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#社会・公共

その命は誰のものなのか―。死ぬ気でサッカーをする選手たちの生きざまを描いた映画『蹴る』に見る人間の尊厳。

2019.05.15 

 

走る、全身の筋肉をつかい、風を感じる。体温は上がり、汗が吹き出す。体はより新鮮な酸素を求め、心拍数をあげ血流を促す。息があがるのを感じながら、人間が生きるメカニズムを実感する。運動をすることで得られる気持ちよさは、一度覚えてしまうと何物にも代えがたい。

それは体に障害があろうがなかろうが同じなのかもしれない。電動車椅子サッカーに魅了された人たちを描いたドキュメンタリー映画『蹴る』を見て最初に感じたことだ。

蹴る_バナー

声援を受けながら選手たちは、ボールを蹴る、追いかける、ドリブルをする、パスを出す、シュートを打つ、相手の動きをカットする、ゴールに歓喜する。普通のサッカーと変わりない楽しみ方ができるが、電動車椅子サッカーのすごさは、選手たちはみな手元にある小さなスティック状のコントローラーを巧みに操り、車いすの足元に取り付けたバンパーでボールを蹴るところだ。

車いすを素早く回転させパスを出し、相手のスキを見て絶妙な位置にシュートを打つ。ボールをキープしながらスピードをあげ華麗にディフェンスをかわしていく様子や、車いすを激しくぶつけ合いながらボールを奪い合うシーンは観ていてかなり興奮する。

蹴る_写真7_スチール_サブ_三上_北澤

重度の障害を抱えながら、命がけで戦う選手たち。

選手の多くはSMA(脊髄性筋萎縮症)や筋ジストロフィー、脳性麻痺、脊髄損傷等により自立歩行できないなどの重い障害を持っている。上体を支える力も弱いため、背骨は大きく湾曲し、車いすに縛られたような状態で、首を自力で支えることができない選手、常に呼吸器を使用しないと生活できない選手もいる。

東 武範(ひがし・たけのり)選手は、競技歴13年。ナンチェスターユナイテッド鹿児島に所属し、日本代表選手にも選出されている。繊細なテクニックと、相手の裏を取る頭脳派のプレイヤーとして活躍するが、彼が抱える病気は進行性の筋ジストロフィー。呼吸や飲み込みなどに機能障害があり、口から食事を摂ることも困難。そんな彼が海外遠征に挑むシーンが本作に収められている。

 

蹴る_写真3_スチール_サブ_東

「アメリカか、遠いなぁ…。」と彼がつぶやくシーンがある。ワールドカップがおこなわれるフロリダに向かう彼が吐いた言葉だが、いつ呼吸不全が起きるかわからない身体で、気圧が低く、空気も薄くなる飛行機に10数時間も乗ることは、かなりの命がけなのだ。「死ぬ気で戦う」という言葉があるが、われわれとはその重みはまったく違う。

お金も恋愛も、きれいごとでは済まされない。

障害の程度がどうであれ、スポーツの世界はシビアだ。コートのなかでは体力と技術がモノを言い、どれだけ思いが強くても決められた枠に選ばれなければ、文字通り”代表選手”にはなれない。国際試合に運よく出られたとしても、海外の選手が使う車いすのスペックの違いに翻弄されることもある。

「こんなのモータースポーツじゃないか。」と東選手が悔しそうに話すシーンがあるが、シューズやウエアの進化が記録を伸ばす手助けとなるように、この電動車いすサッカーの世界も、マシンの技術革新が進んだり、よりフェアな戦いができるようルールが整備されたりと、今後変化はしていく可能性はある。

理想は、選手が「自分の実力を発揮できた」と思える環境が当たり前になることではないだろうか。そしてそういった環境をつくっていくためには、まず電動車いすサッカーを始め、障害者スポーツに対する世間の認知度をあげ、競技人口を増やすことが必要だ。メディカルケアが十分にできる体制づくりや、資金調達を含めたチーム運営も求められるだろう。実際、金銭面での負担が理由で競技を続けることができない選手がいることも事実だ。

 

蹴る_写真4_スチール_サブ_吉沢

この映画には選手たちの恋愛についてもきちんと描かれている。サッカーに並々ならぬ情熱を燃やす女性アスリート・永岡真理(ながおか・まり)選手は横浜クラッカーズ所属、強気なプレーが特徴的な選手だ。映画の中で真理さんは、交際中の日本代表チームで戦う同士、北沢洋平(きたざわ・ようへい)選手とデートを重ねている。

真理さんが日本代表メンバーに落選、その無念の結果を知らされた後、恋人の北沢さんとカラオケボックスで落ちあうシーンがある。言葉がでない真理さんに、静かに寄り添う北沢さん。彼女への思いを噛みしめ、ただそばにいる。ごく普通のカップルの姿だ。

 

蹴る_写真6_スチール_サブ_デート

一方で恋人との別れも描かれている。ある選手には健常者の彼女がいた。1年ほど一緒に暮らしたが次第にうまくいかなくなった。別れた彼女に監督がインタビューをする場面がある。自分のことより、サッカーに夢中な彼を理解して支えてきた彼女だが、日々の生活の中で距離を感じていたことを打ち明けている。恋愛は誰にとってもきれいごとではない。

理不尽な現実をどう受け止め、生きるのか。

選手のなかには難病や障害をもってこの世に生まれ、一度も自分の足で歩いたことがない人もいれば、人生の途中で病気になった人もいる。

そうなった責任は誰にもない。言い換えればたまたま自分がそうだったとしか言いようがない。

それでも人生を賭けてやりとげたいこと、生きがいを見つける人も多くいるだろう。愛する人と出会い、幸せな暮らしを送る人もいるだろう。それでも思い通りに生きるには難しく、常に壁が立ちはだかる。

映画のなかで真理さんは、医師に止められようが、わたしがやると言っているのだから(サッカーを)やらせてほしいと吐露する場面がある。悲しい現実だが、電動車いすサッカーの選手は重度の難病や障害を持つ選手が多く、若くしてこの世を去った選手も少なくない。たとえ命を削ってでもサッカーをやりたいと願うことを、いったい誰が止められるのだろうか。

理不尽な現実をどう受け止め、どう生きるのか──。選手たちの生死を賭けた戦いの姿に、いま一度、人としての尊厳とはなにか考えさせられる映画だった。

 


 

電動車椅子サッカードキュメンタリー『蹴る』は、5月17日(金)まで、日本初のユニバーサルシアターCINEMA Chupki TABATA(シネマ・チュプキ・タバタ)で上映中です。今後は栃木、神奈川、大阪、埼玉など各地で上映が決定。詳しくは、公式ホームページをご覧ください。

 

電動車椅子サッカードキュメンタリー「蹴る」(1時間58分/日本語/2018年)文部科学省特別選定

出演:永岡真理 東武範 北沢洋平 吉沢祐輔 竹田敦史 三上勇輝 有田正行 飯島洸洋 内橋翠 内海恭平 塩入新也 北澤豪(日本障がい者サッカー連盟会長)

監督:中村和彦(「プライドinブルー」「アイ・コンタクト」「MARCH」)

プロデューサー:中村和彦 森内康博 撮影:堺斗志文 中村和彦 森内康博

録音:藤口諒太 整音:鈴木昭彦 音楽:森内清敬 宣伝デザイン:インコグラフィカ 松本力

後援:(公財)日本サッカー協会 (公財)日本障がい者スポーツ協会 (一社)日本障がい者サッカー連盟 (一社)日本電動車椅子サッカー協会 (特非)日本ブラインドサッカー協会 (一社)横浜市医師会 (一社)日本筋ジストロフィー協会 (一社)全国肢体不自由児者父母の会連合会 SMA家族の会

製作:「蹴る」製作委員会(中村和彦+らくだスタジオ)

配給:「蹴る」製作委員会+ヨコハマ・フットボール映画祭

助成:文化庁文化芸術振興費補助金

この記事を書いたユーザー
野田香織

野田香織

1974年兵庫県生まれ。短大卒業後、印刷会社でグラフィックデザインの仕事に携わり、不動産広告やCIなどを担当。2006年からマドレボニータに参画、人生賭けて挑みたいテーマを見つける。2009年にNPO法人ETIC.に参画。社会起業家のスタートアップ支援に携わり、求人メディア「DRIVEキャリア」の運営も担当。

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