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#社会・公共

「薬が売れないまち」を目指して。100年先の地域のウェルビーイングをつくる創業114年の薬屋の挑戦―Beyondカンファレンス2024レポート(2)

2024.07.22 

社内にチャレンジがしやすい環境がなく、新しいことや社員のモチベーションが生まれにくい。他企業や地域と連携してイノベーションを生み出したいが、どこから始めれば良いのかわからない。

前回は、そんな課題に直面していた、佐賀県で創業114年の薬屋「株式会社ミズ」が、andBeyondカンパニー(aBC)への参加を機に企業と共創し、社内と地域にウェルビーイングを生み出すチャレンジを紹介しました。

 

そのインタビューから2ヶ月。今回は、ミズの溝上さん、郷さんと、ミズの共創パートナーであるロート製薬の戸崎さん、神奈川県大磯町(おおいそまち)で14年間「大磯市」という住民参加型の大規模イベントを主催する原さんと「次の100年のためにどうイノベーションを進められるか」をテーマに話したトークセッションの模様をお届けします。

 

※本記事は2024年5月31日、6月1日に開催された「第3回Beyondカンファレンス2024」(※1)のトークセッション「次の100年のためにどうイノベーションを進められるか~100年企業が挑む、新たな一歩への挑戦公開作戦会議」を基に執筆しました。

 

<登壇者>

溝上 泰興さん 株式会社ミズ 代表取締役

薬屋の4代目。私たちが目指すのは、地域社会が健康で幸せなまちを実現することです。その起点は「意志ある個人の挑戦を全力応援すること」にあると考えaBCに参加しています。

 

原 大祐さん Co.Lab 代表取締役、NPO法人西湘をあそぶ会 代表理事

漁村農村お屋敷まちが混在する大磯に惹かれ、地域資産をいかした暮らしづくりを実践中。また県下最大の朝市「大磯市」では地域のインキュベーションに取り組み、コミュニティ農園「大磯農園」では里山再生に取り組む。他にも空き家空き店舗再生など、様々な角度からローカルエコシステムの再構築をする仕掛け人。

 

戸崎 亘さん ロート製薬株式会社

地域連携ビジネス、環境分野の新規事業などに携わる。本当の健康を考えた時に、 薬に頼らない身体づくりの原点である「食」 の事業に企業として取り組む一方、人々の健康のみならず、地域や社会も健康にできないか?と考え、 全国各地のパートナーと連携しながら新たな価値の創出、 仕組みづくりを進めている。

 

日出間 真理子 NPO法人ETIC.コーディネーター

社会起業家・学校教員・企業人に向けて、多様な学び合いの場づくりをする。「誰もが自分の可能性を開放し試行錯誤の中自ら人生を拓く」ことのできる社会をつくりたいと願い、鉄道会社での人材育成の経験、留学を経て、現在複業にて実践中。

 

※記事中敬称略。

薬が売れるのではなく、人々が健康になるようなまちを目指したい

溝上 : 株式会社ミズは、佐賀県で60店舗ほど薬局を運営しています。目標は「薬が売れないまちを作る」こと。薬がたくさん売れるまちは、病気が多いまちを意味します。薬を売って生計を立ててきましたが、今後は薬が売れるのではなく人々が健康になるようなまちを目指したいと考えています。

 

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Beyondカンファレンス当日のトークセッションの様子。マイクを持って話しているのがミズ代表取締役・溝上さん。

 

郷 : 私はミズに転職して1カ月の社員です。

非常に温かく良い会社だと感じていますが、いくつかの課題もあります。

内的課題は、優秀でやる気のある人材が辞めてしまい、挑戦する文化が少ないという問題。

外的課題は、さまざまな環境変化に直面しており、特に地方での仕事は厳しい状況だということです。これらの課題に対処するため、企業内で「ミズアカデミープロジェクト」を立ち上げ、社内外や地域を変える取り組みを始めています。

 

ミズアカデミープロジェクトが目指すものは「意思ある個人の挑戦を全力で応援し、組織や社会にイノベーションを起こす」というビジョンです。具体的には、まず社内で「全力応援MTG」を実施しています。これはミズ版Beyondミーティング(※2)で、社員のやりたいことを全力で後押しする場です。

 

もう一つは、5月11日に第1回を開催した「そいよかねチャレンジ広場」です。これは地域住民が小さな一歩を踏み出すことを会社として応援し、地域に挑戦文化を根付かせることを目指しています。これらの取組を通して社内や地域にチャレンジを応援する風土をつくる活動を始めました。

地域に住む方々の小さな第一歩を応援し、挑戦と活気があふれるまちを

溝上 : 「そいよかねチャレンジ広場」は我々の会社だけでなく、ロート製薬株式会社(以下:ロート製薬)のような外部のパートナー企業や、佐賀にある企業や地域住民も巻き込んだ取り組みです。

 

今回「生きづらさを面白さに転換する」をコンセプトに、精神・発達障害のある方を中心にアート特化型就労支援サービスを提供する佐賀の企業、株式会社すみなすの代表取締役、西村史彦さんと出会うことができ、一緒にトークセッションも企画しました。

 

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地域の子どもたちと交流するロート製薬の戸崎さん(右)

 

溝上 : ロート製薬さんのコンテンツや商品を、地域の方々が体験できる場も設けました。地域住民を巻き込む目標に対しては今後もコンテンツや展開に工夫が必要ですが、私たちの取り組みは単独ではなく多くの方々と協力しながら、第一歩を踏み出したところです。

 

戸崎 : 相手にマイクを向けることは重要ですよね。

「あなたは何がやりたいの?」という問いを出されたとき「自分は何がやりたいんだっけ」と頭の整理ができます。やりたいことを他者に発信することで、他の人が自分の存在や目標を理解し、応援してくれて新たなつながりや応援が生まれる可能性もあります。

 

わたしたちロート製薬の目標は2030年に向けて「Connect for Well-being(ウェルビーイングのためのつながり)」を実現することです。

 

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戸崎 : 単に薬を作るとか健康をサポートするだけではなく、もう少し広いウェルビーイングの領域に踏み出したい。

これからの時代は、一人一人が何を大切にし、価値を感じ、どんな未来を描いているのかに寄り添いながら、私たちが何ができるかを考え事業にしていく必要があります。

 

佐賀には海も山もあり、豊かな食、お酒、お菓子や温泉、さらに漆の焼き物などもあり、これほど魅力に溢れた場所は他にありません。

 

僕たちは外の人間ですが、改めてその価値がどれほどかを地域の人たちに伝えることで、この豊かさを感じてもらえる人が増えるのではないかと思っています。

 

今回溝上さんたちと出会い、このようなチャレンジに一緒に取り組むことができて嬉しいです。

最大1万人が集まる、神奈川県最大の朝市「大磯市」

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季節によって違うテーマで開催し、町内のさまざまな会場を参加者が回る仕掛けになっている。

 

日出間 : 原さんの大磯でのチャレンジを教えてください。

 

原 : 私は神奈川県の大磯町という小さなまちから来ました。

私のテーマは「別荘暮らしのような毎日」。

なぜ別荘かというと、実は大磯は日本で最初に海水浴場が発祥した地なんです。海水浴は元々「潮湯治(しおとうじ)」と呼ばれ、医者が病気の治療として始めたものでした。

 

大磯はヘルスツーリズムの発祥地で、湘南の発祥の地でもあります。このような背景から、一大別荘地として発展し、政財界や文化人が多くの別荘を持つようになりました。私の「別荘暮らし」というテーマも、ここから来ています。

今は農園で農業を行い、家族4人とニワトリ3羽と一緒に、囲炉裏のある古民家を改装して住んでいます。

 

毎月第3日曜日には最大1万人が集まる、神奈川県最大の朝市「大磯市」を開催しています。港をチャレンジの場にし、チャンスの機会を創出しています。

 

溝上 : すごい!そんなにお客さんが来るんですか。

 

原 : 14年ぐらい継続していて、毎月開催なのでもう100回以上やっています。

出店基準は3つあり、ローカルであること。個人を応援する市だからインディペンデントであること。手作り(クラフト)であること。この3点が条件です。

 

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大礒市でマップを見ながらまちをまわる観光客

 

戸崎 : どんな想いをもって始められたんですか?

 

原 : 魚が好きだから買いに行ってたら、ある日「買いに来てないでスタッフやってよ。漁船に乗せてあげるし魚もあげるから」とスカウトされて朝市を手伝うことになりました(笑)。

その後、魚が大量に余って捨てていた時に「廃棄せずに使えませんか」という話を仲良くなった漁協の組合長に相談したら「実は食堂を作りたいんだ」という話がでたんです。

「原さん、パソコン使えるし、計画書作ってよ」と言われてなぜか作ることになり、食堂をプロデュースすることになりました。作ってみたらすごい人が来たんですよ。

 

郷 : どれくらいの期間で手応えを感じられましたか。

 

原 : 3回目を開催した頃にtwitter等のSNSが流行ってきていたので、我々もよくわかんないけどSNSを始めて告知を始めました。半年ぐらい経つ頃には手応えがありましたね。

 

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原さんは会員を集めて「大磯農園」を運営し、みんなで農地を再生しています。

「マイクを向ける」というのが大事

溝上 : うちの会社は創業して100年以上が経ち、私は4代目です。1代目は薬のメーカーをやり、2代目は卸しをやり、3代目が薬局を始めました。毎回、フルモデルチェンジする珍しい会社です。

 

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1947年 第二創業期に医薬品卸業を始めた

 

日出間 : 4代目の溝上さんの代では市民とチャレンジするミズに変化していますが、佐賀の中で新しいチャレンジを発掘し続けて、どう変化の波を起こしていきたいですか?

 

溝上 : 例えば、私たちがお客様向けのイベントをやろうとすると、筋肉量を測ったり野菜摂取量を増やすような、健康に関連するコンテンツばかりです。

 

だけど、今回のイベントの事務局はミズのスタッフよりも外部の方が多かった。その結果、健康に関連した発想ばかりに自分たちが縛られていることに気づきました。すみなすの西村さんのように、地域には面白い人々がたくさんいるので、彼らと一緒にやればいいじゃないか、という新たな視点も得られました。

 

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ロート製薬の戸崎さん(左)、ETIC.の日出間(中央奥)はカンファレンス当日はスタッフとしても参加した

 

日出間 : チャレンジに参加するというムードを作るにはどうしたら良いのでしょうか。

 

溝上 : 「そいよかねチャレンジ広場」では、みんなの前で一人が壇上にあがり目標宣言をして、その宣言をみんなで応援するという企画をやりました。最初は関係者の子どもたちしか宣言する人はいませんでした。

 

でも終了後に「 実は僕、行きたかったんすよ」という大人の人たちがいたんです。先ほどの戸崎さんの「マイクを向ける」というのが大事で、実は言いたいことがあっても、言わない人がいる。しかし、言った人がいるからこそ、次は自分も言おうと思う人が出てくるんです。それをすごく実感しました。

 

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壇上で目標宣言する地域の子どもたち。そいよかねチャレンジ広場にて

 

郷 : 今後ミズで目指すのは大磯市のような「そいよかねチャレンジ広場」です。

 

日出間 : もし大磯にアントレプレナーシップに溢れるミズさんのような中小企業があったらどんなふうになるんでしょうか。

 

原 : 100年先を見据えて、同じ地域をもっと良くしようという企業がいる地域は非常に羨ましいですね。

長く、100年先も、息子の代、孫の代、その先の代までこの地域で商売するぞという人が、その地域を守っていくのだろうと思っています。

思いを伝えることで応援してくれる人が集まってきてくれた

郷 : ウェルビーングで豊かな地域は、実はその地域に住んでいる人が一番気づいていないかもしれない。企業間共創をしながら地域住民をどう巻き込んでいくかも重要です。

 

戸崎 : ウェルビーングは多様な要素があるので、1人や1社だけではできない。面白そうだなと思ってくださった方はぜひ個人としてでも企業としてでも、一緒に関わって欲しいです。

 

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2023年の最後に参加者の前で宣言をする溝上さん。

 

溝上 : 2023年4月に開催されたBeyondカンファレンスの最後にマイクを回してもらい、九州版aBC(※3)を立ち上げる宣言をしました。

発言したことでロート製薬さんのように共創できる企業が増え、2023年の12月にはもう一緒にイベントを開催していました。当時は明確なイメージもなく1人では全くできませんでした。

思いを伝えることで応援してくれる人が集まってきてくれたことは、かけがえのない経験で本当に一歩踏み出して良かったです。まずは言ってみる、話してみる、やってみるということが仲間を集めるきっかけになる。皆さんもまずは言ってみることから第一歩を踏み出してみてくれると嬉しいです。

 

日出間 : ありがとうございました。

 


 

※1…社会課題に挑む思いのある個人と企業が集まり、学び、交流する一年に一度の共創型イベントです。第三回目は2024年5月31日(金)、6月1日に羽田イノベーションシティで開催されました。

 

※2…毎月開催の全力応援ブレスト会議。組織・立場・世代を越えて誰もが自由に参加できる応援フルな場として、今まで延べ5000人以上が参加。

関連記事:社内と地域にウェルビーイングを。佐賀で多角経営を展開する創業114年の調剤薬局が取り組むミズ・アカデミー構想とは?

 

※3…「意志ある挑戦があふれる社会を創る」をミッションに活動する企業とNPOによる共創コンソーシア厶。

 


 

これまでのBeyondカンファレンスについての記事はこちらからお読みください。

 

この記事を書いたユーザー
芳賀千尋

芳賀千尋

1984年東京生まれ。日本大学芸術学部卒。 20代は地元と銭湯好きがこうじ商店街での銭湯ライブを開催。 1000人以上の老若男女に日常空間で非日常を満喫してもらう身もこころもぽかぽか企画を継続開催。2018年からETIC.に参画。

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