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社内と地域にウェルビーイングを。佐賀で多角経営を展開する創業114年の調剤薬局が取り組むミズ・アカデミー構想とは?

2024.05.14 

佐賀で114年の歴史を持つ株式会社ミズは、薬局を中心にドラッグストアや化粧品専門店、保育園、介護福祉施設など多角的な事業展開を行っています。事業は安定している一方で、社内でのイノベーションが生まれにくいという課題がありました。

 

代表取締役の溝上泰興さんは、NPO法人ETIC.(エティック)との繋がりを通じて、昨年初めてBeyondカンファレンス)(※1)に社員と一緒に参加。そこで地域に本気で向き合う人たちの情熱に触れ、社内や地域にウェルビーイングを促す活動「ミズ・アカデミー構想」を仲間と取り組む決意を固めました。

 

今回は、溝上さんと若手社員の伊東さんに、この構想と社内や地域でのチャレンジについて伺いました。聞き手は「Beyondカンファレンス」の広報チームのメンバーである株式会社電通PRコンサルティング執行役員の井口理さんです。

 

溝上 泰興(みぞがみ やすおき)さん  

株式会社ミズ 代表取締役

創業112年、調剤薬局を中心に化粧品専門店、ドラッグストア、漢方相談など地域のニーズに合わせた事業を展開し、地域に必要とされる企業を目指している。2023年、京都での Beyond Conferenceに初参加。地域の課題に向き合う人達の情熱に触れ、社内で取り組む決意をし、2024年「アカデミー準備室」を立ち上げる。社内の挑戦風土改革と地域のウェルビーイングなまちづくりの実現に向けて取り組んでいる。

 

伊東 篤史(いとう・あつし)

株式会社ミズ アカデミー準備室 グループリーダー/調剤運営部 第7ブロック長

福岡生まれ福岡育ち。西南学院大学商学部を卒業後、ミズに入社。調剤薬局事務として入社し、現在は2024年1月に新設された「アカデミー準備室」で勤務。社内・社外(地域)に挑戦文化を作るため活動中。

 

井口 理(いのくち・ただし)さん

株式会社 電通PRコンサルティング 執行役員/チーフPRプランナー

企業PR戦略立案から、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体PRまで幅広く手掛ける。ニュースメディアやソーシャルメディアで話題になりやすいコンテンツを生み出す「PR IMPAKT」や、メディア間の情報の流れをひもとく「情報流通構造」などを提唱。PR会社で30年超勤務。数々のアワードの審査員を歴任。著書に「戦略PRの本質―実践のための5つの視点」、共著に「成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略」「PR4.0への提言 ~いま知っておきたい6つの潮流、実践すべき7つの視点~」

セイノー運輸から出荷できないキャベツを仕入れ社内食堂で活用

去年若手社員と共に初参加したBeyondカンファレンス2023の集合写真

 

井口:昨年のBeyondカンファレンスを経て、どんな変化がありましたか。

 

溝上:Beyondカンファレンス後の実績でいうと、セイノー運輸からキャベツを仕入れました。

 

伊東:カンファレンスのミーティングの中で、セイノー運輸の方が「通常出荷できない規格外のキャベツがたくさんある」とおっしゃっていました。うちで助けられるのではないかと思い、100玉くらい仕入し、食堂などで活用しました。

 

溝上:ミズ・アカデミー準備室での初めての試みが、伊東がキャベツを仕入れて売ったことで「伊東がおかしくなった」と話題になりました(笑)。 彼が行動を起こしたことが素晴らしいと思います。

 

井口:その取り組みがひとつの型になり、違うスキームで展開したり、横展開したり、定例化したらフードロスを減らせるかもしれないですね。

 

溝上:わたしたちが運営している300人規模の保育園の給食の一部や高齢者施設でもキャベツを提供できるかもしれない。みんなでどう使うかを楽しく考えています。

 

井口:いち社会課題解決の方法として、供給側から「こんなものがあるけど何か活用できませんか?」と提案をするプロセスも、イノベーションに繋がりますよね。

 

西濃運輸は熊本県に露地野菜の農業法人「モエ・アグリファーム」を運営。

30種類以上のオーガニック野菜を栽培している。社員のなかには障がい者雇用で働く人もいる。

社内にチャレンジを創出し、薬を売らなくてもよい健康でウェルビーイングなまちづくりへ

 

井口:「ミズ・アカデミー構想」立ち上げの背景を教えてください。

 

溝上:弊社は佐賀で創業114年目の調剤薬局やドラッグストアを展開する会社で、安定した経営が続き、社員同士の関係も良好です。一方で、外に学びに行く機会はなく、チャレンジも少なくイノベーションが起こりにくい。「このままでは人が育っていかない」という課題を持っていました。

そのような背景で「意志ある挑戦、志ある仲間とのネットワークが自分自身のウェルビーイングを実現する」という理念で、社内で「ミズ・アカデミープロジェクト(以下、ミズ・アカデミー)」を立ち上げました。

 

ミズ創業の目的は地域社会のお役に立つことです。

薬を売らなくてもよい健康なまちづくりを目指しています。また、社員の物質的な豊かさだけでなく、心の幸せも大事に考えています。

ミズ・アカデミーで創りたいのは、地域のウェルビーイングと、社員の挑戦を促す場です。

 

井口:今の取り組みは、ミズ社内での取り組みと、地域での取り組みの2つがあるということですか?

 

溝上:はい。社内には、挑戦文化を生む取り組みとして「全力応援MTG(ミーティング)」を2023年から始めました。地域には、挑戦文化を生む取り組みとして「そいよかねチャレンジ広場」(※後述)を開催予定です。

 

第0回目 全力応援MTGのアジェンダオーナー

優秀な人ほど「チャレンジしたい」と辞めていく。社内にチャレンジの場をつくり地域も社会もハッピーにしたい

 

井口:全力応援MTGとはどんなMTGですか。

 

溝上:「全力応援MTG」は、社内で自由参加の否定禁止・アイデアにどんどん乗っかるブレスト会議です。aBCが主催するBeyondミーティング(※2)を参考にしました。

 

第0回は昨年10月に社内のキーパーソンを呼び実施。番外編として、ETIC.(エティック)が運営する企業と自治体のプラットフォーム「企業×地域共創ラボ」でaBCのパートナー企業の方々が参加した佐賀でのフィールドワークの場で。正式なものとなる第1回は今年4月に社内で実施しました。

 

伊東:第0回は、2人がお題を出すアジェンダオーナーで、合計21人が参加しました。最初は、ブレストが初めての人が多いので「ブレストをしても意味があるのか?」という声もありましたが、実施後のアンケートでは「自由に発言できる場がいい」「今後、薬局業界を変えていくには若い人も事業のアイデアを出していく必要がある」という肯定的なコメントが寄せられました。

 

溝上:伊東をはじめとした若手が中心となり、組織の壁をぶっこわす行動にチャレンジしようとしているのに感動しています。企業を変えていくという意味で意義深い取り組みだと思っています。

 

井口:全力応援MTGで応援する文化を体験し、チャレンジに繋げるようなステップが踏めているのですね。

 

溝上:はい。優秀な人から「チャレンジしたいから」と会社を辞めていく。 もし社内にチャレンジする場があれば、ミズだけでなく、地域にも社会にもハッピーだと思います。

 

第0回全力応援MTGに参加するミズ社員とaBCパートナー企業社員

異業種の人と交流する機会があれば、閉じた薬局業界を変えられるかもしれない

 

井口:伊東さんはミズ・アカデミーの事務局長ですが、関わるきっかけはなんだったんでしょうか?

 

伊東:溝上から「Beyondカンファレンスというイベントがあるけど京都に行って参加しないか?」と声がかかったからです。

 

溝上:誘拐です(笑)。

 

社内の全力応援MTGで、組織の枠組みを越える場の説明をする伊東さん。

 

井口:伊東さんからみて、ミズカアデミーの仕事はどういう意義がありますか?

 

伊東:調剤薬局は同業者のみの交わりが主で、Beyondカンファレンスで、初めて他企業の人と触れ合いました。 会社の枠を越えたチャレンジを見て、薬局業界の人も他企業の人と交流する機会があれば、閉じた業界が変わるかもしれないと思いました。 それから、異業種の人と交わり知見を拡げることを増やしていく、という思考に変わりました。

 

アカデミーは他社との交流機会や部門を越えた関わりを促進できるので、とてもやりがいを感じます。

優秀で熱意ある人材とリソースが無い地域をマッチングする場

 

井口:現在はミズ・アカデミーにロート製薬をはじめとする大手企業も参加しています。他の企業が参加する目的は何でしょうか。

 

溝上:ミズ・アカデミーに参加する企業の目的は異なります。

新規事業開発、人材育成など各社それぞれの目的・目標で参加しています。 共通点は、社外のリソースと繋がり連携することでイノベーションを推進できると考えているところです。

先日都内で開催されたaBC総会に参加した際、15年来お世話になっているロート製薬の山田会長が「会社組織で人は育ちにくい」と述べられていました。 大手企業は新しい挑戦ができる場を求めているケースが多く、私たちはそんな場を提供できます。また佐賀には、想いはあるものの、十分なリソースがなくてパフォーマンスを発揮できない中小・中堅企業があります。

 

今年1月にロート製薬社内で開催されたaBC総会。

ロート製薬 山田会長とセイノーホールディングス 田口社長がトークセッションを行った。

 

そのような人たちをマッチングし、最大限活かせる場ができれば佐賀もよくなり、大企業も喜び、地域の中小・中堅企業もより躍動する。そのために「そいよかねチャレンジ広場」を立ち上げました。

 

「そいよかねチャレンジ広場」は、第1回を今年(2024年)5月に予定していて、ロート製薬を含む大手企業が有志で佐賀をよくするために動いてくださっています。

 

井口:チャレンジ広場で他社を巻き込んだきっかけはありますか?

 

溝上:「企業×地域共創ラボ」のフィールドワークで、aBCパートナー企業の方たちと島根県雲南市に行きました。

彼らと交流し、大企業で働く人はチャレンジの場を求めていると感じました。 社内では自分の信念が受け入れられないこともあり、自分の信じていることをかたちにできる場を社外に求めている方もいます。

 

井口:大企業が参加すること自体は佐賀のためだが、大企業の社員にとっても自分の活躍する場ができ実績になる。そんな場を提供するイメージですか。

 

溝上:はい。雲南で「やりませんか?」と彼らに提案したら「ぜひ、やりましょう」となりました。

 

雲南で開催された「企業×地域共創ラボ」のフィールドワーク。

aBCパートナー企業や雲南地域の人たちとの交流を深め共創の第一歩に繋がった。

 

井口:aBCはそういう空気がつくりやすいですよね。検討もしてないのに「とにかくやりましょう!」と、それがすごい。

 

溝上:僕は企業のオーナーですから、かたちになったら投資して一緒にものをつくることもできる立場です。盛り上がれば思い切ってやる覚悟はあります。

 

井口:最初は「誰もが挑戦できる佐賀」として、まずは地元の産業として貢献できることから始めると思いますが、同じ課題をもつ他の地域が参画して拡がっていくイメージですか?

 

溝上:佐賀から拡大して九州版・近畿版・大阪版でaBCがつくられてもおもしろいですね。 いつか全国から各地域のaBCが集まる「aBC甲子園」を開催したいと妄想しています。地元企業の強みは地域の人脈。佐賀市長、商工会議所や災害支援のメンバーもみんな仲間です。

 

その近い距離感で、全国に提供できるものがあると思います。みんなで「佐賀をよくしていこうぜ」と本気で取り組んだら佐賀は瞬く間によくなります。「そいよかねチャレンジ広場」は、中からも外からも、小さな一歩が踏み出せる機会にしたいです。

 

井口:aBC甲子園はおもしろいですね。どこかで集まるのではなく「自分たちはこんなところでこんないいことをやっているぞ!」というのを見せあい競い合う。なぜかみんなあそこのエリアに参画していっちゃうんだよね、と人の移動や越境が発生したり。

 

佐賀で行われたフィールドワークにて。中央が溝上さん、下段右から2人目が伊東さん。

 

井口:aBCは大企業の連携だけでなく、個人やNPOなど異なるレイヤーが雑多に交差していて面白いですね。 組織の肩書を外してひとりの人間としてのリレーションを共有し、みんなで活用しようという想いを感じました。企業×企業もあれば、企業×個人のような草の根的なかけ合わせもありますね。

 

溝上:現時点では形もないですが、佐賀の中小企業の幹部クラスは私の考えに共感し賛同しています。どの中小企業も地域貢献活動をしていますが、人材育成に課題を持っています。立場や組織の枠を越えて連携し、新しい価値を生み出していくaBCの地域版ができる予感がしています。

 

井口:地域社会課題解決だけでなく、事業会社として目指すものに取り組め、進化していくバックボーンになると思います。

地方をよりよくしたいと思う企業人にこそ、カンファレンスの場を体験してほしい

 

井口:第3回Beyondカンファレンスには、地方の中小企業の方にも社員を連れて参加してほしいという思いがありますか。

 

溝上:地方の人にこそ参加してほしいです。地域をもっとよくしたいと思っている人、特に経営者。大企業の方で、転職という意味ではなく、人生のセカンドステージを考えている人、そういう人たちが全国から集まればaBC甲子園に繋がるかもしれない。

 

昨年の一番の財産は、若手社員と共に参加し、直接現場を体験したことです。 本気で地域に向き合い、よくしようとする人たちを見て「このままではいけない」と強く思いました。

そして、カンファレンスの最後には「九州版のBeyondカンファレンスを作る!」と参加者の前で明言しました。

帰りの電車や飲み会でも「なにかできる気がする。イケる感じがする」と話したことを今でも覚えています。自分にも変化がおき、仲間と共有し合うことでエネルギーが湧く場でした。 

 

井口:ミズさんの事例は、何か始めたいと思っている企業の「始まりからのステップアップ感」がわかりやすいですね。まず動こう、外に広げていこうと思っているが、どう動けばいいかわからない人にとっていい例になると思います。

 

溝上:「うちでできるのであれば、みんなできる」というのを知ってほしい。

 

井口:どうもありがとうございました。

 

 


 

第3回Beyondカンファレンス2024は、5月31日(金)6月1日(土)に開催予定。ただいまエントリー受付中です。関心のある方はこちらからお申込ください。

 

※1……立場や組織の垣根を超え17社が参画中のand Beyondカンパニーが主催するイベント。多様なセクターが集うフラットな環境で、試行錯誤のプロジェクトを磨いたり、仲間と出会い応援しあう場です。

 

※2……and Beyondカンパニーが主催する全力応援ブレスト会議。組織・立場・世代を越えて誰もが自由に参加できる場として毎月開催されています。

 

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芳賀千尋

1984年東京生まれ。日本大学芸術学部卒。 20代は地元と銭湯好きがこうじ商店街での銭湯ライブを開催。 1000人以上の老若男女に日常空間で非日常を満喫してもらう身もこころもぽかぽか企画を継続開催。2018年からETIC.に参画。