ローカルベンチャー協議会(事務局NPO法人ETIC.〈エティック〉)が主催した「ローカルリーダーズミーティング2024」は、今年で第3回目を迎えました。今回の舞台は、宮崎県日南市(にちなんし)にある油津(あぶらつ)商店街。
「つながるって、前進だ!」を合言葉に掲げ、地域のプレイヤーや行政職員、起業家など全国から約140名が集結し、ローカルと結びつきの深いテーマを専門とする研究者との活発なコミュニケーションが行われました。
本稿では、初日の午前中に実施された「人材」「企業連携」「農業」「小売業」の4つをテーマとしたフィールドワークのうち、農業コースの様子をレポートします。
農業コースでは、みかんの生産だけではなく加工業や輸出業にも取り組む日南市のローカルベンチャー企業「株式会社ネイバーフッド」を訪問しました。同社の完熟したみかんを丸ごと搾った果汁100%のストレートみかんジュースは、楽天市場で2億点の商品の中からデイリー2位になった人気商品です。
当日はあいにくの雨でしたが、代表の田中伸佳さんが日南事業所の選果場にて参加者を迎えてくれました。みかんを収穫するコンテナに座りながら、お話を伺います。
田中 伸佳(たなか のぶよし)さん
株式会社ネイバーフッド 代表取締役
宮崎県日南市出身。1947年から続くみかん農家の3代目として、日南市塚田(つかだ)地区に保有する農場で柑橘栽培や加工事業、輸出事業に取り組む。2011年から家業のみかん生産に携わり始め、2019年に株式会社ネイバーフッドとして法人化。2020年に台湾へ向けたみかん輸出を開始。2023年には自社による直接貿易をスタートした。
どれだけがんばって作っても自分達で価格を決められない。生産者の厳しい現実
ネイバーフッドでは、2020年から台湾へのみかんの輸出を始め、2021年には香港、2022年にはシンガポールへと販路を拡大しています。また2021年度から3年連続で、農林水産省が推進する農林水産物・食品輸出プロジェクト「GFPグローバル産地づくり推進事業」の採択を受けており、支援を受けながら輸出計画の策定や、相手国の求める農薬規制・衛生管理などに対応した生産・加工体制の構築に取り組んできました。さらに2023年からは、商社に貿易を代行してもらう間接貿易ではなく、自社で船を仕立てて輸出先の港まで届ける直接貿易を行っています。
農産物を輸出するには、海外市場のニーズ調査や、需要に応じたロット数の確保など様々なハードルがありますが、みかんの生産を行いながらどのように輸出業に取り組んでいったのでしょうか。家業を継いでから、輸出事業を始めるまでの経緯を伺いました。
「結果として難しいことにチャレンジしてきたんだなという感覚ですね。この4年間はすごく大変でしたし、売上も利益も簡単には立ちませんでしたが、今となってはそれが大きな武器になっています。スタッフもわからないことだらけだったでしょうし、社長である自分も思いがなければここまでできなかったと思います」
就農前は福岡で自衛隊や不動産営業に従事していた田中さん。多くの時間を仕事に費やす中で、同じようにエネルギーを注ぐなら自分の家や町のためになることがやりたいと、2011年に実家に戻ってみかん農家の仕事を始めました。
ところが、天気の予想が立たないことや、農業が抱える構造上の問題から、農業は難しいビジネスだと感じる部分も多かったそうです。
「美味しいみかんを生産することは当たり前、しかし消費者にわかりやすい違いを提供できなければ単価を上げることはできません。利益を残すには経費削減ということになります。以前はいかに効率よく人を雇用して、いかに手元にお金を残すかを考えていました。経費削減のことばかり考えていると心が荒みました。どれだけ一生懸命作っても、周りと同じ『宮崎県産のみかん』としてくくられてしまうんです。
スーパー等に直接売り込みに行っても同様で、相場や商圏を知られているので、他と同様の価格を求められます。結局自分で値段を決められないんです。
地域外で取り組みを大きくしていきたいという野心をもって取り組んでいたので、5年程はほとんど人に会わず、修行的に畑で作業していましたが、ふと『親の言うことに従ってるのではダメだ』と察しました。どちらかと言うと本来は素直に言われたことをやるタイプなんですが、むしろ反対のことをやっていこう、と」
台湾とのつながりが生まれた「台湾塾」の取り組み
2014年頃に始まった反抗期。最初の輸出先である台湾に目が向いたのは、田中さんの奥様である高峰由美さんが塾長を務める、宮崎県の「台湾塾」という交流事業がきっかけでした。「台湾を商売相手として見るような一方通行の取引関係ではなく、双方にとってプラスになるような取り組みをしたい」という由美さんの思いを反映し、台湾塾では宮崎からの輸出を増やすということではなく、まずは相互理解を深め、信頼できる「友人」のような関係を築くことに重点が置かれました。
この台湾塾に塾生の1人として誘われた田中さんは、人とは違う考え方を取り入れることで視野が広がるのではという漠然とした思いで参加。台湾で開催された発表会では、現地の方にも伝わるようにと慣れない英語でプレゼンテーションを行い、台湾の農家との交流で学んだことや、これから台湾の方々と一緒にできることを考えていきたいという決意を語りました。
台湾塾での登壇の様子
これをきっかけに別のセミナーに声をかけてもらうなど、台湾の農業関係者とのつながりが徐々に生まれていきます。特に、台湾北東に位置する宜蘭(ぎらん)県の若手農家‧頼青松(らいちんそん)さんからは、農業のとらえ方に大きな影響を受けたそうです。
「頼さんは、消費者が生産者に直接代金を前払いすることで安定的な農業経営を目指す、CSA(Community Supported Agriculture/地域支援型農業)という農業を実践していて、オピニオンリーダー的な活動もされています。彼の『美しい農村風景を子孫に残すために農業をしている』という言葉に感動しました。
頼さんのところには、東南アジア各地から農業を学びに来たり、3ヶ月程滞在したりするような人も多くいて、田舎でコストカットして農業をやるというのとは全く違う世界があるんだと感じました」
台湾で知り合った台湾統一超商株式会社 元社長徐重仁さんらとの1枚
普通の農家がやらないようなことに挑戦したい
普通の農家がやらないようなことに挑戦してみたい、家業を大きくしたいという気持ちが高まった田中さんは、県外への販売を強化すべく、2019年に株式会社ネイバーフッドとして農園を法人化します。台湾の青果輸入業者とつながりを作り、糖度センサーや専用冷蔵庫の整備といった設備投資も行って、着々と輸出に向けて準備を進めていきました。そんな中でも課題となったのは、世界一厳しいと言われる残留農薬検査と、輸出量の確保でした。
「わかりやすく言うと、日本の基準値を10とした場合、台湾の基準値は1というくらい残留農薬に厳しいんです。たまたま宮崎に世界最速で残留農薬を検査できるパートナーがいて、適切に農薬を使えば収穫に向けて検出値が下がっていく、輸出できるはずだとお墨付きをいただきました。
また、輸出となると毎週6トンの出荷が求められます。6トンというと、中型バス程の大きさの20フィートコンテナ1本分くらいの量になります。その量を毎週確保するには、うちみたいな小さな農家だけではまかなえないので、全く新しいやり方を考えなければなりません。
これまで何十年も取引をしてきた市場に卸すのをやめ、近隣のみかん農家で生産されたものを取りまとめることで、輸出量を確保しました。品質を保つために、選果もこちらで引き受けています。2022年には畑を拡張し、新たに5400本の苗木を植えて、更なる輸出拡大を目指しているところです」
更に、全国の生産者にも声をかけ、県をまたいだ輸出産地リレーを行うことで、一番おいしい時期のみかんを長く輸出できるようにする体制を構築中です。
「現在、福岡、熊本、長崎、佐賀の25~26軒の生産者と取引をしています。今後は出荷時期が九州よりもやや遅い和歌山や静岡の生産者も巻き込んでいきたいと思っています」
立ちはだかる新たな障害も、地道に超えていく。輸出事業に取り組むことで高まった視座
数々の障害もなんとかクリアし、初年度となる2020年は30トン輸出することができました。
「毎週山積みの段ボールでどーんと運んでいるのを見ると、事業をやってるなという実感がもてて爽快でしたね。初年度の売上全体に対する輸出事業の比率は60%を超え、ほぼ輸出商社と言っていいような成果を上げることができたのですが、一方で急激に伸ばした弊害もありました。」
みかん輸出の様子
「2021〜2022年は廃棄率が13〜14%にもなったんです。業界としては当たり前の数字ということですが、僕達にとっては小さくない数字です。取引先よりロス分を補填してくれということで、2022年は年間で380万円を補填しました。
輸入業者には、段ボールの中にかびたみかんが1個でもあると全部捨ててもいいという法律があるので、廃棄させられる場合もあります。驚かれるかもしれませんが、LINEで『かび多い。輸入できない。廃棄。』というメッセージ3行で廃棄されてしまったこともありました。」
その後輸出のあらゆる工程を見直し、輸送コンテナの温度管理や青果の鮮度保持に関する研究を重ね、直接貿易を開始した2023年には廃棄率を1%にまで減らすことができました。
「輸出はブラックボックスと言われますが、補填問題等痛い目に遭いながらも自分達でやってみたことで経験値が上がりました。商社にまかせれば一定のリスクを負ってもらえますし、煩雑な手続き等もなくて楽かもしれませんが、それだと出荷先が県内の市場から輸出商社に変わるだけで、農家の経験値にならないし、手元に残る収益も大きくは変わりません。
輸出に取り組む過程で、鮮度保持に残留農薬、それぞれのプロをチームに引き入れ、大体のことが解決できるようになりましたし、青果物輸出のアドバイスができるようにもなりました。今後は生産者から通常よりも高い価格でみかんを買い取ったり、他県の生産者との連携を広げたり、みかん農家の収益アップに貢献しながら、青果の輸出商社としての取り組みを更に強化していきたいです」
フィールドワークの参加者は、目標に向けて淡々と自分達の手で物事を前に進めていく田中さんの姿勢に圧倒された様子でした。
ローカルリーダーズミーティングでは、他にも全国の自治体や中間支援組織の参考になるような事例の紹介やディスカッションが多く行われています。気になる方は関連リンクよりまとめ記事をご覧ください。
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