことが伺えます。
とはいえ、まだ見ぬ場所を旅してみたいと思ってもメジャーではない観光地は情報も少なく、旅先の候補地には上がりにくいのが現状です。そんな旅行者のお悩みと、地域の中小事業者が抱える課題を両方解決してくれるのが、今回ご紹介する新しい旅のスタイル「おてつたび」です。
様々なメディアからも注目を集める事業がどのように誕生したのか、創設者の永岡里菜さんにお話を伺いました。
永岡里菜(ながおか・りな)さん
株式会社おてつたび 代表取締役CEO/ローカルベンチャーラボ3期生
1990年生まれ。三重県尾鷲市出身。千葉大学卒業後、イベント企画・制作会社で企業や官公庁のプロモーション、イベントの企画・運営などを担当。退職後はフリーランスとして農林水産省との和食推進事業を手掛ける。様々な地域を訪れたことで、日本各地のありのままの魅力をもっと多くの人に感じてほしいという思いを強くし、2018年7月に株式会社おてつたびを創業。日本経済新聞社「日経ソーシャルビジネスコンテスト」優秀賞等、受賞歴多数。
「お手伝い」+「旅」で、よく知らない地域へ旅するハードルを下げつつ、地域の人手不足を解消する
――まず、「おてつたび」とはどのようなサービスなのでしょうか?
「おてつたび」は「お手伝い」と「旅」を組み合わせた造語です。知らない地域を旅してみたいという旅行者と、ハイシーズンの宿泊事業者や収穫期の農家など、短期的・季節的な人手不足に悩む事業者をWeb上でマッチングしています。
登録者数は2023年7月現在で約4.3万人となり、コロナ禍前の5.3倍に増えました。利用者層はZ世代と言われる大学生を中心とした20代が半分程度、もう半分はアクティブシニアや長期休みを使って参加される社会人など、幅広い年齢層の方々です。移住先や転職先を探しているという方もいます。受入れ先は現在1,100ヶ所程度です。
よく知らない地域を旅する上では2つの壁があると思っていて、まずは金銭的な壁ですね。有名な観光地であれば価格競争が働くんですけど、そうでなければ宿泊費等の旅費がかさみがちになってしまいます。
2つ目は心理的な壁です。観光スポット以外は地域の情報がほとんどないため、そもそも何が魅力なのか伝わりづらいという課題があります。行く動機が弱い場所に、わざわざ時間とお金をかけて行ってみようという人はあまりいませんよね。どんな地域にも魅力を教えてくれるような地元の方はいると思いますが、いきなり訪ねて行ってそこまでの関係を作るというのはハードルが高い。
かく言う私も、地域のことを知りたいという思いはあるんですが、いきなり知らない人に話しかけるというのは勇気がなくてできない方です(笑)。でもそこにお手伝いというきっかけがあれば、報酬を旅費の足しにできる上に、仕事を通じて自然に地元の方と交流できますし、地域にとっても人手不足の解消につながるんじゃないかと思ったんです。
なんでもない地域を誰かにとっての特別に。自身の体験が事業の核となる
――利用者と受入側、双方にとってのメリットがわかりやすい、持続可能な仕組みだと感じたのですが、「おてつたび」はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
本当に少しずつたどり着いたという感じですね。新卒で就職した会社ではBtoBの案件が多かったのですが、次第に「エンドユーザーに直接届くようなサービスに関わりたい」という思いが強くなってきました。
2社目に勤めた会社の社長から、当時はまだ珍しかった週休3日の提案をいただき、「やりたいことを探しながら働いてもいいんじゃない?」と声をかけてもらったことで、転職後は空き時間を使って関心があることにひたすらチャレンジするようになりました。
その頃は自分の関心がどこにあるのかすらまだわからず、とにかく目の前の人が喜んでくれる仕事がしたいと思っていました。元々「食」に関心があったので、飲食店のキッチンで働いてみたり、フードコーディネーターの資格を取ってみたり……。
アクションに移したことで、「私って調理そのものや見栄えのする見せ方よりも、食の背景にある歴史や作り手の思いの方に関心があるんだ」と気付くことができました。その時期にお仕事で様々な地域を訪れる機会も重なり、食文化も地域を構成するものの1つだし、魅力のない地域はないと「地域」に目が向くようになったんです。
そこには、私の生まれ故郷であり、祖父母が暮らす三重県尾鷲市での原体験も影響していました。小さい頃は山や川に行ったり、地元の子達と遊んだり、祖母から由来を教わりながら地区の花火を見たりと、尾鷲で過ごすのが夏休みの定番でした。どこの田舎でもあるようなことかもしれませんが、私にとってはたくさんの思い出がある大切な場所です。
ただ進学で関東に出ると、尾鷲のことを話しても「どこそこ?」という反応で、「素敵な場所なのに全然知られていないんだ……」とショックを受けました。
尾鷲のように知られざる魅力がある地域にもっとスポットライトを当てたい、知るきっかけを作って、なんでもない地域がその人にとっての特別な地域になるようなサポートができたら……そんな思いが高じて、2017年にいったん仕事を辞め、東京の家も解約して、半年間日本各地を巡る旅へ出ました。
その中で私自身も知り合いを通じて短期的に仕事をすることがあり、農家や宿泊施設で野菜の収穫やお皿洗いなど、様々な経験をさせてもらいました。働く中で一緒にご飯を食べたりすれば自然と交流も生まれるし、お客さんとして見ているだけではわからない思いや背景も垣間見ることができて、そういうのがすごくいいなと思ったんです。
短期的な労働力不足という課題についても各地で耳にしたので、こういった経験から「おてつたび」の原型が生まれました。
最初の一歩を踏み出し、事業は大きく成長
――事業に取り組む上で一番大変だったのはどんなことですか?
やはり最初の事例を作っていくことは大変でした。まだ存在していないサービスを地域の方に理解してもらうハードルはとっても高かったですね。当時は法人格もなければ実績もないので、説得材料になるようなデータもありませんし、ビジョンには共感してもらえても、実際に受入先になってくれる事業者さんはなかなか現れませんでした。
その後、知人の紹介でどうにか長野県山ノ内町の旅館でテストマーケティングをさせてもらえることになりました。実際にやってみると想定していたような交流が自然と生まれましたし、参加者と事業者、両方に喜んでもらえるサービスになるという確信がもてました。
このときは、もっと現場に出てみたいという建築学部の学生さんが参加していたんですけど、たまたまお客さんが「この地域は空き家がたくさんあるよ」と紹介してくれたことで、空き家活用プロジェクトの発足につながりました。これもお手伝いでベースとなる信頼関係ができていたからこそ、発展があったんじゃないかと思います。人手不足の解消だけでなく、地域で人と人が出会うことの可能性を感じました。
――創業6年目を迎え、事業も成長してきました。資本金7千万円というのはローカルベンチャーとしては大きな額だと思うのですが、どのように調達されたのですか?
これまでに大きな調達を2回やっているので、創業初期からはかなり推移があります。VC(ベンチャーキャピタル)や個人投資家の方など、事業への共感を前提に投資いただいています。
こちらからご依頼に伺うケースと、ピッチのようなオープンな場に参加するケースと両方あります。起業前もコンペなどに出ることはありましたが、どちらかと言えばプレゼンは苦手な方でした。
でも知ってもらわないとスタートラインに立てませんし、自分が恥ずかしいからっていう理由で躊躇してしまうのはすごくもったいないですよね。家を解約したという話もそうですが、「やるしかない!」という環境を意識的に作るようにしています。
脳内には常に目指すビジョンがある。ビジョンの実現に向けた「妄想」から生まれる連携
――「おてつたび」では自治体や大手企業との連携プロジェクトも増えてきているようですが、どのように案件化されているのでしょうか。
自治体との連携は細かいものを除いて年間20件くらいあります。ご紹介やご相談をいただいたり、自治体から直接問い合わせがあったり、経路はいろいろですね。企業連携の方も、紹介の他、イベントなどで実際に会って話が盛り上がる中で、具体的な連携内容が見えてくることもあります。ただ、こういう連携ができたら最高だなというイメージは事前にもっています。
ANAとの連携を例に挙げると、もっとリーズナブルに地域に行けたら利用者は助かるだろうし、一方で航空会社の方はもっとローカル線を使ってほしいんじゃないか、というような感じです。
ANAとの連携はもう3年目になりますが、きっかけは島根県益田市での講演会です。「萩・石見空港と何かやりたい!」と講演の中で熱く語ったことで話が進み、連携させていただくことになりました。クーポンを発券していただくことで「おてつたび」の利用者はお得に移動できますし、ローカル線の利用促進につながっています。
「おてつたび」が100年続く未来のインフラになるということを目指しているのですが、そのビジョンを実現する上でプレイヤーになりそうな方がいたら積極的にお話しするようにしています。なので航空会社に限らず、様々な分野との連携を何かと妄想していますね(笑)。こういった「妄想」を心の中にもちつつ、あくまでその場の縁で進んでいる話が多いかもしれません。
――目指すビジョンが明確だからこそ、あらゆるものをその実現と結び付けて考えられるのかもしれませんね。そういった力はどのように身についたのでしょうか?
自分の理想の未来を突き詰めて考えられるようになったのは、NPO法人ETIC.(エティック)が立ち上げに関わっているSUSANOOというプロジェクトに参加したことがきっかけです。法人設立前でしたが、自分達がやることでどんな人達に泣いて喜んでほしいのかをイメージできるようにすることが大切と言われて、それから頭の中で絵を描くようにしています。
事業をしているといろいろなことが起こるので、つい目の前のことに必死になってしまうこともあります。目指すところを見据えてないと、全然違う方向に行ってしまったり、相手に振り回されたりしてしまうこともあると思うので、妄想することでビジョンを思い出して立ち戻るようにはしています。
それから、他団体と連携する際にはお互いがwin-winになれるかという観点で考えています。どちらにもメリットがないと続かないですし、そもそも自分達だけに利があるのは気持ち悪いという価値観がベースにあるかもしれません。こちら側で仮説を立てて話を持っていくというパターンもあるし、会話ができる場があれば事情を伺った上で提案に持っていくパターン、両方ありますね。
「人間力」を問われるから地域はおもしろい。現地に行くことでしかわからない魅力
――地域をフィールドに事業を行う上で、他に大切なことはありますか?これから地域での事業づくりに挑戦したいと思っている方にメッセージをいただければ幸いです。
地域関係であれば、現地に足を運ぶのは一番大事だと思います。東京でのビジネスは合理的に判断して進むことが多いと思いますけど、地域だと必ずしもそうではなかったりする。信頼関係をベースに物事が進むというか、人間力が問われる感じがして、私はそういう面も含めて地域が好きなんですよね。
インターネット上にも情報はありますが、数値化・定量化されたものや目に見えるものが中心で、実際に行ってみることでしか感じられないものがたくさんあると思っています。ですので「おてつたび」の事業でも、初期は必ず現地に行くということを大切にしていました。今でも可能な限り現場に行きたいと思っています。
SUSANOOと同じくエティックが運営するローカルベンチャーラボというプログラムにも参加しましたが、その際もフィールドワークで地域に足を運びました。
全国から地域に根ざして活動している方が参加されるので、課題感を共有しやすかったですね。IT業界だと理解してもらいにくい部分や、一人で抱え込みがちな課題も多々あったんですけど、そこに共通理解がある気がしました。第一線で活躍されている方からアドバイスをいただいたり、メンバーと一緒にディスカッションできたり、当時は一人で孤独感を抱えながら模索している時期だったのでだいぶ助けられました。
東京だけではなく全国から参加されているのがラボのおもしろいところです。いろいろな地域の事情が知れるし、地域にも行けるし、仲間もできて、事業のブラッシュアップもできるし……ローカルベンチャーラボには、地域で挑戦するための全てが詰まっているんじゃないかと思っています。
期間中は強制的にレールに乗っかるというか、どうしても動かなければならない場面もあるので、挑戦したいけどいろいろ悩んでいるという方がはじめの一歩を踏み出すにはぴったりだと思います。
「おてつたび」を当たり前の選択肢に。一人が何役にもなることで、持続可能な地域社会を
――最後に、事業の今後の展望を教えてください。
著名な観光名所に行くのももちろん楽しいけれど、「どこそこ?」と言われるような地域に行くのも本当に楽しいので、そのよさをもっとたくさんの人に知ってもらいたいです。「おてつたび」が日常に溶け込んで、「今度の夏休みはおてつたびに行くんだ」というのが普通になったらいいなと思っています。
「誰かにとっての“特別な地域”をつくる」というミッションを掲げていますが、尾鷲のような地域が次世代に残っていくためには、普段は住んでいないけど、外から地域と関わって経済を回し続けるような関係人口を増やしていくことが大事だと思っています。時には労働力、時には観光客や消費者と、一人が何役にもなっていくつもの地域と関わっていけるような世界をつくっていきたいです。
みなさんもぜひ、最初の一歩を踏み出してみてください!
――永岡さん、ありがとうございました!
永岡さんも受講されていた「ローカルベンチャーラボ」は、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラムです。例年3~4月に受講生を募集していますので、気になった方はぜひ公式サイトをご覧ください。
>> ローカルベンチャーラボ公式サイト
https://localventures.jp/localventurelab
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