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「“農家のこせがれ”が、安心して農業を継げる社会へ」株式会社みやじ豚代表取締役社長・宮治勇輔さん

2015.09.23 1,008view 

日本の農業の高齢化が止まらない。

現在、国内の農業就業人口は227万人。1970年の1035万人から約5分の1に減少している。しかも、その6割が65歳以上の高齢者だ。後継者不足で担い手を失った耕作放棄地は全国で40万haを突破した。これは埼玉県より大きい面積にあたる*。

そんな日本の農業の現状を変えたいと、脱サラして立ち上がったのが宮治勇輔(みやじ・ゆうすけ)さんだ。でも、どうやって?

宮治勇輔さん

株式会社みやじ豚代表取締役社長、NPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事 宮治勇輔さん

農家のこせがれたちが、日本の農業を変える

「今、農家の平均年齢は66歳です*。その子どもたちの多くは僕と同じ30代で、農家を継がず都市部で働いています。そんな“農家のこせがれ”たちが実家に帰って胸を張って農業を継げる社会をつくることが、日本の農業を最速で変える方法なのです」

宮治さんは2009年「NPO法人農家のこせがれネットワーク」を立ち上げた。都会で働く農家のこせがれ(息子、娘、嫁、婿、孫を含む)が集まる交流会を全国各地で開催するほか、農業講座や農業体験ツアー、農家参加型レストランのプロデュースなど様々な活動を展開。主に20代、30代の農家のこせがれと、彼らを応援する先輩農業者、消費者、飲食店、企業とのつながりを築き、就農への一歩をサポートしてきた。設立5周年を迎えた2014年、メールマガジン配信数は約1万6000に上る。

*農林水産省「農林水産基本データ集」(2014年9月1日現在)から

「6Kの農業はイヤ」と起業家を目指す

宮治さん自身、“農家のこせがれ”として生まれた。

「実家は、神奈川県の藤沢市で養豚業を営んでいます。でも、僕は子どもの頃から親父の後だけは継ぎたくないと思っていました。農業の現実は6Kともいわれます。きつい、汚い、かっこ悪い、くさい、稼げない、結婚できない……。僕はもっとかっこいい業界で起業家になりたいと夢を描いていました」

慶応義塾大学で経営学を学び、卒業後は株式会社パソナに就職。営業や企画に携わりながら、毎朝5時に起き、始業までの数時間を起業準備の勉強にあてた。

「経営者の講演テープを聴いたり、経営書を読みあさったりしました。起業するからには生涯をささげる仕事を見つけたいと思い、模索し続けたのです」

ITブームだった当時、成功して華やかな生活を送る若手起業家に憧れる気持ちもあった。しかし、宮治さんの心の中に膨らんでいったのは、意外にも、実家が営む農業への思いだった。

1次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業に

「あるとき農民作家として知られる山下惣一さんの著書を読み、日本の農業が直面する様々な問題を知り、胸を突かれました。特に心に刺さったのは、懸命に働いても相応の対価や社会的ステータスが得られずに疲弊する農家の現状です」。宮治さんの胸に、ある原体験が思い浮かんだ。

「大学生のとき、実家に友だちを呼んでうちの豚肉でバーベキューをしたことがありました。友だちが『こんなにうまい豚肉は食べたことがない』と感動していて、『そうか、うちの豚肉はそんなにうまいのか』と初めて気づいた。そのとき友だちから思いもよらない質問を受けたのです。『この豚肉、どこで買えるの?』と。答えられず親父に聞いたら、親父もわからなかった。手塩にかけて育てた豚が、卸会社に出荷した後、どう流通しているのか、誰が食べているのか、農家にはわからない仕組みが続いていたのです」

農家と消費者が切り離され、お客さんの「おいしい」という声が生産者に届かない。手間暇かけて質の高い農作物を生産しても、価格は相場と規格に左右され、労力に見合った利益が得られない。稼げない、魅力がないから若者が農業を継ぎたがらない。そんな構造の中で、黙々と働く父親の姿が頭から離れなかった。実家の養豚業と日本の農業を変革したいという思いが募った。一方で、会社を辞めて本当に食べていけるのか、毎日休まず豚の世話ができるのか、1年以上悩み続けた。

そんなとき、ある言葉が思い浮かんだ。

「1次産業を、かっこよくて、感動があって、稼げる3K産業にしたい」――。

その瞬間、迷いが消えた。実家の養豚業を継ぎ、生産から消費者の口に届けるまで一貫してプロデュースする。成功モデルを作り、日本の農業をかっこよくて、感動があって、稼げる3K産業に変える。父親に決意を話すと、「お前の言っていることは理想論だ」と猛反対された。説得を重ね、「勝手にしろ」という父の言葉に、4年間勤めた会社を退職。2005年、500頭の豚が待つ実家に帰った。

「おいしい」という声が届く仕組みへ

まず手がけたのは、父親が育てた豚肉を使ったバーベキューイベントの開催だった。バーベキューならお客さんに直接おいしさを知ってもらうことができ、価格も自分で決められる。宮治さんは実家の豚肉を「みやじ豚」と名付け、友人知人にメールニュースを送って宣伝をした。初回の参加者は20人。口コミで評判が広がり、3か月後には毎回60人、多いときは100人以上が集まる看板イベントとなった。これまでの流通経路も変えた。バーベキューでファンになってくれたお客さんやレストランにウェブサイトで直接販売できる仕組みを築いたのだ。

みやじ豚バーベキューの様子

毎月開催している、みやじ豚バーベキューの様子

売り上げは3年間で5倍になった。父親も、お客さんの「おいしい」という声を聞くたび、笑顔になった。

こせがれたちの多様な経験が、農業と地域を元気にする

2006年に法人化し、株式会社みやじ豚を設立。「みやじ豚」は神奈川県のトップブランドに育ち、08年に農林水産大臣賞を受賞した。翌年に立ち上げたのが、前述の「農家のこせがれネットワーク」の活動だ。

「自分と同じように都心でビジネスの経験を積んだ農家のこせがれが、実家に帰って、親の農業技術・経営基盤と、自分が持つビジネススキルとネットワークとを融合させ、新しい農業経営をしていく。そんな農家が増えたら、日本の農業はもっと元気になる」

活動に刺激を受けて農家を継いだ仲間の中には、農産物を使った加工品を開発して売り上げを伸ばしたり、農村地域のリーダーになったりした若者もいる。農業以外の様々な経験をしてきた若い世代だからこそ力を注げることがある。こせがれたちの帰農が、日本の農業の未来を変える原動力になると、宮治さんは実感している。

お金や数値では表せない家業の価値

宮治さんは今年結婚し、6Kをまた一つ、返上した。家族とともに汗をかき、子の代、孫の代まで見据えて農作物を育て、自然とともに暮らしを営む。そんな日々の中には、お金や数値では表せない価値と魅力がある。何よりも自分らしいと胸を張れる生き方があることを宮治さんは社会に発信し、農家のこせがれたちの背中を押している。

※この記事は、2014年9月12日にヨミウリオンラインに掲載されたものです。

株式会社みやじ豚代表取締役社長・NPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事/宮治勇輔

1978年、神奈川県藤沢市の養豚農家に生まれる。2001年、慶応義塾大学総合政策学部を卒業し、株式会社パソナに入社。4年間勤務し、05年に退職して実家に戻り、「みやじ豚」のブランド化と、生産から販売まで一貫したプロデュースを手掛ける。06年、株式会社みやじ豚を設立。09年、NPO法人農家のこせがれネットワークを立ち上げる。06年度NEC社会起業塾に参加。

この記事を書いたユーザー

吉楽 美奈子

吉楽 美奈子

商社勤務を経て出版社に転職。編集者・記者として15年以上、月刊誌、書籍、ムック本等の取材執筆や誌面制作に携わる。2011年にフリーランスに。社会起業家に関心を持ち、ETIC.インキュベーション事業部に非常勤スタッフとして約1年半参画。

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