この春より、特定非営利活動法人エティック(ETIC.)による「子どもの未来のための協働促進助成事業」における実行団体への助成・伴走支援が始まります。この事業は児童虐待、子どもの貧困、いじめ、教育格差、子どもの自殺など子どもやその家族を取り巻く不条理な課題の解決、そういった不条理が生まれにくい土壌をつくる予防的取り組みや、背景にある複雑な構造そのものを変えようとする取り組みを支援するものです。
一方、事業開始の矢先、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、感染拡大防止のためのロックダウン、学校閉鎖などの措置が取られ、児童の生活環境や心身への悪影響が懸念される事態が発生しています。
こうした状況下で、デロイト トーマツ コンサルティングは子ども支援の領域に関する2つの調査を実施しました。一つは新型コロナウイルス感染症に関連して海外で実施されている子ども支援施策の現状調査、もう一つは「子どもの不条理」を取り巻く因果関係を紐解き、具体的な支援の方向性を検討するための調査です。
これらの調査結果は本助成事業の今後の活動においても重要なインプットにつながるものであり、ETIC.との共同執筆のもと、3回に渡りご紹介していきます。
第1回となる今回は、まず直近の新型コロナウイルス感染症流行を受けた海外各国の子ども支援施策に関する調査結果をご紹介します。
この記事を書いた デロイト トーマツ コンサルティング Social Impact Office のプロフィール
国際的なビジネスプロフェッショナル・ネットワークであるデロイトの一員として日本におけるコンサルティングサービスを展開するデロイト トーマツ コンサルティングにおいて社会課題解決を推進するチーム。多様なバックグラウンドをもつメンバーがビジネスコンサルティングの専門知を生かし、「経済合理性のリ・デザイン」を活動コンセプトとしてNPO/NGOや企業・行政との連携を通じた課題解決活動に注力。
世界的なパンデミックの中で脅かされる子どもの人権(デロイト調査レポートより)
2020年5月末現在、日本国内では緊急事態宣言は解除されたものの、世界的には新型コロナウイルス感染症の流行の勢いは未だ衰えを見せておらず、また、国内外問わず終息までには長い時間を要するものと見込まれます。
これまでに生じてきた経済活動の停滞による生活の困窮、ロックダウンや学校閉鎖といった感染拡大防止対策による社会からの隔離は、不十分な食事や暴力による被害、精神的なストレスなど、家庭内で弱い立場にある子どもの生育環境に悪影響を及ぼしやすいことが指摘されています。
学校閉鎖に伴うオンライン授業の導入が各国で進められてきましたが、所得の低い世帯などでは、必ずしもPCやインターネットなどの環境が整っていないことも多いのが現状です。一部の子どもが教育を受ける機会を喪失し、取り残されてしまう懸念があります。
このように、感染症の大規模な流行は「貧困」「DV/虐待被害」「精神的ストレス」「教育機会の喪失」など、子どもにとって理不尽な苦痛や困難につながるおそれがあります。このため、こういった「子どもの不条理」への危機感を共有する各国では、中央政府、地方自治体、民間企業、ソーシャルセクターにより様々な形で支援が提供されています。
主要国の施策について、以下3つのカテゴリごとに取り組み事例をまとめました。
1.子どもの「貧困」を防ぐための資金・食事の援助
2.「DV/虐待被害」や「精神的ストレス」に対するサポートの拡充
3.「教育機会の喪失」を防ぐためのオンライン端末・環境の提供
1.子どもの「貧困」を防ぐための資金・食事の援助
経済活動が停滞する中で、親の所得低下による育児環境の悪化を防止するための資金援助や、学校閉鎖による給食の停止で深刻な影響を受ける低所得世帯への食事提供などの取り組みが各国で進められています。
〈1.1. ドイツ:子育て世帯を迅速に支援するための緊急資金援助〉
ドイツ政府は、低所得の子育て世帯に生活資金を補助する仕組みを設けています。既存の補助制度をベースにしつつ、通常は所得証明が過去6か月分必要となる所を前月分のみで申請可能とし、さらに資産証明を原則不要とするなど、暫定的に手続きの迅速化を図っています。支給上限は月額185ユーロ(約22,000円)で、2020年9月までの期間限定措置となっています。
〈1.2. アメリカ・イギリス等:学校閉鎖中の子どもの食事を支える食品チケット支給〉
アメリカ合衆国連邦政府は、3月末に新たな法律を採択し、学校閉鎖中の食品購入支援策(Pandemic-EBT※)を盛り込みました。これは、給食費の減免措置を受けていた低所得世帯の子どもが、学校閉鎖中も変わらず食事の支援を受けることができるように、州政府が無料または格安で食品購入チケットを提供できる仕組みです。現在、22の州政府でこの仕組みを活用した支援が行われています。
同様の支援はヨーロッパでも行われています。イギリス政府は、低所得世帯の子ども1人につき、15ポンド(約2000円)/週の食品購入チケットを学校から支給できる仕組みを設けています。また、フランスのBrest市では、地方自治体が独自に食品購入チケットを支給する取り組みが見られます。
※EBT:Electronic Benefit Transferの略称。電磁カードに食品購入チケット/ポイントが支給され、食料品店で使用することができる仕組み。
〈1.3.アメリカ:民間企業やNPOによる大規模かつ継続的なFree Foodの提供〉
アメリカでは、民間企業やNPOによる子どもに対する無償での食料品(Free Food)の提供が行われています。飲料メーカーのペプシコ社は、政府やNPOと連携し、学校閉鎖で給食が食べられない郊外の子どもたちに対し、週に100万食もの食事を提供しています。アメリカを代表する自動車メーカーであるフォード社も、学校閉鎖中に子どもに対してFree Foodを届けるデリバリーサービスをNPOと連携して行っています。
アメリカで子どもの飢餓撲滅の活動を展開しているNPO団体「Share Our Strength」は、約1,100万ドル(約11.8億円)の寄付を集め、全米454の学校・地域に食事支援の資金援助をしています。この援助により、1日あたり4,500万食分もの食事が無料で子どもたちに提供されています。
2.「DV/虐待被害」や「精神的ストレス」に対するサポートの拡充
DVや虐待に関する相談件数が急増するなど、各国でリスクの深刻化が認識されており、ソーシャルワーカーや相談ホットラインの体制強化、新たな緊急通報の仕組みの整備などが進められています。
〈2-1. アメリカ・カリフォルニア州:児童虐待に特化した多角的な防止策の実施〉
アメリカでは毎年4月を「児童虐待防止月間」としていますが、カリフォルニア州は新型コロナウイルス感染症の影響拡大を受け、本年4月に4,200万ドル(約45億円)を投じた児童虐待防止策を発表しました。その内容は、要支援世帯への資金援助、ソーシャルワーカーの体制充実、相談ホットラインの拡充、その他物的支援など多岐にわたっています。
〈2-2. フランス:SMSを活用した児童虐待/DV通報システムの開始〉
フランス政府は、都市封鎖が実施される中、児童虐待/DVに関する通報が急増している現状に対処するため、SMS(ショートメッセージサービス)による警察への緊急通報システムを期間限定で構築しています。これにより、被害者が警察に通報するハードルが下がり、被害の早期把握・支援が可能となります。システム整備とともに、政府は、深刻化するDV防止のための監視・対応強化を警察に指示しています。
〈2-3. ドイツ:大手小売りチェーン8社と連携した全国的なDV防止キャンペーン〉
ドイツ政府は、DV被害に関するカウンセリング・支援機関の紹介・情報提供などを行っている既存のマルチセクター連携の取り組みについて、活動内容を周知するキャンペーンを4月末から実施しています。国内食料品小売りチェーン大手8社を巻き込み、全国2万6000店舗に一斉にポスターを掲示して、被害の相談や情報提供を呼び掛けています。
〈2-4. 韓国:児童保護施設で生活する子どもへのメンタルヘルスケアの提供〉
韓国政府は、児童養護施設で生活し、感染症に対する不安や虐待などにより精神的に不安定となった子ども1,200人に対し、メンタルヘルスチェックやリハビリ治療を行っています。費用の1.6億円は、宝くじ基金を活用しています。
〈2-5. アメリカ:NGOによる子どもケア業務従事者向けの虐待防止セミナー〉
アメリカで乳幼児育成支援の取り組みを進めているNGO「Zero to Three」は、児童虐待への具体的な対処方法をレクチャーするオンラインセミナーを提供しています。セミナーの内容は、臨床医、家庭訪問員、児童福祉担当者など、子どものケアに携わるセクターごとに個別に作成されており、実務的・実践的なアドバイスを提供しています。
3.「教育機会の喪失」を防ぐためのオンライン端末・環境の提供
低所得世帯の子どもであっても平等にオンライン授業を受けることができるよう、PCやタブレット、その他インターネットアクセスに必要な環境を提供する支援が、各国の政府や民間企業、NPO間に広がっています。
〈3-1. イギリス・イタリア:経済的に不利な子どもに対するPCなどの無償貸与〉
イギリス政府は、学校閉鎖中、経済状況や生活環境に様々なハンディキャップを抱える子どもに対し、全国の地方自治体や学校法人からPC・タブレットなどを貸し出す制度を設けています。イタリアでも、7,000万ユーロ(約82億円)の予算を措置し、低所得世帯の子どもに対して国がPCを貸与する取り組みを行っており、子どもの教育機会を担保する仕組みが整えられています。
〈3-2. 韓国:テレビで誰もが視聴できる無料講義の提供〉
韓国政府は、管理下にある教育専用テレビチャンネル(EBS)を活用し、小学校~高校の生徒を対象とした臨時の無料講義を放送しています。これにより、テレビさえあれば、誰もが自宅で必要な教育を受けることが可能となっています。
〈3-3. アメリカ:グローバル企業から地元のパブリックスクールへのPC寄贈〉
アメリカでは、EC等を運営するIT大手のAmazonが、本社所在地であるシアトルのパブリックスクールで、PCを所有していない学生に対し8,200台ものPCを寄贈しています。さらに、この取り組みがきっかけとなり、シアトルパブリックスクールとNGO「Alliance for Education」が寄付を募り、学生に対するPC等の無償貸与や教師に対するオンライン授業用トレーニングなどを行う基金「Education Equity Fund」を創設しました。
〈3-4. シンガポール:NPOによる低所得世帯の子どもへの中古PCの無償提供〉
シンガポールでIT系のプロボノ活動を行っているNPO「SGBono」は、低所得世帯の子どもに対して無償でPCを数百台提供しました。さらに、提供するPCがなくなっても取り組みを止めず、中古PCの提供を市民に広く呼びかけながら、より多くの子どものPC環境を整えるための活動を行っています。
このように、世界では新型コロナウイルス感染症がもたらす子どもへの被害に対し、官民・ソーシャルセクターを問わず様々な支援の枠組みが作られ、活動が推進されています。対策の必要性・緊急性は国内の感染状況や経済状況により異なりますが、国内の既存施策に加え、実施もしくは強化すべき取り組みがないか、他国の例に学びつつ検討を重ねていく必要があります。
次回記事「子どもにまつわる不条理な課題を改善するには?―海外における子ども支援事例から考える」では、「子どもの未来のための協働促進助成事業」実施にあたり子ども支援の領域に対する理解を深めるため、デロイト トーマツ コンサルティングが実施したもう一つの調査の結果をご紹介します。この調査では、「子どもの不条理」をキーワードに、有識者インタビューや国内外の事例調査を行いました。
日本における子ども支援の実態を網羅的に把握するとともに、新しい切り口で見直すきっかけにすべく、調査結果とそこから得られた示唆をご紹介していきます。
【第2部】
>> 子どもにまつわる不条理な課題を改善するには?―海外における子ども支援事例から考える
【第3部】
>> “「子どもの不条理」解決マップ”で整理する、国内企業による子ども支援の現状
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