解決したい社会課題があり起業したものの、次の一手をどう打てばいいか悩んでいる……そんな起業家の方も多いのではないでしょうか。
そういった創業期の起業家の伴走支援を行う「社会起業塾イニシアティブ」は、今年度で20周年を迎えました。今回はそれを記念して、「〜 ビジネスプランをつくるその前に 〜 情熱を形づくる上で大事にしたいこと」と題し、NPO法人Chance For All代表理事の中山勇魚さんと一般社団法人マツリズム代表理事・マツリテーターの大原学さんをお呼びしてイベントを開催しました。
Chance For Allの中山さんは「生まれ育った家庭や環境でその後の人生が左右されない社会の実現」をミッションに掲げ、学童保育の運営をされています。
複雑な家庭環境のため、18歳の頃には家族で夜逃げし、ウィークリーマンションを転々とするなどの経験をしました。大学の教育学部在学中にもっと大変な状況のこどもたちが多くいることに気づき、学童ボランティアなどを開始。大学卒業後は、一度ITベンチャー企業に就職してお金を貯め、NPO業界と関わらないまま29歳のときChance For Allを立ち上げました。
マツリズムの大原さんは「祭りの力で人と町を元気に」というミッションを掲げ、都市部の若者が地域の祭りに実際に参加できるツーリズム企画や減少する祭りの担い手の課題解決サポートをされています。
大原さん自身、大学に入学するも思ったより授業がつまらなかったことや、入ったサークルの飲み会が激しすぎたことなど、さまざまな出来事があり体調を崩してしまいました。そうして自信を失っているところ、友人から祭りに誘われ、行ってみることに。見ているだけのはずが巻き込まれて踊ってみると、「何に悩んでいたんだろう」と心が晴れ、祭りに救われた経験をしました。また、20代後半の時に四国のお遍路歩きを経験し、その時に訪れた限界集落を見て「こういうところを元気にしたい」とも思うように。
2016年、勤めていたNPO法人クロスフィールズを退職して独立し、マツリズムを立ち上げました。立ち上げた後もすぐに順風満帆だったわけではなく、さまざまな葛藤を経験しています。
今回はそんなお二人に、創業期の葛藤や悩みに向き合いながらも、どのように事業を作ってきたのか、さまざまな困難をどのように乗り越えてきたのかについて、たっぷり語っていただきました。
中山 勇魚 さん/NPO法人Chance For All 代表理事
早稲田大学教育学部卒業。 18才の時に家庭の事情で家族が夜逃げ。東京都内のホテルやウィークリーマンションを転々とする。環境によって人生が大きく変わってしまう経験を経て「 家庭や環境で人生が左右されないためにはどうしたらよいのか」 を考え始める。大学在学中に様々な環境のこどもたちや教育のあり方について学んだり、学童保育の指導員として現場で勤務する中で放課後の可能性に着目 。卒業後は保育系企業にて新規園の開発に従事。その後、 学童関係者とともに「こどものたちのための放課後」 を実現するための準備を開始し、2014年にCFAKidsを開校。 日本放課後児童指導員協会理事、教育総合研究所研究委員も務める。
大原学 さん 一般社団法人 マツリズム 代表理事 /マツリテーター
1983年神奈川県南足柄市生まれ。幼少期に「 将来はお神輿になりたい」と祭へ強い憧れを抱く。地元を出て早稲田大学に入学も大学デビューに失敗。落ち込んでいる時に祭と再会し、自信を取り戻す。米国留学時には200名以上の外国人にソーラン節の普及を行う。日本GE株式会社、NPO法人クロスフィールズにて法人営業・ 人材育成の仕事を経験した後、2016年に独立しマツリズムを法人化。祭りを通じて人と地域をつなぐ『マツリテーター』として、これまで全国30地域のべ100回以上の祭に参加、祭りの本質を体感するプログラムを5年間でのべ500名以上に対して提供している。
創業時だからこその葛藤や不安――乗り越えた「3つの壁」とは
中山さん(以下敬称略) : 僕から質問してもいいですか? いろんな人に祭りに関わってもらってちゃんと利益を上げるということもできると思うんですけど、お金もなくて事業にもなるかわからない過疎化している地域でなぜそこまで熱意を持って取り組めるんですか? 嫌になったりしないんですか?
NPO法人Chance For All代表理事の中山勇魚さん
大原さん(以下敬称略) : 嫌になったりしますよ。色々地域の現状とか聞いちゃうと考えちゃうじゃないですか。限界集落に行った時は高齢化が進んでいるので6人で祭りをやっているんですよ。僕が現れたら「この祭りをなんとかしてくれー!」って言われて。そんなの無理だし、かといってできないとも言えない。そしてリソースもない、アイデアもないしっていうところにハマっちゃうとキツくなりますよね。
――創業期だからこその大変さなどはありましたか?
大原 : 突破しなければならない壁が3つありました。1番大きかったのは父親の壁です。「君はそれを仕事にしたいのか?」という話をして朝3時ぐらいまでバトルですよ。結局最後は父親に言わずに会社をやめマツリズムを起業しました。今はすごく支援をしてくれています。
2番目がお金の壁ですね。会社を辞めた際、僕は150万円しかなかったんです。早めにSOS だと思ってまず家を引き払って弟の家に住みました。本当はダメなんですけど、健康保険も未加入で過ごしたり……。そして父親に借金もして、200万円くらいの資金で創業しました。
3番目が自信の壁です。本当にできるのかな?と感じていました。でも、クロスフィールズというNPOで、志と事業を両立させる組織の立ち上げを経験したので、勘違いでもあったんですけど、何かできるかもって思えました。
一般社団法人マツリズム代表理事・マツリテーターの大原学さん
中山 : 僕も家庭の事情で、起業したことを父親に言えなかったという葛藤がありました。僕が就職した時のIT企業は急成長していて、給料もよかったんです。僕は高校の時とかにちょっとグレて、色々問題とかを起こして学校に親が呼び出されたりということもあったから、「よかったな、お金稼げるようになって。安定したね」みたいに父親から言われました。両親をまた不安にさせてしまうのではないかと思って言えませんでした。
大原 : そんな葛藤があった中、なぜ事業を始めることができたんですか?
中山 : なんとかなると思うタイプで、リスクみたいなのはあまり感じてなくて。それには2つ理由があって、1つは子どもの頃からキャンプとボランティア活動に参加させてもらっていて、その中で新しい人と出会うなど、自分たちで考える機会がたくさんあったんです。本当に両親に感謝ですね。もう1つは、18歳の時に夜逃げを経験したのですが、そういうことがあると怖いものがなくなるというか、失敗しても命までは取られないと思うことがあって。その時、NPOの方々に助けてもらったように、他人なのに助けられた経験もあって、失敗しても大丈夫だろうと思えました。実際大変だったけどね。
採算が取れるからやるのか、創りたい社会や自分が目指すビジョンに根付いた事業をやるのか
――中山さんは学童保育をされていますが、事業の始まりとしては採算が取れるから始めたのか、それとも目指すビジョンに基づいて始めたのですか?
中山 : 僕は、学生時代にしていたボランティアで、めちゃくちゃ学童の可能性を感じたから、この事業から始めました。
当時、本当に友達が1人もいない4年生の男の子がいて、お友達のことをすぐ殴っちゃうんですよ。その子と毎日のように話し合いをしました。「お前そのままじゃやべーぞ!友達できねーぞ!」みたいな感じで。それで半年ぐらい経った頃、学童の中ではちょっとずつ遊べるようになってきたんですね。面談した時にお母さんが「うちの子、初めて休みの日に学校の友達と遊ぶ約束をしたんです」と言って泣いてたんですよ。この経験から、学童はすごく可能性があるなあと思ったんです。
もう1つは、僕たち「Chance For All」という名前の通り、お金がある子もない子も、発達障害などを抱えていても抱えていなくても、みんな同じ場所で誰もが過ごせる場所を作りたかったんです。このビジョンを達成するには、寄付してもらうビジネスモデルだと、貧困家庭の子や障害を持っている子だけになってしまう可能性が高いと思ったので、事業モデルにしました。
――創業時、どの事業から始めるかを決めることは、ビジネスでは解決できない課題に向き合っているからこそ、悩むポイントだと思います。そこに行き着くまでのプロセスももう少しお伺いできたらなと思いますが、大原さんはいかがですか?
大原 : 僕の場合は、はじめのまま「地域の中に混じって特別な体験ができるツーリズム」という形でやっていれば、もっとちゃんと稼げるモデルにできたんだろうとは思います。それを2014年8月に初めて行った時に、1人あたりの企画参加費として3万円くらい受け取っていました。ツーリズムの付加価値を高めれば事業として成功するだろうなと始めていました。
でも、実際に全国の祭りの現場を巡ってみて感じた、地域の祭りが衰退、なくなってしまうかもしれないという危機感に引っ張られたところはありました。その人たちの痛みに寄り添いたいと思ってしまったんです。過疎化の課題もありますが、そういうところにある「光」みたいなものを自分は見たいし、「光」を他の人にもみてもらいたい。こんなふうに、これは事業なのかボランティアなのか迷走していましたね。そういう時期に社会起業塾と出会いました。
事業にフルコミットすることがいいとは限らない
――事業に関して参加者の方から質問がきています。
参加者 : 自分で事業しつつバイトもしているのですが、生活が不安定になるのが怖くてなかなか事業にコミットすることができていません。フルコミットする踏ん切りがつかない私に何か助言があればいただきたいです。
大原 : それぞれの状況にもよるので必ずしもフルコミットすることがいいとは言い切れませんね。フルコミットに踏ん切りがつかないのはそれなりの理由があると思います。それが経済的理由なのか、仲間からの応援が足りないからなのか、親との関係のことなのかわかりませんが、ご自身の中で大切な理由だと思います。フルコミットしようと思った時、僕の場合は、これからのことを逆算して考えました。儲からないビジネスや事業ほど年を重ねたらもっと儲からなくなると思っていたので、やるならとりあえずやっちゃおうと活動をスタートしました。
中山 : そうですね。フルコミットで活動している人だけではなく、それこそ学生もいれば、結婚して家庭を持ちながら続けている人もいるし、いろんな人がいます。大原さんが言った通り、現時点でフルコミットすることだけが正解ではないかもしれません。社会起業塾にも色々な人がいますよね。子どもがいて自分だけで家庭を支えているのにフルコミットして収入ゼロだったらそれは迷惑をかけているので違うかもしれない。もし自分が若くて、自分だけで飯を食えればいいのであればそれはチャンスかもしれないし。
僕は何とかなると思い始めて実際に何とかならなくて、職員の給料だけは払うために給料日にサラ金に行き、そこで借りた金で給料払ったみたいなこともありました。でも、始める前には事業の細かい計算をして学童保育から始めました。学童の一校舎30人の定員が埋まれば、その後黒字になるという計算です。その後はとにかく自分たちが理想だと考える子どもたちのための場所、子どもたちが楽しんで成長する場所をつくることに全力を注ぎました。そうすれば、勝手に通う子が増えて、やがてお金のことを考えなくても黒字になるだろう、と。そうでないと、自分が目指す最高の状態になったのに赤字になるとやっぱり継続は難しいと思います。
卒塾した後も社会起業塾が続いている感覚がある
――最後に、お二人にとって創業期の一時期を過ごした社会起業塾がどんな場だったかお聞きできますか?
大原 : 卒塾した後も社会起業塾が続いているような感覚がありますね。あの時に投げられた球(問いかけ)って、すごく重い球が多かったなという印象です。すぐに答えが出せるものでもない。問い続けることが大事だということを教わった気がしています。今でも社会起業塾で言われた言葉がとても心に残っています。ある意味、今この場も創業期のことを振り返る機会になり、社会起業塾という機会に参加させてもらったという感覚です。自分なりにこれからも頑張っていきますのでお互い健康には気をつけながら頑張りましょう。
中山 :僕も社会起業塾が続いている感覚って本当にそうだなあと思いました。知識や経営の具体的な手法を教わる場所ではなく、問いを投げかけられる場所だと思います。あんなに悩んだり、自分と向き合うことはなかったですね。その過程で自分が変わったという感覚がすごく財産だと思っています。
Chance For Allは、活動が始まった時は子どもたちが環境によって左右されないように勉強を教えたり能力を身に付けてもらって苦難を乗り越えてもらおうと考えていました。それが2段階ぐらい変わっていって、最近は「幸福なくして教育なし」って言っています。自分たちをある意味否定して次の段階に進めたというのは、やっぱり起業塾で自分と向き合う大変な時間があったからだろうと思っています。
また、大原さんみたいな面白い人がたくさんいるので、刺激を受けます。いろんな事業をやっている人がいて、ヒントや気づきを得られると思っていて、そういうコミュニティみたいなものに触れられたことがすごく自分にとってありがたかったと思っています。今日はありがとうございました。
< 編集後記 >
想いを持って社会に向き合っているからこそ、「事業をしていて嫌になることもある」など、起業をしてチャレンジされている方々のリアルなお話を聞くことができ、改めて起業家の皆さんも一人の人間なんだなと感じる機会でした。嫌なことなどありつつも、答えのない問いに向き合いながら事業をしていらっしゃるお二人にとても魅力を感じました!
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【社会起業塾20周年イベントレポート②】はこちら
>> 創業期にやってよかったこと、やらないほうがよかったことは? NPOだからこそできる事業戦略や大事にしたい考え方【社会起業塾20周年イベントレポート②】
【社会起業塾公式サイト】はこちら
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