東日本大震災から10年の節目を迎えるにあたって、日米社会起業家の対談企画を3回にわたってお届けします。
NPO法人ETIC.(エティック)では、2013年から3年間、ジャパン・ソサエティーと協働し、東北の社会起業家たちと、2005年にハリケーン・カトリーナにより甚大な被害を受けたニューオーリンズをはじめとする、災害や経済危機からの復興に取り組んできた米国の社会起業家たちとの交流プログラムを実施してきました。
ハリケーン・カトリーナにより甚大な被害を受けたニューオーリンズ
第1回は、原発事故により一時は避難指示区域となった福島県南相馬市小高(おだか)区でシェアオフィス事業に取り組む和田智行さんと、アメリカ・ニューオーリンズでベンチャーのインキュベーション事業を手がける、プロペラ共同創業者のアンドレア・チェンさんの対談です。
和田さんは、まだ避難区域に指定されていた2014年から小高区を拠点とした事業に取り組んできました。当時は宿泊もできず、日中除染や工事をしに来る人はいても、能動的に小高区に来る人がいない中で、コワーキングオフィス事業や食堂をスタートしたのです。続いて2015年には東町エンガワ商店をオープンさせた他、HARIOランプワークファクトリー小高というガラス工房を作って雇用を創出するなど、歩みを止めることなく次々と事業を成功させ、多くの起業家達が集まるエリアづくりに邁進しています。
そんな和田さんが、2015年のニューオーリンズ訪問以来6年ぶりに、チェンさんとオンライン上で再会します。お二人に、「復興における起業家育成の意味、起業家が育つ環境づくり」について語っていただきました。(文中敬称略)
和田 智行(わだ・ともゆき)/株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役
福島県南相馬市出身。大学入学を機に上京し、ITベンチャーに就職。2005年南相馬市にUターンし、リモートワークを開始した。東日本大震災の際は自宅が警戒区域に指定され、家族とともに会津若松市に避難。2014年5月、避難区域初のシェアオフィス「小高ワーカーズベース」事業を開始した他、震災後の小高区初となる食堂「おだかのひるごはん」や仮設スーパー「東町エンガワ商店」をオープン。
Andrea Chen(アンドレア・チェン)/プロペラ共同創業者(エグゼクティブ・ディレクター)
高校の英語教師として働き始め、ニューオーリンズ大学で教師のトレーニングを行っていた。その後、ルイジアナのチャーター・スクール協会で500万ドル規模のチャーター・スクール創設基金の運用を管理し、市場金利以下の150万ドルのローン・ファンドの創設も手掛けた。ニューオーリンズでは影響力のある若手の人材として知名度も高く、世界経済フォーラムが組織するグローバルシェイパーズの1人でもある。スタンフォード大学卒業後、ハーバード・教育学大学院、ニューオーリンズ大学でも学位取得。ダーツマス大学のビジネススクールの研修プログラム修了。
起業家達とともに、災害からの復興を目指す
和田:ニューオーリンズを訪問しての最大の学びは、災害によってダメージを受けたまちがそれ以前よりもエキサイティングなまちに生まれ変わっていたところでした。プロペラのような新しい事業を育てる存在がいて、起業家が集まる仕組みがあって、次々と事業が生まれる生態系ができていたと思います。
2015年の訪問当時、僕が事業に着手していた小高区は避難指示により人が住めなかったのですが、ニューオーリンズのように多くの起業家の力を借りながら、一緒に地域課題を解決しうる事業を創っていきたいと感じました。
そこで始めたのが起業家の誘致です。南相馬の資源や課題に沿った事業に取り組みたいという方を全国から募集して、拠点となる簡易宿所付コワーキングスペース「小高パイオニアヴィレッジ」や、工房をつくりました。
避難指示は2016年7月に解除されました。僕が住む小高区にはこれまでに約3,700人程の住民が戻ってきている中、こういった施設では起業家だけではなく、学生や若い世代も活動しています。コワーキングスペースの会員は75名程いますが、その中から10名程の起業者も生まれました。彼らと一緒に、南相馬を震災前よりも魅力的なまちにしていきたいです。
チェン:すばらしい取組ですね。オフィスも素敵で、私もぜひ行ってみたいです。宿泊施設が併設されているというのもいいアイデアだと思います。次の5年間はどういったことに挑戦したいですか?
和田:小高区は様々な事情で、新しくやってくる人達向けの住宅確保が困難な状況でした。そこでゲストハウスを併設したんです。
今は様々な地域課題の解決が僕らに集中して求められている状況なので、今いる起業家のみなさんの事業を軌道に乗せて、5年後に向けてプレイヤーを増やしていきたいですね。
チェン:ところで、コワーキングスペース設置の資金はどうやって確保したんですか?
和田:日本財団からの助成金や、クラウドファンディング、自己資金でまかないました。
建物は新築なんですが、実家の解体跡地を活用して、若手建築家に協力してもらいながら、僕らのビジョンを形にしてもらいました。事業が10年続かないと助成金を出せないといった制約もあったので、コワーキングスペース事業でいかに収益を上げていくか、ビジネスモデルの構築に苦労しましたね。構想から実現までには3年近くかかっています。
居住者ゼロを経験したからこそ、チャレンジングな人が集う
チェン:地域の方々がこのプロジェクトをどう思っているのかが気になります。
和田:南相馬に戻ってきている住民の半数は高齢者です。そのような中で、いかに若者を帰還させるか、移住してもらうかが地域の中でも大きなテーマだったので、若手移住者を引きつけている僕たちのプロジェクトはとても好意的に受け止められています。例えば小高区内のカフェは、震災前よりも多くなっているんですよ。避難区域となり、一度ゼロになった小高区は、最もチャレンジングな人達が集まるエリアだと思います。
チェン:まちの人口が元のレベルに戻ることは可能でしょうか?小高区出身の若手Uターン者や移住者が、どんなアイデアをもっているのかも知りたいです。
和田:元々小高区には1万3千人弱住んでいたんですが、元の人口に戻るというのは不可能だと思います。最大限回復したとしても4,000人程度ではないでしょうか。ちなみに現在小高に住んでいる3,700人のうち、600人程は震災後に移住してきた方々です。
若者はUターン・Iターンどちらもいます。僕の会社のスタッフはみんなUターンで、震災を受けてふるさとに対して何かしたいという思いで戻ってきているケースが多いですね。起業家はIターンが多くなっています。南相馬の名前にもある通りこの地域には馬事文化が根付いているんですが、馬を活用したビジネスや、バーを併設した醸造所、高齢者向けの訪問型アロマセラピー、サーフィンビジネス等、多様な事業が生まれています。デザイナーなどクリエイティブ職の方の移住も目立ちます。
チェン:起業家のみなさんは何にひかれて小高区に来るのでしょう?彼らのビジネスを継続的なものにするために、和田さんはどのようなサポートを心がけていますか?
和田:小高では、国の制度を活用して3年間は活動費を提供できるような環境を整えています。その間にビジネスモデルをうまく回せるよう、しっかりとサポートに入ったり、移住者と地域をつないだりしています。特に、移住者の心理的な安全性が担保されるようなコミュニティ作りには力を入れています。
あとは、東京のコミュニティと地域の起業家をつないだり、僕らとつながりの深いベンチャーキャピタルの方に紹介したり、民間の投資を受けやすいような環境作りにも最近着手しました。
そして小高区ならではの特殊な環境ですが、人がいなくなってしまったからこそスタートしやすいというのもあると思います。競合が少なく、応援してくれる土壌がある。課題がたくさんあるということは、ビジネスの種もたくさんあるということです。モノやサービスが飽和している都市ではなく、僕らみたいな課題がたくさんある地域で、課題をビジネスにしていくことを楽しみたい。そんな人達がこのまちにひきつけられているんだと思います。
コロナ禍でもピンチをチャンスに。レジリエンスのある地域へ
チェン:大変すばらしい取組です。ちなみにコロナ禍ではどのような影響がありましたか?ニューオーリンズでも、政府の支援を受けている企業でさえ困難な状況が続きました。日本政府からの支援はあるのでしょうか?
和田:国の支援は飲食店や食品の卸売業等、業種が非常に限られています。例えば先ほどの訪問型アロマテラピー事業をしている方は、メイン顧客が高齢者でサービスもストップせざるをえない状況ですが、十分な支援があるとは言えません。アロマオイルの販売に注力するなど、形態を変えながら試行錯誤しているところです。
一方で小高区のような人がいなくなったエリアは都市よりも感染リスクが低いので、それを活かしてリモートワーク場所として、都市部の新たな顧客を開拓していきたいと思っています。
チェン:ピンチをチャンスに変える前向きな姿勢が本当にすばらしいです。小高区の取組、ニューオーリンズの仲間にも共有させてもらいますね。
6年が経ち、和田さんを始めニューオーリンズに来てくださったみなさんが、それぞれのコミュニティで希望をもたらすような活動を続けてこられたという報告を聞けて、本当にうれしく思っています。ニューオーリンズの取組が少しでもみなさんの参考になっていれば光栄です。コロナ禍が収束したら、ぜひ小高区のインキュベーション機能とコワーキングスペースを見に伺わせてください。
和田:ニューオーリンズでは起業家の力で地域がよくなっていることを目の当たりにしたので、自分達の地域でもそういう動きを作っていきたいと思ってきました。「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というのが僕らのミッションです。ミッションの通り、事業を起こしていく人が地域に当たり前に存在している環境にしていきたいです。それが、今回のパンデミックのような大変な状況や、変化の激しい時代の中でも、持続可能な地域を作っていく力になると信じています。僕もコロナが落ち着いたらまた改めてニューオーリンズに行きたいです。アンドレアさん、今日はありがとうございました。
動画で見る和田智行さんとアンドレア・チェンさんの対談はこちら
※本対談企画は、ジャパン・ソサエティーが震災翌日に設立した震災基金の支援を受けて実施しています。
3月10日(水)には、NPO法人ETIC.と、ジャパン・ソサエティーの共催にてオンラインシンポジウム「東日本大震災10年 日米シンポジウム:レジリエンスと復興」を行います。東日本大震災10年を迎える東北、ハリケーンカトリーナの水害から15年を迎えたアメリカ・ニューオーリンズ、そしてコロナ禍の今。大災害やパンデミックに対するレジリエンスについて東北と日米両国の実践者や専門家が集まり意見交換をします。詳細はこちらをご覧ください。
NPO法人ETIC.では、未来をつくる人の挑戦を支える寄付を募集しています。
Facebookページ「ローカルベンチャーラボ」、Twitter「ローカルベンチャーサミット」では、ここでご紹介したような地方でのチャレンジに関する情報を日々お届けしています。ぜひチェックしてみてください。
【関連記事】
>> 災害復興はデータ活用で加速する~ジャパン・ソサエティー(NY)日米リーダー対談vol.2~
>> 「大きいもの」だけに頼らない、レジリエンスのある地域社会を目指して~ジャパン・ソサエティー(NY)日米リーダー対談vol.3~
>> 震災から8年。福島・南相馬で生まれつつある「第二世代の開拓者たち」のコミュニティとは
>> 「ハリケーンから10年、”起業のまち”と呼ばれるようになったニューオーリンズ」 ルイジアナ財団理事長 フロゼル・ダニエルス・ジュニアさん
あわせて読みたいオススメの記事
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
熱意の連鎖がサスティナブルな町をつくる。北海道厚真町役場のケース
#ローカルベンチャー