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「おじいおばあと一緒に働ける事業を集落に」人口1,300人の西粟倉村で平飼い養鶏場を営む合同会社セリフ羽田知弘さん【経験者が語る「戦略的休学のススメ」(1)後編】
2025.03.19
この連載ではチャレコミでの活動をベースに、大学を休学し、地域の企業で実戦型インターンシップに取り組んだ方たちに、当時を振り返りつつ、「あの休学は自分にとって何だったのか」を語っていただきます。
大学2年の後期から1年休学をし、三重県内で実践型インターンシップを経験した合同会社セリフ代表の羽田知弘(はだ ともひろ)さん。
それから約15年が経った2024年11月より岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)で資源循環型の平飼い養鶏場を始め、美味しい卵を生産販売しています。休学時代を中心にご紹介した前編に続き、後編では、新しいチャレンジとなる「平飼い養鶏」を始めた理由、休学中に出会った大人たちから受け取ったものについてお話を伺いました。
羽田 知弘(はだ ともひろ)さん
合同会社セリフ代表
1989年、愛知県津島市出身。岡山県北・西粟倉村在住。国立三重大学卒業。まちづくり会社や木材商社を経て、2015年、岡山県・西粟倉村に移住し、株式会社西粟倉・森の学校(現:株式会社エーゼログループ)に参画。2022年に合同会社セリフを創業。現在、株式会社点々の取締役や株式会社トビムシのコンサルタントとしても活動する。くくり罠の猟師。
Webサイト : https://egg.serif.ltd/
100%国産の飼料、原材料を使用「すべて説明できる」
2024年11月8日、羽田さんは合同会社セリフの主力事業として平飼い養鶏場を始めました。ニワトリ640羽を飼育しており、スタッフは専属社員2名、パートタイム1名の計3名体制です。
大きな特徴は3つ。1つめは、規格外の米や麦など、地域で利用されていない資源を飼料化した資源循環型であること。「日本の食産業を支える養鶏業ですが、飼料の大半は輸入に頼っているという現状を改善できたら」と羽田さん。ニワトリは純国産の品種・後藤もみじの雄と雌を一緒に飼育し、質の高い有精卵を産むように気を配っています。
2つめの特徴は、ニワトリの餌。未利用資源を起点にしながら100%自家配合の発酵飼料のみを使用しています。3つめは飼育密度の低い状態でニワトリを飼育していること。ストレス軽減を考慮し、ゆったりとした距離感を保っています。
ゆとりある贅沢な空間づくりでニワトリたちを丁寧に育てることにこだわっている
「養鶏場は、奥さんが四国に里帰り出産をしている間に、融資を取り付けたんです(笑)。僕は、猟師でもあるので、鹿肉とか、自宅の小さい畑で育ったサツマイモや野菜を、奥さんが『おいしい』って食べてくれるのがうれしくて。1歳の息子もすくすく育っている。そんな日常がいいなあと思うんです」
卵の消費量について、日本は世界で5位以内に入ると言われています。卵は食卓に出されることも多いからこそ、子どもにも安心して食べてもらえるように、「ニワトリが毎日何をどのくらい食べて大きくなっているのか、どんなふうに育てられているのか、うちでは全行程を説明できるような飼育環境にしています」と、羽田さん。
合同会社セリフの平飼い養鶏場で産まれている有精卵
卵だけでなく、たまり醤油も、卵かけご飯との相性を熟考して開発された商品で、ネットショップでも購入可。たまり醤油の製造元である、たまりや 山川醸造株式会社は、羽田さんが大学2年後期から実践型インターンシップに取り組んだ岐阜県のNPO法人G-net(ジーネット)がコーディネートする受入企業の1社でした。「4、5回は試作したよね?」と、取材中、羽田さんは隣で仕事をするスタッフに話しかけます。
「たまり醤油は、納得できる質に仕上がるまで、何度も試作をしたんです。僕は、そんな生き方をしたいと思っています。これまで出会った人といつか再会したとき、お互いのプロフェッショナルな技能を活かしていい仕事をしたい」
70歳以上のおじい、おばあと働ける事業を作りたい
では、なぜ羽田さんは平飼い養鶏を始めたのでしょうか。
理由の一つに、「約1,300人の西粟倉村で雇用をつくりたい」という想いがあります。
「将来的には、自分たちにとってちょうどよい、3,000羽くらいの規模を維持できる平飼い養鶏場を作ることができればと考えています。養鶏場のある集落の住民は20世帯40人ほど。その半分が70歳以上のおじい、おばあなんです。おじいたちには卵の選別をしてもらったり、また、地元にある就労継続支援B型事業所(※)と一緒に雇用を作ったり、集落の人たちと一緒に働けたらいいなあと思っています。
※障害があって、一般企業での就労に不安のある方を対象に就労訓練等を行う障害福祉サービス
岡山県西粟倉村の風景。羽田さんの好きな人たちがここで暮らしている
集落には、自動販売機も横断歩道もありません。でも、僕の好きな人たちがいる。自分が好きなこの集落を維持できる事業を作っていきたい。ゆくゆくは農業、飲食店、宿泊施設を含めて、集落全体の事業を設計したいですね」
休学時代からの大切な関係性が今も生きている
大学2年の前期から実践型インターンシップに取り組み始めた羽田さんは、企業の社長をはじめいろいろな大人と出会ったことで「すくわれた」と話します。大人たちが、自分の納得できるキャリアや生き方を切り開いていくその姿に大きな影響を受けた羽田さん。当時から15年ほど月日を経た今、さらに言葉を重ねます。
「休学時代に自分にとって大切な関係性が生まれたと思っています。特に、『あのときからのつながりが今も変わらず生きているんだ』と実感できたのが、2024年の年末だったかもしれない」
それは、2024年11月8日、資源循環型の平飼い養鶏場を始めた初期のこと。100%自家配合の発酵飼料、自家製の餌にこだわり、丁寧に育てたニワトリたちは、自信をもって「美味しい」と誇れる卵を産んでくれる。ようやく事業が走り出そうとしている。しかし、その頃は「まだ流通販路が十分ではなかった」。
特に困ったのは、ネットショップオープンの準備が間に合わないまま、年末が迫ってきたこと。焦りが募る羽田さんは、ある日、行動を起こします。
「SNSで投稿したんです。『年末年始に私たちが生産する平飼い有精卵を購入して食べてください!』と。そうしたら、すぐに200件くらい注文が届いて、計6,000個の卵が販売できました。8割が僕の知っている人たちで、涙が出るほどうれしかった。その中には、久しぶりの人もいて、受注するたびに『応援するよ』って言ってもらえているような気がしました。
写真のように、羽田さんたちの卵は丁寧に包まれた状態でたくさんの人に届けられた ※筆者撮影
こんなふうに、困ったとき、いろんな人が『頑張れ!』って助けてくれて。僕にとっては、気持ちの中にしっかりとセーフティネットが張られているのを感じています。だから、自分しかできないことで命燃やしたいなって思ったりします」
「あの選択は間違っていなかったね」母親が安心してくれる生き方を
大学を休学した1年のことを、羽田さんは改めて振り返ります。
「休学をして実践型インターンシップを経験すること、実は、母は僕に箸を投げて反対していたんです」
母親からすれば、大切な息子が1年の浪人生活を耐え抜いて、せっかく大学に進学できたのに、気づいたらまったく通っていない。そのうえ、急に県外の企業へ通うようになった羽田さんに、母親は、「いい大学に入って、いい会社に勤めてくれると思っていたのにどうして!?」と怪訝な様子だったそう。さらに羽田さんが「大学を休学します」と言ったときには、母親は箸を投げて、泣きながら反対したと言います。
「もし、楽しそうに働いている今の僕の姿を母が見たら、どう思うだろうって考えますね。ただ、『あのときのあの選択は間違っていなかったね』って言ってもらえるような、そんな生き方はできているから、あのとき休学してよかったと思っています」
自分をすくい上げてくれた大人たちと同じ年齢になって
「自分が35歳になって、大学生のときに自分が形成したコンプレックスからすくい上げてくれた人たちと同じ年齢になったり、似た立場になったりして、『次の世代を育てていきたい』と強く思うようになっています。今、大学生たちに伝えたいのは、『うちに実践型インターンシップを経験しにおいでよ』ってことですね」
さらに羽田さんは、「僕みたいに受験浪人して大学に入る学生っていると思うんです。彼らにきっと刺さると思う」と大学生たちに言葉を送ってくれました。
「彼らって、1年浪人している時点で、相対的に頑張る傾向が強いはずなんです。だからもし、1年休学するという選択をした場合、社会に出るのが2年遅れることで、すごくネガティブな考え方になる人がたくさんいると思っています。僕はこれまで自分と似たコンプレックスを抱く人たちにたくさん出会ってきました。
でも、実際に僕が休学を選んで思うのは、社会人になって5年、10年経てば、年齢や出身校は関係なくなってくるということです。
合同会社セリフ社の養鶏チーム。左から菊池さん、山口さん、羽田さん
大事なのは、どんな経験をするのか、大学生活の時間を投資して得たい経験があるかだと思っています。そこで培った力は、10年後、20年後、食べるスキルになる。それに、僕は、あのとき出会った人たちのおかげで、いつもセーフティネットを感じながら生きています。自分の意志を尊重して選択することの大事さは、休学をしてよかったと思える僕だからこそ言えることなのかなと思っています。
自分も早く誰かのセーフティネットだと言える立場になりたいですね。もし、学生さんが実践型インターンシップでうちに来てくれたら、そうなれるように関わりたいです」
写真提供 : 羽田知弘
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