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政府系機関→40歳を過ぎて未経験のワイン業界で起業。「自分の選択に後悔はない」と、株式会社テッレ 武尾さんが言い切る訳

2022.09.16 

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長く築いてきたキャリアを手放し、新しい世界で自分の道を創る。

 

こうしたチャレンジを始めた人がいます。株式会社テッレの代表、武尾昭秀(たけお・あきひで)さんです。

 

武尾さんは、大学院を卒業後、開発途上国に向けた国際協力の事業を展開する独立行政法人 国際協力機構(JICA)に入職し、その後、日本政府観光局に転職。準公務員の立場で、海外を舞台に活躍してきたそのキャリアに一旦ピリオドを打ち、42歳の時、まったく異業種のワインビジネスで起業しました。

 

経験を活かすのではなく、ゼロから新しくキャリアを積み上げる選択をした武尾さんを突き動かしたのは、「自分のやりたいことに正直に生きたい」という思いでした。

 

自分の思いをベースに始めたまっさらなキャリアは、人生をどう豊かにしていくのでしょうか。起業から1年たった今、武尾さんは自身の働き方や生き方をどう見ているのか、新しいスタートを切った当時の思いやキャリアを振り返っていただきました。

 

聞き手 : 佐々木健介、小泉愛子(「Action for Transition」運営メンバー)

 

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武尾昭秀(たけお・あきひで)さん/株式会社テッレ代表取締役

1979年、東京都出身。湘南エリア在住。大学院卒業後、国際協力機構(JICA)と日本政府観光局(JNTO)勤務を経て、2021年6月に株式会社テッレを設立。ワインの輸入販売ショップを立ち上げる。趣味はトライアスロンとジャズギター。朝、海で泳ぐことと太陽の下で家族や仲間とのんびりワインを飲むことが至福の時間。好きなワインは「プリミティーヴォ!」。ワイン関連の資格:WSET Level3。

苦しい時間が自分を凝り固まった価値観から解放させた

 

佐々木 : 武尾さんは、2021年6月、ワイン事業を主軸にした株式会社テッレを設立しました。今、武尾さんご自身は、自分の起業についてどう感じていますか?

 

武尾さん(以下敬称略) : 最初は、計画的に起業する予定でした。でも、昔から一度「やりたい」と思うと止められないところがあって、「自分がやりたい事業に100%力を注ぐためにまず会社を辞めよう」と、前職を退職しました。そうしたら、コロナ禍で、起業したくてもできない状態が数年続いたのですが、今思うと、その時間は固定観念を捨てるために必要な経験になりました。

 

新卒から15年間、ずっとサラリーマンとして働いていた自分の根底には、「毎日職場に通って仕事をしなければ人としてダメだ」という考えがあったと思うんです。

 

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でも、実際、退職してから起業するまでの数年間は、職場に通うどころか、まだ形にもなっていないワインの事業がただ一つ目の前にあるだけ。ビジネスの計画や準備を進めながら、ほぼ毎日、近所のスポーツクラブに通っていました。午後2時~3時くらいに行って、ひたすら泳ぐんです。お年寄りに囲まれながら。

 

思い切り泳いだ後はサウナに入って帰宅する毎日で、最初の頃は、「確たる収入も未来もないのに、こんなことをしていていいのかな」と不安でした。でも、続けていくと、「生き方は何通りでもあるし、今の自分の生き方も悪くないんじゃないか」と思えるようになったんです。

 

佐々木 : 起業の準備期間は、自分がもっていた価値観から解放される時間になったんですね。武尾さんは、起業する前の2019年、ゼロからプロダクト作りや販促を学ぶETIC.(以下エティック)主催の実践型プログラム「774」にも参加してくれましたが、タイミングとしてはいつ頃ですか?

 

武尾 : 前職に退職を申し出た直後でした。起業を思い立ったのは、ロンドンの駐在時代に多様な人の価値観や生き方に触れた影響が大きくて、みんなとても楽しそうだったんです。僕自身、自分で仕事や人生を創る生き方にすごく興味を持って、起業を決意し退職届けを提出した後に、エティックのプログラムに参加しました。

 

最初は、キャリアを活かして、旅行者向けのサービスで起業をしたいと思っていました。でも、コロナ禍の影響で断念しました。

 

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ただ、もう一つ、好きなワインをビジネスにしたいという思いもあったので軌道修正して、事業の軸をワインに絞りました。

 

といっても、あの頃はコロナ禍で人の移動ができなくなっていたので、ワイン生産者に会いに行くこともできないまま2年が過ぎてしまいました。だから、その間、日本でワインスクールに通ってワインの資格を取得したり、ワインの勉強を基礎から学び直したりしていました。ワインを深く知る機会にはなりましたが、なかなか思うように準備が進められなかった数年でしたね。

日本でまだ知られてない希少価値の高いワインだけを扱う

 

佐々木 : 事業の特徴を教えてください。

 

武尾 : イタリア・プーリア州の小規模生産者が作る高品質なワインと、スペイン・バスク地方の海底熟成ワインを専門に輸入・販売しています。

 

大きな特徴は、日本ではまだ流通していない希少価値の高い良質なワインだけを取り扱っていることです。現在、プーリア州のワインは、ECのほか、レストランでも購入いただいています。珍しいワインなので価格帯は安くはないですが、純粋に「美味しい」と言ってくださることが多く、他での取り扱いがないことも珍しがってくれて、問い合わせや契約につながっています。

 

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株式会社テッレが運営するワイン専門ショップ「Wine Shop Terre(ワインショップ テッレ)」

 

佐々木 : 売れ筋はどんな商品ですか?

 

武尾 : フランスとスペインの間にあるビスケー湾の海底に沈めて熟成させた「バスク海底熟成ワイン」も扱っているのですが、ギフト需要が高いです。最近、日本でも徐々に知られるようになって、情報番組で紹介された時には注文が殺到しました。これからもっと注目されると思っています。

 

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サステナブル商品としての人気も高い「バスク海底熟成ワイン」

 

ワインが沈められるプレンツィア湾の海底には1000種類以上の海洋生物がいるといわれていますが、それらが生息できるように魚の住みかとしてもワインセラーを海底に沈めています。こうした取り組みは豊かな海洋生物の生態系保存にもつながっていて、クルーソー・トレジャー(ワイナリー)はプラスティックの削減など環境保全にも熱心なので、海底熟成ワインは、魚との共生を意識したサステナブルな商品としても知られているんです。

 

佐々木 : 事業の売り上げ状況はいかがですか?

 

武尾 : 今はまだスタートして1年なので目標額は達成できていません。認知拡大のためにできることをしている段階です。我慢の時期ですね。

 

佐々木 : 前職までとは異なる業種で、最初から販売ルートを作っていく必要があると思いますが、どんなふうに開拓していますか?

 

武尾 : 仕入れ先の開拓は、ダメもとで気になったワイナリーに直接連絡しています。まだ日本に知られていないワインを見つけるのは宝探しのような感覚です。営業は苦手で人脈もゼロですが、日本のレストランなどにも直接アポを入れて、ワインを味わってもらうことから始めています。ワイン業界に関しては未経験なので、実践しながら自分に合ったベストな方法を見つけられればと思っています。

 

そのほか、ワインショップや酒屋さんなど小売り業者への販売には卸売り免許が必要なのですが、近々取得できる予定です。そうすれば販路が広がってビジネス的にも面白みが増すと思うので楽しみにしています。

自分の選択には後悔していない

 

佐々木 : 現状では、まだ理想形までは到達できていないかもしれませんが、今の状態を武尾さん自身はどう見ていますか?

 

武尾 : 経済的にはまだ納得できていません。ただ、好きなワインのビジネスを好きな湘南エリアに住みながらできることにはすごく満足しています。長く続けるためにも、経済的な成功を成り立たせる必要はありますが、自分の選択に後悔はしていません。

 

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佐々木 : ワインのビジネスで起業してよかったと思う時はありますか?

 

武尾 : 生産者に会いに行けることがすごく楽しいです。今年5月には、イタリアのプーリア州に行ってきました。自分が扱っているワインの生産者に会って生産現場やぶどう畑を見せてもらうだけでも起業してよかったと実感できるし、ワインを深く知ること自体が楽しいです。何より現地で飲むワインが美味しいんですよ。「日本で紹介したら面白そうだな」とワクワクします。

 

佐々木 : 武尾さんのような生き方をしたいと思う人はたしかに増えています。ただ、経済的なことなど不安材料が壁になって、なかなか一歩を踏み出せない人が多いと思うんです。武尾さんの場合は、起業へのハードルを下げるような経験があったのでしょうか。

 

武尾 : 会社を経営していた父を見ながら育ったことは、起業へのハードルを下げる一つの要素になったかもしれません。日本経済が右肩上がりの成長から大きく下降した時代、僕は大学生だったのですが、父の会社が破綻して苦労を経験しました。その時、会社経営は面白そうだけれども、不安定で怖い部分も大きいと客観的に見られるようになったと思います。

 

大学卒業後は、「自分がやりたい仕事をしたい」という思いで働き始めて、起業はまったく考えていませんでした。ただ、キャリアを重ねる中で、定年後の経済的な手段が見当たらない自分の状況に大きな恐怖心を抱いたんです

 

人生100年時代と言われる中で、できるだけ早く自分のビジネスをもって自分の好きなライフスタイルで生きたいと思うようになりました。

先が見えなくなり、悩む時も

 

小泉 : パートナーから起業を反対されることはありませんでしたか?

 

武尾 : 妻もワインが好きで、資格を取得する時も二人で一緒に勉強しました。妻は元同僚ですが、イギリス駐在の時も休職して一緒に来てくれて、ワインの事業にも興味を持ってくれているので、共同経営者のような存在でもあります。もし、妻に反対されていたら尻込みしていたかもしれませんね。

 

例えば、最初の頃、妻に不安をこぼしたんです。「怖いんだよね。全然お金にならなかったらどうしよう」と。でも、二人で話すうちに、「ワインが売れなかったら全部自分達で飲めばいいよね」となったんです(笑)。こんなふうに妻が背中を押してくれたことは大きな支えになったと思います。

 

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小泉 : ワインで起業することを理解してもらうために、自分の思いをパートナーに伝える時間を意識的に作っていたのでしょうか。

 

武尾 : 将来的にアクションを起こしたくて少しずつ話していたかもしれません。老後、自分が幸せに生きるためにも自分のビジネスを持ちたいなど、時々、夫婦の会話の中で口にしていたと思います。

 

佐々木 : 自分のやりたいことをやるために退職して、パートナーも賛成してくれて、とポジティブな起業に見えますが、葛藤した部分はなかったのでしょうか。

 

武尾 : やっぱり日々、悩む瞬間はあります。会社を辞めた後は、収入も絶たれて、「この先どうするんだ?」と先が見えなくなる時は一日何度かありました。

 

準備期間中は、ワインの輸入販売をしたいと言いながら動き出せない自分の状態に焦りを感じました。相談できる人もいなかったので、試行錯誤しながら悩みながらなんとか少しずつ前に進んでいました。

 

佐々木 : なかなか準備が進まない数年間で、週1回でも別の仕事で収入を得ることなどは考えなかったのでしょうか。

 

武尾 : 起業する前、収入がなくなることを想定して、貯金を切り崩しながらどこまで耐えられるか計算したんです。準備期間中は、経済面ではまだ大丈夫だと思える時だったので、例えば収入のために焦って別の仕事をするのではなく、将来に活きる時間の使い方をしたいと思っていました。無収入でも生活費がしばらく担保できる状態で起業をしたのは大きなポイントになるかもしれません。

 

貯金もない働き始めの若い頃だったら、自分の起業の仕方は無理だったと思います。ある程度の年数働いて、自分の面倒をしばらく見られるくらいの貯金があったからできたんだと思います。

 

佐々木 : 自分で自分の選択の責任を取れることは大切ですね。

好きなこと、楽しいと思えることを原動力に生きる

 

佐々木 : なかには、自分がやりたいことで起業しても、駆り立てられるようにやらなければならないことを一生懸命やりすぎてしまって、なかなか自分の現状に納得できていないという人も多いと思います。

 

武尾 : たとえ会社が成功しているように見えても、自分自身が幸せを感じられないのは僕が求めているキャリアではないかもしれません。僕自身、自分が快適だと思える場所でないと離れたくなるし、睡眠を削ってまで仕事しようとも思えないんです。

 

小泉 : エティックのプログラムでお会いした時は、今持っているスキルで何ができるかという考え方でしたが、今はやりたいことに向かって自分をどう動かすか、に姿勢が変わって、武尾さんの印象がより能動的になったように感じます。

 

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武尾 : あの時は、自分がそれまで身に付けたものや経験の延長線上で何かを得なければ、着実に積み重ねた時間が無駄になってしまうのではないかと思い込んでいました。でも、仕事を創る中で、「そんなの簡単に捨てちゃえばいいじゃん」って思えるようになったんです。

 

佐々木 : それはすごく大きなポイントですね。

 

武尾 : 今まで歩いきた道の延長線上にこだわると視野が狭くなる気もして、「別の方向に好きなものがあるなら行っちゃえばいいじゃん」って思えるようになりました。

 

佐々木 : 起業から1年が経って、同じように起業で悩んでいるかもしれない人に、一歩先を進んでいる武尾さんはどんな言葉をかけますか?

 

武尾 :自分の好きなことをモチベーションに働くのはすごく楽しい」と伝えたいですね。自分の好きなこと、楽しいと思えることを原動力に生きることはすごく重要なことだと思います。社会全体をみても、自分の現状に疑問を持ちながら働く人が多いよりも、自分が好きなことを生業に生きている人がたくさんいたほうが、生き生きしてくるのではないでしょうか。

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もし自分が好きだと思えるものがあったら、それを仕事にしてみることにトライしてほしいという思いがあります。

 

もちろん、「できない」と思う価値観も大事です。人それぞれ状況が違うので、すべての人が挑戦する必要もないと思っています。ただ、少しでも思いがあるなら、やってみてほしい。視野を広げてみると、いろいろな世界が見えてくると思うんです。

 

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撮影 : 森本健太

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この記事は、越境的・創造的キャリアづくりを目指すトランジション・アクセラレーター「Action for Transition」(略称:AFT)の連載記事です。AFTでは、一人ひとりが自分らしいチャレンジを継続できるようコーチングとコミュニティで応援しています。プロジェクトの関連記事はこちらからご覧ください。

 

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たかなし まき

愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。