1月25日、東京都港区の日本財団ビルで、「ローカルベンチャー・サミット~地方創生の最先端を行く自治体首長と描く、新しいローカルのあり方~」と題したイベントが開催された。主催は、全国10市町村が参画している「ローカルベンチャー推進協議会」。サミットでは、これら市町村の首長はじめ関係者らが登壇し、地方発ベンチャーの育成や企業との連携など、それぞれの「地方創生」に向けた取り組みを発表した。
地方における「人口流出・高齢化⇔地域経済の縮小」という悪循環は今に始まった話ではない。それを打開するため、どの地方自治体もあの手この手で活路を見出そうとしている。企業誘致や起業家支援などは、それだけでは真新しい施策とは言えないし、複数の自治体が連携して観光産業などのテコ入れを図るのも、特別めずらしい取組みではない。
では、このサミットで登壇した自治体のどこが「最先端」であり、「ローカルベンチャー推進協議会」という自治体連合にはどんな意義があるのだろうか。2016年9月に協議会が発足してから約1年半。あらためて「ローカルベンチャー推進事業」の全体像をまとめてみた。
5年間で164件のベンチャー創出を目指す
岡山県の山間に佇む西粟倉村。人口はたったの1,500人。この村で起きていることを知らない人は、「過疎化が進む地方の寒村」といって片付けてしまうかもしれない。しかし、人口1,500人のうち約1割が、ここ10年間に村で新規創業したベンチャーとその家族だとしたらどうだろう。200人いる14歳以下の子どもにいたっては、2割40人が彼らの子どもたちなのだ。
「百年の森林(もり)構想」を掲げる西粟倉村は、2014年から地域発ベンチャーの育成に取り組み始めた。エーゼロ株式会社という民間事業者と協力し、ローカルベンチャー・スクールやローカルライフ・ラボといった起業人材の発掘・育成を進め、その過程で地域資源を徹底的に掘り起こす。その結果、林業ビジネスや飲食店、デイサービスなど、さまざまなベンチャーが誕生してきた。もちろん既存企業の新事業創出も支援している。その結果が上記の数字だ。
「地方の寒村」でも、いや「地方の寒村」だからこそ、新しい価値を生み出し、ベンチャーを惹きつける魅力的な地域に生まれ変わることができる。――それを証明したのが西粟倉村であり、これこそ「地方創生」のモデルといえよう。
しかし、市町村が個別に努力するだけでは限界がある。地域発ベンチャー創発に本気で取り組む自治体がいくつも連携してプラットフォームをつくり、そこでナレッジ(経験)や人材などの経営資源を共有できれば、それぞれの努力をより実り多いものにできるのではないか。そう考えた西粟倉村とNPO法人ETIC.が構想したのが、「自治体広域連携によるローカルベンチャー推進事業」だ。その呼びかけに応じた全国8市町村(のちに2つ加わって現在は10市町村)が資金を拠出し、「ローカルベンチャー推進協議会」が発足したのである。
現在のメンバーは、代表幹事の西粟倉村をはじめ、北海道下川町・厚真町、岩手県釜石市、宮城県気仙沼市・石巻市、石川県七尾市、島根県雲南市、徳島県上勝町、宮崎県日南市。ベンチャー育成へのアプローチは様々だが、いずれも個性を生かした施策で成果目標にコミットしている自治体だ。(それぞれのユニークな取り組みについては、文末のリンク集を参照されたい)
この事業は、2016年の地方創生推進交付金に申請し採択された。同交付金は、2016年度だけでも全国1,200件以上の事業に交付されており、その中には広域連携事業も多数含まれる。しかし、北から南までこれだけ幅広く連携し、それらが共同でベンチャー育成に取り組むというプロジェクトは極めて珍しく、採択までには多くの曲折もあったという。
そんな苦節を乗り越えて誕生した「ローカルベンチャー推進事業」の期間は、2016~2020年度の5年間。その成果目標(KPI)は現在、以下の通りだ。
- 新規起業・事業創出の件数:164件
- 新規起業・事業創出による売上増:55.7億円
- 起業型・経営型人材の地方へのマッチング:344人
(いずれも2020年度末までの累計)
今後、協議会に参加する自治体が増えればこの目標も増えていくが、8自治体が参加した初年度は目標をすべてクリア。10自治体となった今年度、2018年1月時点ですでに累計50件近いローカルベンチャーが誕生している。
ナレッジ共有と人材プールで各自治体が「使える経営資源」を
上述のとおり、この協議会は新メンバーに対しても開かれているが、参加には要件がある。自治体首長のコミットメントに加え、各自治体が独自のローカルベンチャー推進プログラムを立案し、必ず地域の民間パートナーと協働でそれを実施していくことだ。自らがベンチャーである場合も多いこの民間パートナーは「ローカル事務局」と呼ばれ、そこで実際に事業推進に携わる職員はコーディネーターと称される。
したがって、ローカルベンチャー推進事業の構造は「2階建て」だ。各自治体とローカル事務局が各地域の実態に即して展開する独自プログラムを2階とすれば、全メンバーにとって「使える経営資源」を形成するのが1階部分の「共通プログラム」である。
これら「共通プログラム」は、協議会から事務局の委託を受けたNPO法人ETIC.が企画・運営しており、大きく3つの分野で進められている。
1.ナレッジのシェア
特に先行地域の知見を共有するため、自治体合同研修やローカル事務局研修のほか、相互人材交流を意図した「日本縦断ローカルベンチャー・フォーラム」などを開催。今回東京で開催した「ローカルベンチャー・サミット」もまさにナレッジ・シェアの場と位置付けられている。これらの結果、先行事例を参考に新しい仕組みづくりを成功させたり、アプローチが似ている自治体同士がさらに自主的な連携組織を形成したりするなどの成果が生まれている。
2.起業型・経営型人材の母集団づくり
ローカルベンチャーの次なる担い手を発掘・育成するための「ローカルベンチャーラボ」を東京で開講。すぐに起業や移住はしないがそのポテンシャルを持つ層を対象に、テーマ型で事業構想を深めてもらう半年間の有料プログラムだ。2017年5月~11月の第1期は、首都圏および全国各地から47名の社会人・学生が参加。メンターとなった自治体職員やフィールドワークなどを通じて、各地域との接点づくりも行った。都市部の大企業とも、人材開発や協働研究など連携の可能性が広がっている。
3.協働・連携先のコミュニティ形成
ローカルベンチャーラボのもうひとつの目的は、エネルギー、観光、地域商社などのテーマごとに専門性を持った実践者集団(Do-tank)を形成することだ。自治体がある課題についてこのコミュニティにアクセスすると、解決に必要な知識や人材が調達できるような、ソリューション提供のプラットフォームを目指す。そこでは都市部の企業が果たす役割にも期待が大きい。企業側から見れば、地域課題はビジネスチャンスとなりうる。このコミュニティは地域課題にアクセスできるプラットフォームともなるのだ。
こうした2階建てのプログラムで各地の地域発ベンチャーを育み、地方に「元気で魅力的なまち」を増やしていこうというのが、ローカルベンチャー推進事業である。冒頭で触れたローカルベンチャー・サミットの開催目的は、参加自治体同士の情報共有のみならず、事業開始から1年半の成果を広報し、都市部企業との接点をつくる点にもあった。
持続可能な「その後」を目指して
ところで、交付金対象としての「ローカルベンチャー推進事業」は2020年度で終了する。そのとき、おそらく数字の目標は達成されているだろう。しかし、この事業の本当の成否は、むしろ「その後」にかかっている。本事業が終了した後もずっと各地域にベンチャーが生まれ続け、人・情報・資金が循環する環境(エコシステム)ができあがっていなければ、結局は「バラマキ」だったと言われかねない。
上述した共通プログラムの数々は、人材やナレッジ、専門家集団といった情報・人的資源の面からエコシステムづくりを目的としているのは明らかだ。が、もうひとつ大切な、財政面ではどうなのだろうか。これについては、まだ構想段階であることを前置きしたうえで、本事業の事務局を務めるNPO法人ETIC.事業統括ディレクターの山内幸治はこう話す。
「個人・法人の投資家から資金を集め、ファンドを作ること、もしくはそうしたファンドとの連携を考えています。日本国内、お金はあるところにはありますから、本当にいい仕組みを作れれば、お金を集めること自体は難しくない。地域の金融機関を含めて、資金の出し手は必ずいます」
追い風になっているのは、世界のトレンドとなっている「ESG投資」だ。ESG(Environment, Social, Governance)投資」とは、環境や人権問題、ガバナンスなどに積極的に取り組む企業に投資する一方、そうではない企業からは資金を引きあげるという投資方針を指す。2006年に国連が機関投資家に対して「責任ある投資」を呼びかけて以来、急速に広まり、いまや世界中の投資の4分の1、日本円で2,500兆円がESG投資といわれる。
ただ、ヨーロッパではその比率が50%超なのに対し、日本のESG投資はまだ全体の数パーセント。大きな伸びしろがあると考えられる中、最大の機関投資家である年金基金(GPIP)が昨年7月、ついに1兆円規模のESG投資を開始した。日本の投資家の姿勢も確実に変化してきている。
「大企業のCSR活動も同様で、『社会貢献』としての話に留まらず、長期的な視点に立った事業成長に寄与するためにも『サステナビリティに対して投資する』という方針に転換してきていると感じます。
そうした資金の出し手を束ねてファンドにし、出資/融資という形で地域のベンチャー育成・支援に資金を供給する仕組みを作ることを考えています。信金など地域の金融機関は本来、そうした資金需要に応える存在ではありますが、従来の融資先とは違うリスク査定、すなわち『目利き』の力が必要になりますし、出資案件ならエグジットが想定できなければなりません。そのノウハウを補完するため、実績のあるベンチャーキャピタルなどと組むことを想定しています。
ただ、どのような形にせよ資金調達には、ある程度の資金需要の規模が必要です。したがって、現段階で必要なのは、交付金事業で誕生した各地のベンチャーが着実に稼ぐ力をつけて業績を伸ばすこと。そして彼らを束ねる地域商社(地域プロデューサー)的な存在が不可欠なのです。ローカル事務局自身が地域商社的な役割を担う時もあれば、そうした組織を地域内に生み出していく場合もあります」(山内)
もうひとつ注目を集めているのは、自治体版クラウドファンディングとしての「ふるさと納税」だ。
「ふるさと納税(寄付)は集めた資金の使途を明確に設定できますから、地域の個別プレーヤーや個別プロジェクトへのダイレクトな支援が可能です。実際にそういう利用のされ方も始まっています。そこから一歩進んで、プロジェクトではなく仕組みのファンディング、たとえばベンチャー育成スキームの運営資金調達に使うことも可能なはず。それには高度な戦略が必要ですが、調達の幅は広がるでしょう」(山内)
パイを取り合うのではなく、パイそのものを拡大する
さて、お金があっても使う人がいなければ経済は回らない。地方創生もローカルベンチャー推進も、やはり最後は「人材」がカギを握る。人口減少がつづく中、限られた人材を自治体間で奪い合う構図が結局は避けられないのか。
「日本全体では人口はもう増えませんから、その意味では自治体間の競争は不可避でしょう。しかし、人数ではなく一人あたりの生産性を向上させることで、人口というパイの減少を克服できる余地はまだまだ大きい。人口なら分捕りあいになりますが、生産性向上に競争はないのです。かつ、その過程で生まれたナレッジは、他の地域でも活用可能なものも多いはずです。
ローカルベンチャー推進事業の中でも、もちろん参加自治体間の競争はあります。でもここで意図していることは、ゼロサムゲームではなく、参加者が『やる気』を競うことによってパイそのものが拡大するという構図です。集積したナレッジ、起業型・経営型人材というベンチャー予備軍、課題解決の実践者集団という資源のパイは、各地域がローカルベンチャーを推進することで増殖していくのです」(山内)
「パイの成長」をも企図するローカルベンチャー推進事業は、その実、交付金申請時に掲げた上述の成果目標とは別の「戦略的な成果目標」も立てている。それは、参加する自治体(地域)を100まで増やすこと。実現すれば、ローカルベンチャー先進地域で活動する自治体職員や地域プロデューサーによる100人単位のコミュニティが生まれるのだ。
来る4月から事業年度3年目に入り、いよいよ折り返し地点を迎えるローカルベンチャー推進事業。2020年度以降を見据えて、地方創生に「本気」の自治体とそのパートナーたちの挑戦が続く。
参考:私たちはこうしてローカルベンチャーを生み出しています
ローカルベンチャーを推進する具体的な政策は、自治体ごとに違います。事業推進の駆動役は行政だったり民間だったり。地域おこし協力隊を活用するところ、起業家育成のプログラム・インセンティブを展開するところ、アプローチも様々。が、協議会に参加している10市町村はみな、協議会というプラットフォームをうまく活用してそのノウハウ(ナレッジ)を他とシェアし、成功例に学び、ベンチャーが生まれ続けるエコシステム作りを意識しています。
それぞれの取り組みは、本ウェブマガジン「DRIVEメディア」でも詳しく紹介していますので、ぜひご一読ください。
また、2月24日(土)には、東京・永田町GRIDにて、10自治体のローカルベンチャーが一堂に会する「ローカルベンチャー・イニシアティブ2018」が開催されます。各地の取り組みに興味のある方は、ぜひご参加ください。
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