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「目の前の人に、今できるベストを尽くす」代表・宮城治男らによる、ETIC.創業期トークより

2014.03.31 470view 

1993年、早稲田大学在学中に、学生起業家の全国ネットワーク「ETIC.学生アントレプレナー連絡会議」を立ち上げた宮城治男(現NPO法人ETIC.代表理事)。「自分の人生を主体的に切り拓いていく人たちを応援したい」という宮城の想いから始まったETIC.は、今年で20周年を迎え、約70名のスタッフ・インターンが関わる組織となっています。今回は、代表理事の宮城治男、事業統括ディレクターの山内幸治、事務局長の鈴木敦子に、ETIC.創業期からどうやって仲間を巻き込んできたかを、ETIC.卒業生の壮行会にて聞きました。

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「たとえまわりの人から批判されても、俺はやめない」

宮城治男と鈴木敦子は、大学時代の同級生。お互い授業はあまり出ておらず、大学の授業ではまったく会わなかったが、「起業に興味がある」という鈴木は、宮城が開催していた勉強会などに参加するうちに、仕事を手伝うようになったそう。それが現ETIC.の始まりでした。

宮城:あっちゃん(鈴木敦子)は、設立してまもない93年位から事務局的な仕事をしてくれていたんです。当時はETIC.の勉強会などを知らせるためのチラシをつくったりしてくれて、俺が細かい注文をしては、丁寧に直してくれて。

鈴木:「このコピーの位置を1ミリ下げて」とか言われて、「コノヤロー、もう印刷しちゃったよ!」みたいな感じだったね。昔から、最後まで粘る人だった(笑)

宮城:当時は年間50回くらいイベントをやっていたんですよ。まだ携帯が世に出たばかりで、ネットもないし、チラシもひとつひとつ郵送で送らなきゃいけない。そんな中で事務局を当時から引き受けてくれていた。山内くんとは、ニュービジネス協議会(学生起業家の協議会)ではじめて会った。山内くんが大学1年生のときで、その頃はアイセック(AISEC:海外インターンシップ事業を運営する学生団体)をやっていた。

山内:そもそも、俺が関わりだしたころのETIC.は今とは全然違う雰囲気の組織だったよね。俺、実はETIC.の雰囲気は苦手だったもん。

宮城:学生時代はサークルで、「ETIC.での活動をうまく活かして起業したい」という人たちも集まっていた。自分の起業や就職のために参加している人は多いけど、ETIC.のために動く人は少ない。最初は、代替わりしてやりたい人が継続してくれればと思っていたんだけど、そんなおせっかいな人はあまりいないんだなと気が付き、じゃあ自分がやっていくしかないと覚悟をきめたんです。で、サークルのようなままでは事業にならないので、いったんみんなが卒業して、メンバーの代が替わっていくタイミングを待った。

鈴木:一時、「宮城じゃだめだ、俺がやる!」みたいに言われていた時期もあったけど、「何を言われても俺はやめない」って代表は言っていたよね

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「代表を活かしきれていない俺が悪かった」

宮城:その後、メンバーが代替わりして、事業化するっていうタイミングがあり、そこから山内くんと一緒にやることになったんです。山内くんと最初に出会ってから2年後くらいですね。

山内:僕は自分でインターンシップを広げたいと思って、大学3年生が終わった頃から、代表に相談しながらインターンシップサポートセンターっていうのを、やっていた。先輩から「ETIC.はガツガツしてるから入らない方がいい」みたいな事も言われたけど、俺はそういうのに興味がなくて。インターンシップの事業をやりたかったから、それができればいいと思ってただ突き進んでいたんだよね。

宮城:当時は、山内くんはナイフのような男で、よく自分も怒られてました。でも、自分で事業を立ち上げるという自負が強い男で、だからこそ一緒にやれると思っていたので、そのタイミングを待っていたというところがあるね。

山内:代表は当時から、何をやってるのかがわかんなかったし、よくイライラしてた。だからよく、あっちゃんといじめてたよね(笑)。「ちゃんとインターンシップのコーディネートしてよ!」とか、当時は秋葉原に事務所があったんだけど「また、渋谷に行くのか?!」とか。当時、ビットバレー(1990年代後半はIT分野での起業が相次ぎ、中でも渋谷に集まるネットベンチャーは“ビットバレー”と総称されていた)の事務局とかやってたから、ITベンチャーの起業家に会うために代表は渋谷に行っていたんだけど、最初は何をやっているかわからなくて。

でも時がたつにつれて、代表があちこちに蒔いてきた種が実はすごいぞってわかるようになって。実際、ETIC.のインターンシップ事業の発展はITベンチャーが多く立ち上がって、若者に対する期待が大きくなったことに大きく関連してるし。「勝手に動いている代表が悪いんじゃなくて、代表を活かしきれていない俺が悪いんだ!」って、スイッチがはいって劇的に変わっちゃったの。パチンって音が聞こえるくらい、180度ね(笑)。で、ETIC.が苦手とかも言わなくなった。

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「目の前の人に、最大の価値を出す」を貫いて

司会:宮城さんは、人を巻き込んでいく時は、何を意識しているんですか?

宮城:そんなに意図的にまきこんだ記憶はないんですよね。縁を大事にしてきたみたいなことがあって。

山内:でもアプローチがすごいと思うよ。亮太くん(山内亮太、学生時代にETIC.に関わり、大手メーカー勤務を経て、現ETIC.スタッフ)に、「(会社勤めは)そろそろ潮時ですか?」みたいなメールを、企業に入ってからも毎年毎年送っていたよね。基本的にしつこい(笑)

宮城:10年くらいメール送ったからね。別にETIC.に入ってもらおうとかそんなことは考えてなかったんだけど、予感として深い縁があるなとは感じていて。タイミングを逃しちゃわないようにしようと思って、10年でもしつこく連絡してた。

鈴木:学生のとき、代表が「今日も布団で寝れなかった。」と言うわけ。なんでか聞いたら、「今日できる最大のことをやろうと思っていたら、またパソコンの前でつっぷして寝ちゃった」って言うの。すごいなこの人って、感動した。あとイベントの仕事で全国をまわっていたんだけど、数日後にかなりの確率で全国の人から事務所に電話がくるのね。「宮城さんはいますか、一緒に仕事がしたい」って。

「自分も一緒に名刺交換とかしているんだけどなんで代表だけに?」って思ってた。そうしたら、立ち話をしている人であっても「目の前にいる人に、自分が今できうることを最大に提案してる」って代表が言うんだよね。その時の気迫で、ただならぬ印象が向こうにも伝わってるんだと思うの。本人はご縁があっただけって言ってるけど、代表はご縁をちゃんとつくってるんだよね

宮城:そのわりには、よく怒られてたけどね。

鈴木:うん、それはそれよ(笑)

この記事を書いたユーザー

田村 真菜

田村 真菜

フリーランス/1988年生まれ、国際基督教大学卒。12歳まで義務教育を受けずに育ち、野宿での日本一周等を経験。311後にNPO法人ETIC.に参画し、「みちのく仕事」「DRIVE」の立ち上げや事務局を担当。2015年より独立、現在は狩猟・農山漁村関連のプロマネ兼ボディセラピスト。趣味は、鹿の解体や狩猟と、霊性・シャーマニズムの探究および実践。

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